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拝啓、その宵で願う貴女へ  作者: 願音
第1章 別離の鐘、高らかに
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3話 新しい仲間(変人たち)との出会い


「私は……私は、やってやりましたよぉ……」


 レティアはエプロンをテーブルに叩きつけて、ふふ、と昏く笑う。バッと顔を上げると、周囲を見回した。その光景に心にこびりついていた不満が押し流されていく気がした。


 初日。セイラが屋敷を出発してから、まずレティアは屋敷中の部屋を巡り歩いて何がどこにあるのかを把握。その後に訓練がてら街で必要な物資を買い出しに行った。リアムに頼まれていた普通の店では手に入らない品も特殊な符丁を使って仕入れてきた。

 二日目。早朝から屋敷中の埃を落とし、変装用と思われる衣類、カーテンは全て洗濯。綺麗にした物干し竿を使って天日干しした。

 三日目。午前中はキッチンや浴室の片付けと掃除をし、午後は窓を磨いた。地味に大変だったのがこの作業だ。何しろこの屋敷、窓が多いのである。使われている面積が広い上に四階建て。その上開放的なテラスとバルコニーがあり、窓拭きは地獄だった。水魔法が使えなければ途中で挫折していただろう。

 四日目。一日かけて床を雑巾がけした。壁の汚れている個所は新しく壁紙を貼った。

 五日目。とりあえず一番綺麗な自室に取り込んでおいた衣類を全て畳み、大きなクローゼットにしまった。カーテンを取り付け、初日に買い込んだ物資を整理。午後は収支報告の書類と向き合った。

 そして―今日。何種類もの保存食を仕込み、ちょうど正午。溜まっていた家事を全て消化した。

 一週間で時間さえあれば例の訓練に取り組んだし、屋敷から少し離れた所で魔法の訓練もした。魔術はやはり行使できなかったが。 


 魔術の件は残念に思いつつ、レティアは自室で着替える。布を垂らしたときに出る緩みやたるみ、ヒダを活かしたドレープワンピース。持っていた私服があまりにも少なかったので、一週間前に買い足した衣服だ。

 料理をするということで纏めていた長髪を下ろして軽く手櫛で整える。


 この後は、リアムが帰宅する予定だった。


「一週間ぶりの屋敷……師匠も驚くでしょう」


 汚屋敷がお屋敷に化けた。流石に四人の自室までには踏み入っていないとはいえ、大きな違い。


 レティアは鼻唄を歌いながら上機嫌に身だしなみを整え、ドアベルの音を聞いて早歩きで向かい始める。早まる鼓動を抑えながら、辿り着いたそこにいたのは、リアムではなく。


「………………どなたですか?」


 ―レティアの知らない男女。一人は鮮やかな金髪の少女、もう一人はフードを深く被った青年。血のような赤髪がフードから覗いている。少年の方は分からないが、少女は整った顔立ちをしている。

 金髪の少女が呆れたように口を開いた。


「あのねぇ、ここ、誰が住んでる屋敷か分かってないの? それにあんたがまず名乗りなさいな」


 レティアは、自分の僅かに眉が跳ねるのが分かった。正しいことを言われているのに、何故か無性にイラッとするのだ。

 その原因は、少女の態度なのか。

 少女の鮮やかな金髪は肩口まで。深い色の蒼い瞳がこちらを捉えている。小柄な肢体に比べてやや大きい黒ワンピースからは右肩が出ていて、白い肌が露出していた。その顔に浮かぶのは強気な表情だ。


(成程、これが同居人......対人関係に疎いので詳しくは分かりませんが、かなり面倒なタイプな気がします)


 レティアは適当に分析して、ふっと息を吐く。こういうときは先手必勝、と一週間前の講座で教えられたのだ。あんな講座でも非常識な人間に対してであれば有効だろう。

 レティアは顔に挑発的な微笑を浮かべる。


「初めまして。<嚇焉>の弟子、レティアと申します......ところで、貴女が<瀟洒(ショウシャ)>ですよね」


 すると、形を整えられた綺麗な眉が訝しげに顰められる。首を傾けて、少女が頷いた。


「そうよ…………って、弟子? 嘘でしょ?」


 残念ながら事実である。衝撃を受けている少女の一歩後ろ、目元は見えないが青年も驚いていた。だがレティアは止まらない。

 いきます、と心の中で意気込んで。



「現在、私が屋敷に関する全権を預かっています―なので、今後一切、無駄遣いはさせませんからっ」



 そう、ふざけた収支報告書を申請していた同居人への、先制攻撃(イライラ)をぶちまけたのだった。


*_*_*_*_*_*


「あのですね、いくらチーム全体の収入を一括管理しているとはいえ、大金を当たり前のように使い回さないでください」


「必要経費よ、全部」


 ふん、と鼻を鳴らす少女の前に、レティアは過去の収支報告書を置く。そこには赤い印が大量につけられていた。


「貴女、あまり任務に出ていないじゃないですか。五階級で、月収は一〇〇〇万リゼル。任務報酬を加えても月収一五〇〇万リゼルに届かないでしょう? 特別報酬を加えても年収二億リゼル前後。いくら一階級の方のお給料が破格だからといって、一年間で自分の稼ぎ以上を消費しないでください」


 <瀟洒>エレナ。月に三度任務に行くか行かないか、といったぐらいの働きだ。年収は二億リゼル、消費金額は年間五億リゼル。まさに貧乏神である。

 エレナは態度悪く腕を組む。


「だから、必要経費だって言ってんでしょ」


「この連日の外食が、ですか?」


「そうよ」


 レティアはあのですね、と身を乗り出す。実際は『連日の』なんて表現が見合わない程の外食頻度である。


「一年間で三五〇回、合計五〇〇万リゼル以上。全部貴女の食事代なんですが」


 一食あたり一五〇〇〇リゼル。

 国家公務員である<従事者>、その末端である一〇階級の規定収入は月二五万リゼルだ。エレナのような生活は一週間も続けられない。その上、使っているのは半分以上人のお金だ。


「何か悪い?任務の『役作り』に必要なんだけど」


「これ、任務外が殆どでは?」


「............気のせいよ」


 ふっとはずれた視線。気まずげなそれに若干の反省を見てとって、レティアは話を締めくくる。


(......今はこれが及第点でしょう............もっとも、変装道具代は後々追及しますが)


 まず、全権を与えられているとはいえレティアは新参者。加えて武力行使に出られると、多少は身を守れるだろうがどうなるか分からない。故に必要なのが自らの力の誇張だ。

 強い態度で無意識のうちに対等か、それ以上の立場であることを刷り込む―セイラに学んだことである。何か間違っている気もしないでもないが、それは一旦無視して。


「今後は私が食事の用意をしますから......外食は月五万リゼルまでに収めてください」


「......用意しろとは言わないのね」


 不満は抱きながらも、といった遠回しの了承。レティアは何食わぬ顔で「貸し一つです」と返しながらも心の内で苦笑する。


(......一応、領収書を見て好物は把握しているつもりですけど)


 その予想が当たっていれば、エレナに料理を任せるとおそらく悲劇が起こるだろう。


*_*_*_*_*_*


 そして二日後。レティアは昼食を準備しながらエレナと言葉を交わしていた。


「そういえば、セイラさんの帰宅はまだ先なんですよね。お二人の支援以外にも何かあるんですか?」


 丁寧に野菜の皮を剥いてカット。フライパンに入れると火にかけた。その隣の鍋に水を注いで沸騰するのを待つ。

 疑問を受けて、マニキュアを塗っているエレナはあくびを溢した。


「さぁ? 知らないけど」


 態度が悪い。教える気がない、というより、どうやら本当に知らないらしい。セイラなら何も伝えなかったとしても不思議ではない、と結論付けて、レティアは軽く火を通した野菜を鍋に投入。

 ちょうどその時、廊下の方から赤髪の青年がやってくる。やはりフードを被っていて、やや俯き気味だ。


「あんたは? セイラの用事、何か知ってる?」


 エレナが訊ねると、その隣の椅子に腰を下ろしながら青年が言う。確か、と記憶を探って。



「『お土産楽しみにしていてください』って言ってたけど」



 レティアはレードルを取り落とし、エレナは爪からマニキュアがはみ出したようで焦った声を上げる。思わずエレナと顔を見合わせた。

 視線を合わせるのは本日一回目で、実は結構仲が悪い―なんてことよりも。

 お土産を楽しみに、ということは。


「あの人、観光気分ですかっ?」


「常識無い人だとは常々思ってたけどやっぱりなんか間違ってるでしょ?!」


「......<嚇焉>も見逃しているから質が悪い」


 理由は不明だがどうもレティアが苦手な様子のヘヴンでさえ口を挟むぐらいには、セイラの立ち位置と普段の仕事ぶりが釣り合っていない。「この前こんなことを......」と講座の際の言葉を知らせると、二人ともレティアと同じ反応をする。


「何か仕事してたっけ?」


「......大してほぼ何もしてなかったと思う。良い顔も」


 元々知っている二人でさえそう言うのだから、本気で何もしていないのだろう。しばらくセイラはどういった存在なのか、と議論を交わし、鍋の中の様子を見て小さく息をつく。

 綺麗に焼けた鳥肉に特製のソースを添え、スープを()()()よそった。残り、ちょうど一人分になった鍋に塩を大量にぶちこんだ。トレーにのせてテーブルへと運ぶ。ことり、ことり、と皿を並べて。


「どうぞ。鳥肉のソースはスパイスを使っているので香りが強め、パンは昨日から熟成させたものです。スープは素材の味と調味料の存在感の絶妙な両立を......目指しました。サラダのドレッシングは二種類あるので、お好みの方を」


 エプロンをはずして、簡単に説明。はぁ、と若干戸惑ったように相槌を打ち、エレナは食事を開始。

 思っていたよりもずっと悪くなかったようで、舌鼓を打っている。それを横目に収めて、ヘヴンがおい、と小声で話しかけてきた。


「............何ですか?」


「........................この食事......隣のと一緒じゃないよな」


 それがわざわざ避けているレティアに話しかけてきた理由か。エレナの味覚のおかしさを知っているからの確認だろう。


 エレナは途轍もなく塩味が強いものを好む傾向がある。しょっぱいものでなくても、辛いものも比較的気に入りやすい。

 味の濃い食事を求めて珍味を取り寄せたり、外国の料理を扱う店を訪れたりもしていたようだ。


(エレナちゃんと同じ食事は......きっと塩分過多で死にますね)


 エレナが健康を害するのでは、という疑問は無視。まず本人の好みの影響で体調を害そうが知ったことではないし、それよりも制止を振り切って外食を繰り返されるのは避けたい。何より、セイラも言っていた。

 ―『他人のことは基本的に二の次。意図がバレないようにしつつ、一番に自分の目標を達成することを優先しなさい』と。珍しく、割とまともな教えである。


 フードから少しだけ覗く、ピクピクと震える口元にクスリと笑って、レティアは食事を始める。


「心配せずとも、あんな劇薬みたいな食事は私が耐えられませんし」


 その返答にヘヴンがようやく料理に手をつけると、エレナがよく聞こえなかったのか「何?」と首を傾げる。ヘヴンは沈黙し、視線を向けられたレティアは曖昧に笑った。


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