平川君はモブじゃないです。イケメンです!
「私はサッカー部の佐野君のことが好き!めちゃカッコいいよねー!」
「えー?私は弓道部の杉浦君かな?美形だし、弓を引く横顔とかさいっこーにカッコいいし!」
「私はぁ、3年の浦賀先輩が好きだな。優しいし、笑顔が素敵だし。何より、学校いちのイケメンだしぃ」
給食後の長い休憩時間。校舎横のテーブルベンチに座りながら、友人たちはコイバナで盛り上がっていた。
「友里は?……って、友里は男に興味ないもんね~。コイバナすると、急に静かになるし」
「べっ、別に興味ないわけじゃないけど……」
「お!?友里とうとう好きな人が!?」
「そうなの!?友里の好きな人気になる~!ねえ、だぁれ?」
と、友人たちは前のめりに私に聞いてくる。
「いや、コイバナに興味無いってわけじゃないってだけで、す、好きな人とかは……いないし」
「だよね~。友里が男と絡んでるところあんま見たこと無いし」
私が好きな人はいないというと、友人たちは前のめりにしていた体をすぐにもとに戻し、私を蚊帳の外にほったらかしたまま、またコイバナをはじめる。
「じゃあさ、こいつとは付き合えナイわ~っていうやつは?私は、同クラの後藤かな?顔が生理的に無理」
「え~…私はB組の沢田かな?何か、私の後をついてきたり、目があったらにちゃ~って、キモい笑い方するし。アレはマジ無理」
「え~?それは、沢田が理穂のこと好きなんじゃない?」
「やめてよ~!ほんとムリムリムリ!!」
と、今度は付き合えない男子の名前を上げ出す。友人たちには悪いけど、友人たちはみんな見た目が普通…というか、大して綺麗とかでもないのに、なんでこんなに上から目線なんだろう……とか思ってしまう。まあ、絶対にそんなこと言わないけど。
とかなんとか、私は私で内心で友人たちに毒を吐いていた。すると。
「う~ん、私は同クラの平川かな?いつもひとりでボーッとしてるっていうか、なに考えてるかわかんない感じがキモい?っていうか怖いっていうか?」
「あ~…たしかに、私も何かムリ。近くにいると寒気するし。もしかして幽霊?とか思っちゃうんだよね~」
「ナニソレウケる~。でも、幽霊っぽいのはわかりみ。存在感が無さすぎるっていうか──……」
「あっ!あのっ!」
私は思わず、声を上げる。すると、友人たちの視線が一斉に私に向いた。
「そっ、そろそろ教室戻らなきゃじゃないかな?遅刻するよ」
「あ、ほんとだ!てか次数学の剛田先生じゃん!授業開始5分前に教室に入ってなきゃ、また大量の宿題出される!ヤバい!」
と、友人たちは大慌てで教室に向かう。私も友人たちの後ろを追いかけるように、教室へと急ぐ。
☆
「はぁ~……保健委員にならなきゃよかった。他の委員と比べると、仕事多すぎるよ……」
放課後。窓の外から橙色の夕日が射し込む時間。私はへとへとになりながら、ひとり教室に戻ろうとする。
「もう誰も、教室にいないだろうな……──」
ガラッと、教室のドアを開けると。外側の窓際の席で腕を枕に俯せて眠る男子が──平川君が視界に入った。
私は平川君の方をチラチラと見ながら教室に入り、寝てる平川君の邪魔にならないように、スクールバッグに教科書とかを入れて、静かに帰る準備をする。けど……
「…………」
え?平川君ガチ寝中?でも、そろそろ最終下校時間になるけど大丈夫かな?起こさないといけないんじゃ……
私はそう思いながら、なるだけ足音を立てないようにしながら平川君の席に近づく。そして、机に伏せて眠る平川君の目の前に私は来た。
すぅすぅ……
平川君の心地よい寝息が、教室内に小さく響く。私はどきどきしながら、平川君を見下ろす。
寝息たててる……可愛い。旋毛も可愛い。
私の目に映る平川君の旋毛。何だか可愛く感じて、思わず手を伸ばして頭を撫でたくなった。
……平川君のどこがキモいの?寝息も旋毛もこんなに可愛いのに。ふとした時の表情とかなんて、雰囲気があってカッコいいのに。みんな見る目無いよね。まあでも、恋敵がいないならいいかな。
すぅすぅと、眠る平川君の旋毛を見つめながらクスッと、私は小さく微笑む。
──……そう、私は、平川君のことが好き。同じクラスになって、隣の席になった時に時々話したりしてるうちに、気づいたら平川君に恋してた。
コイバナを聞くのは別に嫌いじゃない。むしろ、好きだと思う。けど、自分の恋は誰にも言いたくない。だって、私が平川君の素敵なところを言って、その内の誰かが平川君のことが好きになっちゃったら……嫌だから。
それにこの恋は……一人で楽しんでいたい。一人で平川君を見つめていたい。もっと言えば──
「……平川君のこと、独り占めしたい。平川君の恋人になりたい。平川君……好きだよ」
気づいたら吐息ほどの小さい声で、私は平川君の旋毛に囁いていた。
「~~~~~~!!!」
何、告白みたいなこと言ってるのよ私!平川君寝てるからいいものの、こんなの聞かれたら……私死ぬっ!!
じわじわと、恥ずかしさが込み上げてきて。私は急いで平川君の席から離れた。
──でもいつか、本当に平川君に「好きです」って告白できたらな……と、頬を熱くしながら思うのだった。
「……え?」
顔を上げると、同クラの山下友里さんの背中が廊下に消えていくのが見えた。
「今……『平川君好きだよ』って言わなかった?え?聞き間違い?」
たしかに俺は、山下さんのことが好きだ。でも……
「……山下さんが俺のことを?モブダサ俺のことが好き?……いやいや、ないない!」
と、俺は手を横にヒラヒラさせながらそう言い。
「でも……本当に山下さんが俺のことが好きなら、嬉しいな。いつか俺、山下さんに告白できたらな……」
一人そう呟きながら、なんとはなしに窓の外に目をやる。朱い夕日が、俺の頬に射す───……