終話 隔靴掻痒なんて許さない
ヴァルクの話が終わってから数秒、汽車の揺れに身を任せる。あのことを言うか、言わないか。レティアの身を守るためにも、言わない方がいい。そう、分かってはいるが。
それでも、彼の昔話を聞いた今、伝えておきたいと思った。
「<桂木>。信じてもらえるか分かりませんけど、言っておきたいことがあります」
ヴァルクと目が合う。スッと息を吸った。
「<背信>はこの世界のどこかで生きています」
「......どうやって? 処刑人が確認したんだろう」
ヴァルクにユーフラシアの正体は話していない。だから、処刑人は既に別の任務地へ移動したということになっている。
声のボリュームを下げる。
「えぇ。私が輪廻転生付与魔術を行使しました」
ヴァルクが目を剥いた。彼はすぐに周囲に視線を走らせ、誰もいないと再確認してから口を開く。
「......禁術のはずだ」
「付与魔術はまだ感知されないんです。あと二月もすれば怪しいですけど」
ガタン、と汽車が揺れる。個室の前を親子が通ったので少し口をつぐんだあと、レティアは語り始める。
「どんな状態か分からないんですが......絶対、言えることがあります」
どこにいるかも、どんな立場かも、どんな姿かも、分からない。それでも確かなことがある。
「<背信>はいつか、貴方たちに会いにきます。自らの願いを叶えるために」
*_*_*_*_*_*
ヴァルクを置いて元の個室に戻ろうと、扉を開けたところで別の場所に移動しようとするヘレネルとユーフラシアに洋服を掴まれたエレナが引き摺られているのに遭遇する。
「ちょっと待ってください」
思わず静止をかけてエレナの腕を捕まえる。
「何があったんです、これ?」
「......あたしも分かんないわ」
死にそうな顔をしているのでとりあえず助ける。ヘレネルはそんなことに構わず汽車の前方へと歩いていった。ユーフラシアは気に入ったらしい。
(ちょうどいいですね)
客車の最後尾のスペースへとエレナを誘う。そして、<桂木>にしたのと同じ話をした。
エレナは俯いている。その肩は小刻みに揺れていた。
「でも、<背信>は死んだのよね」
「............そうですね」
「もう本人の姿では会えないのよね」
「............」
ポタリ、と雫が床に落ちる。押し殺した嗚咽が聞こえる。
「お姉ちゃん......っ、お姉ちゃん......、どうして......?! 死んじゃったら、もう終わりなのに......っ会えないのに......」
レティアは気付けばエレナの肩を抱いていた。カサンドラが命を落とした帝国の地が流れていく。
確かに、本来の再会はもう訪れない。エレナはもう、本当の再会は果たせない。
それでも、仮初の再会が彼女の心を少しでも軽くすればいいと、思った。
しばらくしてエレナは泣き止んだ。ズッと鼻を啜る。涙を丁寧に拭った。過ぎていく景色を眺める。
何を言っていいか分からない。
「......エレナちゃんって泣くんですね」
「うっさいわね。泣くわよ、人間なんだから」
気恥ずかしいものがあるのか、目は合わない。お互い特に何か言うでもなく、沈黙していると、一人の女性が目の前に現れた。
深い鶯色の長髪、絵の具が一滴垂らされたようなセージ色の瞳。神秘的な雰囲気を漂わせる女性をレティアは知らないが―エレナは違ったらしい。
「アーシャ? なんでこんなところに?」
「今はアリスだよ、エレナ」
今はアリスという偽名を使っていると短い言葉で示した女性。エレナが紹介してくれる。
「この人は<村霞>。<龍燈>の一番弟子で―」
その言葉が言い終わる前に女性―アーシャの手を取る。
「<嚇焉>の弟子です!!」
「うん。知ってる。<狂花>レティアだよね? よろしく」
目を爛々と輝かせる。ロイザの一番弟子ということは、リアムの姉弟子である。帝国に来るとリアムと関係の深い人と出会えたので、帝国もあまり悪くないと考えつつ。
「わたしも任務で近くまで来てて。エレナが乗ってるっていうから、潜り込んできちゃった」
「へぇ」
潜り込んできた、という表現がやや気になるが、エレナはスルーするらしい。
「それにしても」とアーシャは言う。セージの瞳はエレナを見つめていた。
「エレナ......呪われてるの?」
「......え?」
ポカン、とエレナは口を開けた。
「呪い?」
「それ、エレナちゃんには効かないのでは?」
確か間接型のものは光属性の人間には効かないはずである。だから帝国に出発する前、殺人経験がないにも関わらず昏倒しなかったのだ。
しかし、レティアの疑問にアーシャは首を振った。
「それは呪術ね。呪いは少なくとも聖術を使わないと防げないから」
成程、そういうものらしい。その辺りは近々教えてもらおうと決意する。
「誰がやったんでしょうね」
「術者、汽車にいるみたいだよ?」
にこやかに言うアーシャに、レティアとエレナは沈黙。一度、顔を見合わせて、また前を向いて―そして、エレナは爆発した。
鬼のような形相でアーシャに詰め寄る。
「どいつよ!! 今から制裁を下しに行ってやる!!」
「エレナ、なんでそんなに......」
「あたしがこの一ヶ月、どんな目に遭ったか思い知らせてやらなきゃ気がすまないのよ!!」
そこで、怒りに燃えるエレナを宥めるアーシャがエレナの背後に奴を見つけた。
「あ、いた」
次の瞬間、エレナはアーシャが指で示した相手に襲いかかっていた。
行われる凶行を眺めつつ、アーシャに訊ねる。
「今日、屋敷に寄って行きます? 師匠、いると思いますけど」
「それもいいけど......急いで王都に行かなきゃいけなくて。ほら、裏切り者ってすぐ逃げるから」
どうも、任務があるらしい。アーシャは「その前に人助けかな」と言って汽車から飛び降りていく。
「......どうして走っている汽車から躊躇いなく降りられるんでしょう」
どう考えても負傷する―というか、死ぬと思うのだが。それにしても、<従事者>には変人が多すぎる。
尋問を開始しているエレナに一歩近付く。
「エレナちゃん」
「今いいところなんだけど?」
「いいでしょう、ちょっとぐらい」
背伸びして、囁く。
「世界、少しは鮮やかになりましたか?」
言葉での返答はなかった。
しかし、肯定の意はほんの少しだけ嫌そうな、それでも楽しそうなニヤリとした笑顔で示された。
*_*_*_*_*_*
国境都市で汽車を乗り継いで、王都に到着した。全員で下車してそれぞれの目的地へと散る。アレクサンダーはミラのお出迎えによって満面の笑みで駅を去っていき、ヘレネルとヴァルクは同じ方向へと消えていった。
「じゃあ、あたしこいつを本部に突き出してくるから」
「お前、自分で運べよ」
「重いから嫌」
ヘヴンに男を運ばせたエレナも去っていく。残されたのはレティアとユーフラシアだけだった。
駅の構内を歩く。
「事前調査って特別任務だけでいいんですか? あ、でもあれ、建前だったりします?」
「いえ。普段は調査員なので。事前調査は、流石にこれ以上は迷惑かと思いまして。別チームで実施するつもりです」
「別に迷惑じゃないですよ、一週間程度でしたら......それに、魔導具の話、まだできてないですし」
「でしたらこのままお邪魔します」と言うユーフラシアに頷く。一緒に汽車を乗り換えた。一駅間乗り、屋敷の最寄りに着く。
「ムスタッドさん、セイラちゃんとも仲良くできると思います」
何しろ、ヘレネルと仲良くできるのである。セイラの方がサボり魔だが、ヘレネルの方がイカれた人物だ。
「まだ食事のとき以外に遭遇したことがないのですが」
「名前呼んだら来ますよ」
「......どういうことですか?」
町を抜けて山の麓へ。山に入った途端に遅くなるユーフラシアを急かす。
「長くなった方が辛いですよ」
「これが、普通の、速さです」
荷物は持ってあげているが、ユーフラシアは息も絶え絶えだった。
冬の山は静かである。ある程度葉が枯れ落ちているのでさざめきが少ないのだ。ユーフラシアの息遣いが聞こえてくる。
(このペースだと......あと二〇分はかかりますかね)
「ちょっと休憩します? ムスタッドさん」
「―、いえ! 行きます。このまま」
ムッと唇を尖らせたユーフラシアの前を歩く。どうして怒ってるんだろう、と思いながらしばらく進んで、ふと気付く。
(足音がしない気が......)
振り向けば、数メートル離れたところでユーフラシアが佇んでいる。レティアが呼ぼうと口を開きかけた瞬間、彼女は叫んだ。
「私は、ユーフラシアです!!」
へ、と空気が口から漏れる。
「し、知ってますけど」
「あなたはレティアです!!」
「......そうですけど」
ユーフラシアはツカツカと歩み寄ってきてレティアの両肩を掴み、顔を近付ける。顔がやや赤かった。
「そして、今は任務外です!!」
そこまで聞いて、ようやく理解が追い付いた。プッと噴き出す。彼女の変化が嬉しく、思わずにへら、と気の抜けた笑顔が浮かぶ。
「そうでしたね、ユーフラシア」
今度は並んで歩き出す。
誰かと関わって、繋がって、知り逢って、笑い合って、そんな温かい時間を共有することはこんなにも楽しい。
「でも、ユーフラシアって長くないですか?」
「え、それは、その......」
しどろもどろになるユーフラシアに、レティアは「揶揄っただけだけですよ、ユーファちゃん」と笑った。
*_*_*_*_*_*
「この一ヶ月間はどうだった?」
レティアが淹れた紅茶のカップに手を伸ばしながら、リアムはそう訊ねてきた。ちなみに、ユーフラシアは客間で荷物を整理している。
レティアは久方ぶりの甘味を楽しみながら答える。
「楽しかったです。もちろん、悲しいこともありましたけど」
たくさんの人と出会って会話をした。成長させてもらった、というのがレティアの感想だ。
「それにしても、あの申請ミス、出費が多かったからってうちのチームを狙って書き換えられたらしいですよ。その後エレナちゃんに呪いをかけたんだとか」
「よくそんな都合のいい呪いがあったな」
「チクチクくる系の嫌がらせですね」
ちょっと笑って、少しだけ余裕があったお金で買ってきたお土産たちを指差す。中身は主に珍味だが。
「ああいうのもなんだかんだ悪くないです」
エレナが嬉々として食べて、美味しくなかったと変な顔をして。レティアはヘヴンとツッコミを入れながら笑って、セイラは黙ってモソモソとそれを食べる。そしてリアムが呆れた目でそれを見ている―そんな光景が未来にあるのが、分かる。
その日々がずっと続けばいい。そのためになら自己犠牲を重ねていける。
リアムが目を細める。
「晴れやかな顔だな」
パチパチと瞬きをする。「そうですね」と言いながら不敵な笑みを浮かべた。
「私、とっても強くなったので」
負けられない。諦められない。最後まで、全ての点において、誰にも何も譲れない。
隔靴掻痒なんて許さない。
「......追い付かれそうだ」
「それはどうでしょう......でも」
これが、それを貫き通せる『強さ』なら嬉しい、と思った。
これにて、第二章完結となります。この後短編を挟み、第三章の連載は2026年2月1日からの予定です(前後するかもしれません)。




