{Interval Story}1変態骨董魔術師の策略
とある王都の骨董品店にて。
小柄な一人の女性が店内を掃除していた。機嫌良さそうに埃を払って、店の前に看板を出す。
いざ開店と、室内に戻ろうとしたところで、複数の若い男たちがやってくる。不良のようにも見えた。男たちは罵声を発しながら卵やら何やらを店に向かって投げつけた。その中に爆弾や魔導具もまざっていて、店を破壊しようとする―が。
それらは瞬時に張られた結界によって弾かれ、店には届かずに地面に落ちるのだが―
―これでは、なおさら客が寄らなくなる。
早急に解決するため、女性は汽車に乗り込む。とある少女に貸しがあることを思い出したのである。
*_*_*_*_*_*
<流離>暗殺任務の二ヶ月後。ようやく全ての傷が癒えたレティアは本格的に任務に参加し始めた。簡単な任務でも未だ慣れないことも多く、小さな傷は既にいくつか受けている。
治癒魔術でどうにかしようとしたらほぼ確実に体が弾けるであろう切り傷や火傷は自分で処理しなければならない。
「あっ、微妙に届かないです」
自室で肌を露出させて鏡で確認するが傷が背中の中央にあって微妙に遠い。かといってエレナもセイラも外出中である。
「諦めますかね......」
「やってあげようかーぁい?」
「ひぁっ?!」
扉が突然開いて、変なイントネーションの声がする。レティアは肩を跳ねさせ、反射的に氷の飛礫で攻撃するが、読まれていたのか結界で弾かれる。
その間にカーディガンで体を隠した。モゾモゾと服を直す。
「何なんですか、ビスターさん」
「おはよーぉ、レティアぁ。ちょっと頼みがあってねーぇ」
<要塞の魔術師>ヘレネル・ビスターの来訪。
望んでいなかった、とは言わない。実際には来ないで欲しかった、が正しいので。
「是非他をあたってください」
「ツレないねーぇ。自分に助けられたのにーぃ?」
ぐ、と言葉に詰まる。確かに、<流離>暗殺任務のときにはヘレネルに協力してもらった。だが、レティアも忙しいし、ミラを守ることに彼女も乗り気だったはずである。
「協力するよねーぇ?」
「............................................................今日だけなら」
「嫌そうな顔するなよぉ」
ダル絡みをしてくるヘレネルを遠ざける。これ以上自室にいられるのも嫌なので、リビングへの移動を提案する。
リビングに移動して、紅茶を淹れる。
「それで、何を手伝えばいいんです?」
「店に不良がイタズラしに来てねーぇ。元々は卵だったのに最近は爆弾やら魔導具やらを投げつけるようになってきたんだよぉ」
「どんな恨みを買ったんです、それ」
ヘレネルはどこまで嫌われているのだろうか。
「というか、不良がそんなの用意してきてるんですね」
「それなんだよーぉ」
運んだ紅茶にヘレネルが塩を投入する。エレナ用の追い塩である。紅茶に塩を入れる変人は特に美味しいと思っていなさそうな顔でそれを飲んだ。
「自分が思うには、何者かが支援をしているんだけどぉ、自分は戦えないからねーぇ」
「それでここに来たんですか。本部に依頼を出したらいいのでは......」
「誰も受けてくれないんだよーぉ」
実に可哀想な人間である。だが、実情は理解した。
「要は、根こそぎとっちめればいいんですね」
「懲らしめてくれたら十分だけどもーぉ」
「一緒ですよ、大体」
何人で構成されているかも分からない不良グループを支援している謎の存在。それらを一網打尽にするならば、簡単に思い付く方法があった。
裏紙を取ってきてサラサラと書き込む。
「善悪の判断がつかない不良なんでしょう? なら、どうせ何回か仲間が半殺しにされたら全員で来ますよ」
称して、不良リベンジぶっ潰し大作戦である。
*_*_*_*_*_*
作戦には数日かかるだろう。そのため、ヘレネルへの貸しを作ったレティアは骨董品店で店員を務めていた。
良さも意味も分からない骨董品たちの埃を丁寧に払う。
「そんなに嬉しいのかぁーい?」
「だって、頼み事を断られたときに強制できるんですよ」
「......何を頼むつもりなんだか」
ヘレネルがボソッと呟いた言葉はレティアには届かなかったが、棚の整理が一段落したところで、店の外がシンと静まり返る。
住民の暮らしを脅かす存在の襲来。レティアは一応黒いウィッグを着用する。
「来ましたね」
「本当に使わないでやるんだねーぇ?」
「えぇ。絶対に使いません」
そう告げて気合いを入れて、店を勢いよく出ようとしたタイミング。ヘレネルが聞き捨てならない言葉を発する。
「使ったら、どうするーぅ?」
「え」
「誓うかぁーい? 使わないってぇ」
「えぇと、それは......」
壁際に追い詰められて、目を伏せる。ここまでくると自棄だった。
「《ສາບານໂຕ》!! 使ったら、ビスターさんの言うこと一つ聞きます!!」
「言ったねーぇ?」
「使いませんからね、絶対っ」
精霊文字での誓いは、破ることができない。その事実に満足したのか、ヘレネルは扉を開けた。
「行ってらっしゃーぁいっ」
外に出ると、不良と見られる若い男達が五人。投げつける用か色々と手に持っている。
レティアの姿を見てニヤニヤと笑った。
「お前みたいな奴、いたっけ?」
「気付かなかっただけでいたんじゃないですか?」
大体何を言ってもキレると思っていたのだが、不良たちはニヤニヤとした笑みを崩さない。それがレティアの容姿によるものだとは気付かずに、言葉を重ねる。
「二〇秒です」
「あ?」
「二〇秒で、貴方たちは全滅します」
一人五秒もかからないと言われたようなものである。不良たちは目を吊り上げる。懐からナイフやら爆弾やら、各々武器を取り出す。
だが、遅すぎる。訓練していない一般人はこんなものなのか。レティアでさえ既に、一人目の真後ろに回り込んでいるというのに。
「まずは......一人目」
右に向かって足払い。それによって男の体が左にくるのを利用し、左肘を打ち込む。不良がくぐもった声を出すのを聞きながら、その右手のナイフを奪い取った。死なないが動きが鈍るであろう肩に突き刺して、最後に鳩尾に蹴りを入れる。
―ここまでで、僅か五秒。次の一秒で二人目の正面へ。
体格のよい男が小柄な少女に打ちのめされるのがうまく理解できなかったのか、呻き声を漏らす男に回し蹴りを食らわす。体勢が崩れたところに一人目の懐から頂いた魔導具を起動して投げる。
術式は盗んですぐ読み取った。起動から発動までは四秒。
一番近くにいる男の胸倉を掴む。レティアからすればやはりちゃんと握れていないナイフを奪う。
男が手の方に意識を向けた隙に、二人目の方へと思い切り押した。二人は重なって倒れる―その間に、発動寸前の魔導具を挟んで。
いくらかは情報を読み取れている二人目の男が焦った声を上げる。
「おまっ、ど―」
どけ、と言おうとしたのだろうが、遅かった。近距離で発動した魔導具の威力をモロに浴び、二人は気絶する。
―ここまでで、一五秒。
「術式、書き変えたので死にませんよ......これで三人ですね」
残る二人は雄叫びを上げ同時に襲いかかってくる。それに対してレティアはというと―
「これはセイラちゃんの教えです」
―瞬時にしゃがみこんでいた。結果的に二人の男は互いを攻撃し合う。真上から聞こえる悲鳴。『挟み撃ちは互いへの攻撃に変えてやりなさい』という教えを忠実に守った結果である。
三人目の男のナイフで左右を斬りつけながら二人の間から脱出する。
―ここまでで、一八秒。
残った二人、どう始末するかというと―
「―ドカン」
―拝借した爆弾のピンを抜き、近くに投げてやる。威力は決して強くない種類だ。そのため人死にも周囲への被害も出ない。
「これで五人。ピッタリ二〇秒です」
ふぅ、と息をつく。たった二〇秒でも、未だ慣れない多対一の戦闘には精神的な疲労があった。
様子を見ていたヘレネルが店から出てくる。
「本当に使わなかったねーぇ、魔術」
不良たちを一ヶ所に集めながら頷く。
「えぇ。案外、簡単でした」
この二ヶ月間、傷が癒えきる前から対人戦闘の訓練を始めていた。その成長を計ろうと、今回自らに縛りを課した。
『魔力行使をしないこと』。レティアの成長を計るのに最適なルールだろう。
今回、殺す意図はない。むしろ、レティアたちのことを仲間に共有してほしい。出血がある者に応急措置を施して、レティアたちは店に戻った。
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それから、二日後。計六回の襲撃を全て打ちのめし、「そろそろ全員で来るんじゃないですか」などと話し始めた頃。
真夜中の街が急に騒がしくなったのを感じ取る。
「これまでで一番多いねーぇ」
「えぇ。約束通り、中級以上の魔術攻撃は結界で防いでくださいね。戦闘技能とか、あんまり関係なくなりますし」
「<嚇焉>なら避けられると思うけどぉ?」
「師匠とは根本的にスタイルが違うんです」
レティアは魔術依存型である。なしでもある程度戦えるようになってきたが、それでも魔術を使いながらの方が多くの敵を圧倒できる。
そんなことは分かっているだろうにわざわざ告げてくるヘレネルを一瞥。ウィッグを被り、店のドアを開ける―と。
店の前、やや開けたそこに―四〇人。これまでに四〇人ほど倒したというのに、まだこんなに無傷な者がいたらしい。
全員、取るに足らない不良に見えるが、持っている武器が心なしかグレートアップしている気がする。
(......厳しいですかねぇ)
全くの無傷、というのは難しいかもしれない。
やはり、相手の魔導具を利用しなければならないだろうか。若干間違った式だったり、効果が微妙だったりして気に入らないのだが。
「死に晒せ」やら「よくも仲間を」やら「仇を取ってやる」やら、叫び声が聞こえる。
手前の三人から行こう、と一歩踏み出した瞬間。
「―え」
目の前に、大きな炎の球がある。
右手がペンダントに触れる―中級魔術相当の魔力。ヘレネルが防ぐはず。待つが―結界が張られない。
「どうして―」
*_*_*_*_*_*
そして、無事四〇人を打ちのめして。その中に紛れていた、不良たちを支援していた三人の尋問まで完了させた。
店の中に戻ってヘレネルを睨む。
「どうして結界を張らなかったんです?」
結局、自分で結界を展開する羽目になった。ヘレネルの命令を一つ聞くということだ。中級以上の魔術にはヘレネルが結界を張るはずだったのに、約束と違う。
レティアはのせられて結んだ誓約を破ることができない―それが目当てではないのか。
ヘレネルは余裕綽々の態度を崩さない。
「レティアはぁ、二重で迂闊だったねーぇ」
「二重でって......」
ヘレネル相手に誓約を結んだこと以外に、何かあるのか。
「中級以上の魔術ってーぇ、相手が魔法を使うかもしれないのにーぃ」
「なっ......」
顔がピクピクとひきつるのを感じる。まさか―
「あれ......魔法だったんですか?!」
「そうだよーぉ? こんなに意図がピッタリハマるとは思ってなかったけどぉ」
頭を抱える。うぅぅぅぅ、と呻いた。
確かに、術者の姿は見ていない。詠唱しているかしていないかなんて気にしていなかった。ヘレネルとの約束を魔術に限定したのが根本的なミスか。
ギュッと目を瞑る。
「..................お好きに」
「そんな死にそうな顔しなくてもいいと思うけどぉ」
ヘレネルの言葉を待つ。告げられた言葉はあまりにも予想外。
「ヘレネルって呼んでもらおうかなーぁ?」
え、と口から息が漏れた。
「そんなことですか?」
「ビスター家、嫌いなんだよねぇ」
ヘレネルに嫌われるビスター家とは一体どんなことをやらかしているのだろうか。
「でも、何か嫌な気分ですね。ヘレネルに出し抜かれたからでしょうか」
「人聞きが悪いよーぉ」
やや楽しそうに笑うヘレネルの顔を見てレティアは決意する。
次、出し抜かれたら何を要求されるか分からない。だから、とりあえず―
(もう、この店には絶対に来ないようにしましょう)




