第3話 そこに在るもの
それから数日して、レオの様子が変わってしまう。
まるで悪霊に取り憑かれたかのように、日に日にやつれていったのだ。
ハイノはそっとしておくつもりだったが、さすがに心配で声をかけた。
「どうしたんだ、レオくん? 何かあったのかい? やつれているようだけど」
「ああ、キミか。そんなことはない、今は最高の気分なんだ」
「……ん? いや、でも、そうは……。アカネも心配しているのではないか?」
「アカネ? ああ、彼女とは別れた。だって、彼女には身体がないからね。今はもう違う人と付き合っているんだよ。サキは最高さ。俺を満足させてくれる」
「あ、オイ。ちょっと! ……なんだ、あれは一体どういうことなんだ?」
それからアギとハイノはアカネを探したが、一向に見つからない。
あの体育館裏にもいなかった。
そして、捜索を諦めかけた頃に、ようやくアカネを発見する。
そこは、いつもは通らない学校の裏手。
ギリギリ敷地内ではあるが、人通りの全くない場所だった。
アカネはそこで独り、膝を抱えていた。
「ア、アカネさん、どうしてこんなところにいるんです……?」
「あ、アギさん、ハイノさん。実は……」
アカネは、堰を切ったように泣き出した──────
プラトニックな関係ではあったが、少し前までレオとは順調だった。
だが、そこにサキという女生徒が現れ、レオは言いなりになってしまう。
「俺、身体のない女に興味ないんだ」
「ど、どうしてそんなこと言うの⁉︎ どうしちゃったの⁉︎」
「もう、俺に関わらないでくれ。俺にはもうサキがいるから」
「そんな⁉︎ ねぇ、レオくん! 行かないでっ!」
だが、次の瞬間、アカネは見えない力で外へと追い出されてしまったのだ。
──────それから校舎へは戻れなくなり、ここで泣いていたという。
「一体どうして……、サキって何者なんです……?」
『あーちょっといいか、アギ? そのサキってのは、悪霊か悪魔なんじゃねぇか? オマエら、生身だから気付きにくいのかもしんねぇけど、学校から瘴気みてぇな臭いがプンプンしてくんだよ。アカネにも、ちっと残り香あるぜ?』
「誰か私みたいに悪魔召喚したんですかね……? 誰か……、そのサキって子が悪魔と契約した……?」
『んー、そういうのとは違う気がすんだけどな。だが、俺に近い感じもするぜ。色欲、情欲、肉欲、そんな俺の大好きな、エロ〜い陰鬱な気がビリビリとな』
アギはスッと立ち上がる。その目には、意志の炎が宿る。
「アカネさん、ここで待ってるんですよ。何とかするんです。……ね、ハイノ」
「いや、何とかするって。相手が悪霊だったら、ボクは役に立てないよ? 悪魔ちゃんみたいにビーム出せないし」
『だから、悪魔をなんだと思ってんだよ。ハイノこそ、悪霊なんだから、直接バトってこいよ。頑張ったら幽霊でもビーム出んだろ』
「馬鹿を言うなよ。そんなの出るわけ……、あ、ああ。霊力を放出すればできなくはないか……」
「出来るんかい」
「アギも、魔力放出すればビーム出るんじゃない?」
「いやいや、無理なんですよ。悪魔なんて魔力の塊ですし。そんなことしたら、本体がロケット弾みたいに爆散するだけですよ」
『悪魔をゾッとさせんじゃねぇよ……』
わちゃわちゃとしている間、アカネ自身も決心が固まったようだ。
「あ、あの! 私も連れていってくれませんか?」
「連れていくったって……。校舎に入れないですよね?」
「そうですね、誰かに取り憑けるなら……。けど、私、霊力弱いですし……」
*
アギ、悪魔、ハイノ、アカネは、校内を突っ切っていく。
「アカネさん、場所は分かるんです?」
「はい、おそらく……。ゴミ捨て場のところかと」
「体育館裏のすぐ近く……」
結局、アカネはハイノの身体へ取り憑いていた。
「妹の身体、乗員一名なんだけどなぁ……」
「そこ、ブツブツ文句言わないんですよ! 霊媒体質、便利で良かったじゃないですか!」
だが、ゴミ捨て場へ着くと、異様な光景が広がっていた。
黒く濃い霧が実体を持って、生き物のように四方へ漂っている。
それらは、もはや瘴気の様相を呈していた。
そして、その中心には囚われたレオの姿があった。
「レ、レオくん!」
「ええ⁉︎ なんでこんなことになってるんです⁉︎」
「あれは、そうか。どうやら、良くないものを呼び込んでしまったみたいだね。学校とかって、こういう陰の気が溜まりやすいのだよ。でも、こんな瘴気の塊になるなんて……。おそらく、何か核になるものがあるはず!」
「核って……、あの女じゃない?」
黒霧の中心に、ひとりの女生徒が微かに見える。
だが、どうやってもそこまで届きそうもない。
「クソッ、あれだけデカいとどうすれば。……とにかく先制攻撃だ!」
「な、何をするつもりなんです⁉︎」
ハイノは幽体離脱して、幽体の額に指を当てる。
「食らえ! 幽霊光線ぁ!」
その掛け声と共に、幽体からビーム状のものが照射された。
多少効いているようで、黒霧が少し晴れていく。
「……やった! 出たっ! 思い付きだったけど!」
「ちょ、凄っ! ……って、待って! 妹さん、滅茶苦茶消耗してるんです! それ、使っちゃダメなやつなんです!」
「クッ! レーザーの威力が……。妹の残量がもう少しあれば……」
「妹を電池みたいに扱うんじゃないですよ!」
『じゃあ、次は俺の悪魔ビームで……』
「やらんでいいんですよ! それ、私が電池になるパターン!」
この時、レーザーのおかげで、レオは黒霧の洗脳から解放された。
「う、うわぁ⁉︎ な、なんだ⁉︎ 嫌だ! やめろ!」
レオは必死に抵抗し、黒霧から逃れる。だが、黒霧はそれを許さない。
『オオオオオオ……! レオくん……、レオオオオオオオオくううううん! ワタシのモノ! ワタシのオオオオオオオオオオオオ!』
黒霧から、ビリビリと悲鳴のような咆哮が轟く。
そして、霧は実体を持ち、触手を槍のように伸ばした。
それは、レオ目掛けて伸び、彼は思わず目を瞑ってしまう。
「ぐっ⁉︎ ……痛っ、……くない? え? どうし……、ア、アカネ⁉︎」
「う……、レオくんは……、レオくんは殺させないんだからっ!」
レオの前に立ち、触手の槍を受け止めたのはアカネだった。
彼女の霊体は串刺しになっていたが、レオには届いていない。
どういうわけか、槍が彼女の中で屈折するように曲がっていたのだ。
『ああああ……、アアアアアアアアア! レオオオオオオオオオ!』
身を震わせ、無数の槍を生成する黒霧。
「ダ、ダメだ! アカネ! 逃げろ! 逃げるんだ! 俺のことはいいから……っ!」
だが、その無数の槍はアカネ目掛けて貫き、その身体は穴だらけとなる。
だが、一本たりとも、レオには届かなかった。
「ア……、アカネ……?」
「ゴメンね、私、身体なくて……。ゴメンね……、死んじゃって……、ゴメンね、苦しめて……、ごめんなさい……。バイバイ、レオくん。……大好き」
アカネの霊体はそのまま掻き消え、虚空に消滅してしまった。
「ああ、そんな……、ダメだ、ああ……、アカネ……、そんな……っ!」
その場に項垂れたレオ。
彼は手を伸ばす。そこにあったはずの『何か』に向かって。
再び黒霧がレオの身体を包み始めるが、彼は一切抵抗しなかった。
黒霧の核の女生徒も、レオに被さるように近付いていく。
『うううう……、レオオオオオオオ……』
現状、アギたちには、状況を打破する手立てはなかった。
ハイノは地面を叩く。
「クッ……、こんな時にあの『悪霊退散のお札』があれば……」
『ん? もしかして、お札ってこれのことか?』
「ちょ! 悪魔ちゃん、なんでそれ持ってるの⁉︎」
『タダ働きは嫌だから拾っておいたんだぜ? だってこれ、高く売れるんだろ?』
「いや、なんでアンタ、悪魔のくせにそれ持てるんですよ……」
『ハァー、アギ。分かってねぇなぁ。俺、悪魔だぜ? これ、悪霊退散のお札なんだろ? 悪魔関係ねぇじゃん』
「そういうもん……? で、でも、それ貼るにしても、核に貼らないと……。あんなウネウネの巨体、どうしようもないんですよ!」
だが、この時、異変が起こる。
レオの身体を包み始めていた黒霧が、彼を中心に弾け飛んだのだ。
『レ、オくん……、どうして……、アアアアア!』
そして、核の女性からも黒霧が剥がされ、剥き出しになってしまう。
「なんだか分からないんですけど、チャンスなんです! アスモデウス! それをヤツに貼るんですよ!」
『イヤだよ、なんで俺がそんなことせんとならんのだ。めんどくせぇ』
「そんなこと言うなら……、こう……? こうかな……?」
『何してんだ、アギ……? そのポーズ、なんかさっき見たような……?』
アギは両手を額に当て、叫んだ。
「悪魔ビィイイイイイイイイイイム!」
そうすると、悪魔がロケット弾のように黒霧に向かって発射された。
『どわあああああああ! バカ! オマエ、バカァアアアアアア!』
『お札弾頭』搭載の悪魔ミサイルは、黒霧へ目掛けて突っ込んでいく。
お札は悪魔ごと女生徒へ直撃し、黒霧は爆散した。……悪魔と一緒に。
そして、黒霧は完全に消失した。
だが、そこに肩を落としたレオの姿があった。
「アカネ……、俺こそゴメンよ……」
彼は大事そうに何かを抱えるが、その手の中には何もない。
ハイノはレオの元へ歩いていき、その肩をそっと抱いた。
*
数日後。登校中のアギとハイノ。
「……で、めでたしめでたし。……って、なんでだよ!」
「それを私に言われても困るんですよ……」
目前には、手を繋いで歩くレオとアカネの姿が。
しかも、アカネは生身の身体だ。
「なんであの子生きてんの? あのラストなら、普通、ヒロインのボクとくっ付いてハッピーエンドじゃないの⁉︎」
「誰がヒロインなんですよ……。どうやらあの子、意識不明で入院してたみたいなんですよね……。学校に囚われて戻れなかったのが、この前ので戻れたみたいなんですよ。あの子自身、生きてたの知らなかったみたいなんです」
「納得いかないなぁ……。もういい、アギちゃん、次、次」
「いやもう別れさせないで、アンタは普通に探せばいいんですよ」
『ハイノ、なんなら俺と契約しようぜ?今ならお安くしとくぜ?』
「それは遠慮しとく」
──────それは、少女たちが真実の愛を見つけるお話。
……だといいな。