12話 世間は狭い
「特に理由は無かったの」と笑ったシェルムは純粋無垢な表情だった。
続いた言葉に、レティアは大きく目を見張る。
「どうして、リナリアちゃんは嘘をつくの?」
へ、と呆けた声が口から漏れた。
「......何の話ですか...........?」
どうにか取り繕って問いを返すが、シェルムは何か確信を持っているようだ。純粋ながらも疑いを孕んだ瞳は変わってくれない。
(これ、知っているやつです......)
バレたと思って認めると、「あ、やっぱりそうなんだ」と言われるアレだろう。魔力量が多いことを認めれば任務に支障を来してしまう。
何より、潜入中に正体が暴かれそうになった場合は何をしてでも誤魔化して無かったことにしろ―セイラに学んだことである。ちなみに、何をしてでもというところは許容できない。
「私、今、嘘をつきましたか......?」
レティアがそう言ったのに畳み掛けるように、シェルムが笑みの種類を変える。
柔らかい笑顔から、悪戯っぽい笑顔へ。
「大丈夫、全部分かってるよ......同業者、だからね」
先程の言葉には、一応の反応を示せた―だが、これには流石に凍りついてしまう。
同業者―と、いうことは。
(まさか、<流離>の............っ?!)
あり得ない話ではない。実際に生徒にも<流離>の仲間が紛れていると考えられたからレティアが生徒として潜入を行っているのだ。
戦闘が始まるかもしれない、と身構えると、シェルムが手を打った。
ついさっきまでとは、違う。
ケラケラと、軽やかに。
「ほぅら、やっぱりぃっ!!」
「へ?」
今度こそ、レティアはポカンとする。体全体の動きを硬直させ、思考が同じところを行ったり来たりする―その間に。
彼女は心底嬉しそうに、はしゃいでいる。
「やっぱり、ウチの勘は当たるんだってぇっ!! これで兄さんにデカイ顔はさせないぞっ」
とりあえず、よく分からないが<流離>の仲間とは違うようだった。元々の、無垢ながらもおしとやかだった雰囲気の影は消えている。
レティアはしばらく瞬きを繰り返していたが、ハッとして咳払い。
流石に、寮母の<流離>が敵なのだからこんなところで騒ぐわけにはいくまい。
一旦シェルムを黙らせると、手招きをして図書館の方に逆戻り。司書が既にいないのは知っている。
図書館の裏口付近で立ち止まると、心を落ち着かせてから、言う。
「あなたは何者ですか」
「..................」
シェルムは、黙りこくる。
レティアが何なんだろうかこの人は、と思い始めた頃に、いきなりバッとポーズを取った。
拳を握って、左足から右足に重心を移動させながら腰のところで、グッとタメを作る。そして手を振りながら上へと持ち上げ、肩の辺りの高さで再びポーズを作った。ご丁寧にウィンクまでして、そこでようやく演出に満足したのか口を開く。
「ウチはシェルム・ユージンっ!! 人の隠してる秘密が大好き、マイブームは推理小説の見習い暗殺者だよっ」
何と、全部言ってくれた。というか、どこに所属しているかはまだ分からないものの、本当に同業者である。
<従事者>制度所属なのか、王国内の自営業のグループ所属なのか。はたまた、<流離>と面識を持つ帝国と関わる暗殺者なのか。
他国に潜入しているのであれば、少し大きく動きすぎだし、<従事者>所属であれば、リアムから話が通っていないのは不自然。
<従事者>制度所属でなければ味方かどうかは分からない。無意識に、レティアの口から固い声が出る。
「......所属組織は、どこですか」
「<星宿>っ!! <従事者>様方とも協力関係で、仲良くさせてもらってますっ」
「情報の守秘義務って、どうなってるんですか?」
「万全を期してるよっ」
「どこがですか?!」
そこで、シェルムはその場でクルリと回る。
「今は、この前事務所の屋根を吹き飛ばしちゃって、魔術について学んでこいってキレられたから学園に入学してたのです」
それが本当かどうかはともかく、胸を張るようなことではなかった。
首元から下げたペンダントを触りながらレティアが黙っていると、ふいにシェルムの瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。
「ウチからの情報開示はこれでいいかな?」
どうやら、この後のレティアの言葉を得るために、開示をしたらしい。嘘ではないととある事実から分かっているが、彼女の言葉の裏付けをしないことにはこちらから明かすことはできない。だが、会話に応じるくらいには信用してもいいだろう。
ただ、一つだけ訊いておくことにした。
「では、最後に一つだけ」
視界の中、風で伽羅色がゆらりと揺れている。
「何故、魔力量の差異に気付けたんです? 感知魔術では気付けないはずです」
予想外の質問だったようで、シェルムが僅かに目を見張る。
それから、やや数瞬の空白。決して長くはない逡巡が生まれ、消えた。
「............自分より魔力量が多い人が分かる」
そういう異能があるの、と告げられる。
視覚でも聴覚でも嗅覚でもない。何故か、分かるのだという。
彼女のような、常人には分からない細やかな反応を感じ取れる者は、稀にいる。魔力が異常なのか、人として形が違うのか、原因は判明していないが、確かに。
―そして、そういった者が迫害されやすい風潮も、存在する。
潜入前に目を通した全生徒の大まかな情報を記した書類にはシェルムの魔力量も書かれていた。三八一より、やや多かったはずだ。
リナリアの魔力量は最初の休み時間、群がる生徒に訊かれた質問の中に含まれている。紹介の際抱いた感覚と異なる魔力量から、バレてしまったらしい。
つまり、使用している魔導具に誤作動は無かった。異能に対応出来ていないだけ。
それなら、何ら問題はない。
「てっきり、どうして嘘を指摘しに来たのかって訊かれると思ったけど?」
首を傾け、再び彼女はケラケラと笑う。それに、レティアは挑発的な視線で応じた。
この数分で、翻弄された分お返しである。
「人の隠している秘密が大好き、だからでしょう?」
ポカンと口を開いた間抜けな顔に、レティアは声を上げて笑ってしまう。意趣返し成功です、なんて心の内で呟いた。
*_*_*_*_*_*
その日の夜だ。<流離>に対して細心の注意を払いながら、自室へと戻ったレティアは日が変わる頃に訪れたノルアを迎え入れた。
「よぉ、お疲れさん」
テシテシと前足で机を叩いて、ノルアが尻尾を揺らす。
ベッドでぐてっとしながら、息を吐く。
「気疲れが、凄いです......」
セレナイト学園と聞いて、気絶するレベルのレティアとしては、いくら決意をしたとはいえ辛かった。
「学校ってのはそんなに疲れるもんなのか?」
「......私のはセレナイト学園限定ですよ」
「ほぉん」
かなりどうでもよさそうな反応である。レティアは引き続き二分ほど脱力した後、ようやく状態を起こした。疲れていても、仕事はこなさねばなるまい。
ノルアが寮室を訪れた理由、それは定時連絡である。その日にあったことの報告。活動方針の確認。
「授業は恙なく。教師の協力のおかげで、実技訓練の偽装は簡単でした。転入生の立場を利用して、生徒視点での学園の様子についても調査しましたが、私がいた頃とあまり変わらないかと。寮母についても、やはり評判は良いです」
セレナイト学園では、生徒がどの魔術を使用したか、教師から分かる仕組みが導入されている。試験でも用いられるものと同じだ。今回、教師数人に話を通しているので授業中は魔法を使った上で詠唱をしておけば、偽装ができた。転入生に群がる生徒というのは基本的にどの教育機関にも存在するようなので情報収集も可能だ。
「おぅ。予想通りだな……魔道具は設置できそうか?」
寮周辺や校舎には広範囲高精度の感知魔術式が付与された魔道具をいくつか交換する予定だった。場所もやや変更しながら市販品に改良を施したものを元から設置してあったものと取り換えるのだ。
場所の検討はついています、と告げると、ノルアはにゃっはっは、と笑った。
「じゃあできるだけ早く頼むな。あとは、リアムの奴が、定期試験のための対策しとけってよ」
「筆記試験ですよね? 私、試験勉強の時間なんていりませんよ」
何せ、実技試験だけはずっと満点だった。教科書もほぼ暗記しているし。
―それよりも、シェルムのことを報告しなければ。こういったときに報告を怠るから世の人間は失敗するのだとセイラも言っていた。
レティアはふぅ、と息を吐くと、シェルムのことを話し始める。
「―それで、彼女は『自分よりも魔力量が多い人が多い人が分かる』異能があるらしく。それによって気付かれた形ですね」
「異能な。珍しい奴もいたもんだ」
銀色の瞳がやや見開かれたのが分かる。
「リューヘルでもあまり見ないんですか?」
知らない人間はいないほど<異能者>の逸話や概要については有名なのに、反応からするにかなり珍しいらしい。
レティアが会ったことが無かったのは当然といえそうだ。
「俺様は一三〇〇年ぐらい生きてるが、異能者は三人しか見たことがないなぁ」
「じゃあ、四人目ですね」
「まだ会ってないけど、そうなるな」
その辺りで一旦雑談を中断して、シェルムから聞き出したことを並べていく。
見習い暗殺者、人の隠している秘密が好きということ、マイブームが推理小説ということ、任務ではなく魔術を学びにセレナイト学園に入学したこと。最後に、<星宿>に所属しているらしいことを告げると、ノルアは記憶を探るような顔になった。
「あー、<星宿>っていうと......」
「どうなんですか?」
「どうだったっけなぁ」
何か思い出せないらしい。彼が元々忘れっぽいか、一三〇〇年も生きていれば忘れてしまうのか、どちらかだろう。
レティア的には前者だと思うけれど。
「............では、師匠に報告して、明日対応を伝えて貰えますか?」
「おぅ。忘れたら悪ぃな」
「報告書も用意したので、絶対忘れないでください!!」
再びにゃっはっはと器用に笑いながら窓から出ていこうとするノルアを引き止めて、報告書を渡す。
シェルムの件が別組織も絡んでいたから報告書を書いたのだが、これから毎日書くことになりそうだった。




