第2話 ずっと一緒で
二人は校庭脇の大樹へと移動し、こっそりと覗き始める。
ここは有名な『縁結び』スポットで、今まさに告白が行われていた。
彼は『白井レオ』。色白な爽やか系イケメンで、学校内外にファンが多数。
その人の良さから、男女共に友人が多いという完全無欠イケメンだ。
「なるほど、学年一のイケメンと名高い『レオくん』。今も、まさに告白され中なんですよ。アンタ、ホントにイケメン好きなんですね……」
「あくまでも妹の趣味だよ。まぁ妹も彼なら文句はないだろう」
「でも、レオくんの彼女って、誰も見たことないんですよね……。相手は先輩とか……? 彼は一途で、告白されても必ず断るらしいですよ」
「そうなんだよ、ボクも断られた。こんなに可愛い妹を振るなんて! なまっ白い豆腐野郎めぇ! 冷や奴にして食っちまうぞ! ウギギギギ……ッ!」
ハイノの表情は滲み出るように、禍々しい悪霊のそれに変わっていく。
「ちょ、アンタ、声大きい! バレるんです! 鎮まりたまへ! 鎮まりたまへ!」
二人がわちゃわちゃしてる間、某女子の告白は終わる──────
「ごめん。俺、彼女いるから……」
「どうして⁉︎ 彼女ってどんな人なの⁉︎ 私よりも可愛い子なの⁉︎ 絶対私、レオくんを満足させてあげるよ⁉︎ ねぇ、私のどこが劣っているっていうの⁉︎」
「いや、劣ってるとかそういう……、とにかくごめん。行くね……」
「あ、ちょっと! ……なによ、ちょっと顔が良いからって……」
──────悪態をつきながら、去っていく女生徒。
アギらも居た堪れない気持ちになる。
「あの女子も大概なんですよ……」
「性格の悪さが滲み出てるなぁ。あれはボクが男でも振ってるよ」
「……それで。あの一途なレオくんと、彼女を別れさせるってことなんです? 気が進まないですね……」
「ボクさ、そのレオくんの彼女ってやつに、直接言ってやろうと思ったんだよ。でも、誰も会ったことがないし、後をつけてもまかれちゃって……」
「犯罪臭がするのでやめておくんです……。それにしても、誰も見たことがないってのはおかしな話なんですよ。……あ、もしや、脳内彼女なんでは……?」
「やめてよ。豆腐であっても、妹の王子様に変な属性付与しないでよね」
「うーん、そんな朧げな存在の彼女が、実在し得るんでしょうかね……」
アギは、ちらりとハイノの顔を見る。そして、ふと気付く。
「幽霊とか? 映画『GHOST』みたいに。あれは男性の幽霊なんですが」
「ん? ……アギ、ちょっと待て。そういやボク、幽霊見たよ?」
*
夕方。体育館裏で、レオとその彼女らしき人物の密会を目撃する。
予想通り『彼女』は、ただの人間ではなかった。
「やはり幽霊なんですね。通りで生徒を探しても見つからないんですよ」
「あのクソ悪霊めぇ! 成仏できねぇ下等幽霊の分際で! ウギギギ……ッ!」
「ちょ、また出てる! 鎮まりたまへ! 鎮まりたまへ! ……全く、成仏できない点ならアンタも一緒なんですよ。……それにしてもあの様子だと、レオくんは幽霊だって気付いてないんじゃないですかね」
「これじゃ、まるで現代の『牡丹燈記』だね」
「なにそれ?」
「中国の怪異小説だよ。男女が愛し合うのだけど、実は女が幽霊でしたって話。おじいが好きでね、よく聞かされたんだ。最後は取り殺されちゃうんだよね」
「なるほど。放っておいたら、取り殺されちゃうかもしれないんですね。……ん? 悪霊云々で言ったら、ハイノもあまり変わらないような……?」
「変わるでしょ。だって、こっちは生身だよ? 見てよ、このナマの柔肌を。」
「もうそんなもの、仕舞うんです! なんかアンタ、エロいんですよ! とにかく、別れさせるっていうなら、レオくんに幽霊のことハッキリ言えばいいんですよ」
*
アギらは、レオが彼女と別れてから後をつけていた。
だが、声をかけようとしたところ、とある人物に呼び止められた。
「あの……、ちょっといいですか?」
「え? なに? ……ひぇ⁉︎」
先ほどの幽霊だ。
「やっぱり。貴方たち、私のこと見えていますよね」
「えっと……、ちょっと見えていないかなぁ……」
「ハイノ、それは無理があるんですよ……」
「貴方たち、私とレオくんのこと見ていましたよね?」
「えっとぉ……」
アギは心底怯えた。回答を間違えれば、取り殺されるかもしれない。
だが、本当に怯えていたのは幽霊の方だった。
「か、彼をその悪魔の生贄にするつもりですか⁉︎」
「い、生贄⁉︎」
「どうか彼を殺さないで! 私が代わりに生贄になりますから……っ! な、生身の身体はもうありませんが、魂だけでも……」
アギとハイノは、困惑して思わず顔を見合わせた。
そして、なんとなく彼女の身の上話を聞く空気になってしまう。
「私は『翠川アカネ』といいます。私、身体が弱くて……、やっと高校に行けるようになって……。そして、入学式の日。久しぶりの外だったもので、大勢の前で転んでしまったんです。でも、誰も助けてくれなくて、笑い声まで聞こえて、情けなくて泣きたくて。その時、手を差し伸べてくれたのが彼でした。ところが、それからすぐ、私は交通事故に。……そこで私の恋は終わってしまいました」
アカネは、しょんぼりと肩を落とす。彼女はひどく小さく見えた。
「ただ会いたかった、会いたいと願ってしまった。せめて最後に一目だけでも。そうして気がついたらここにいたんです、この学校に。……私はこの学校から出られませんが、彼と会えて幸せです。私にはもう、彼しかいないんです。だから、お願いします。……彼を奪わないで下さい」
アギは少し考えて、重い口を開く。
「貴方の気持ちは理解できるんですよ。同じ立場なら、同じように願うと思うんです。……けど、レオくんはいつまでもここにいられるわけじゃないんですよ」
「それは、そうですが……」
アカネはひどく悲しそうな表情を見せ、存在までも消え入ってしまいそうだ。
だがこの時、ハイノは何か碌でもないことを思い付く。
「いいかい、アカネくん。彼はキミが幽霊だと知らないのだよね? これは、重大な事実の隠蔽だよ。キミは、彼を騙していることになるのではないかい?」
「わ、私、そんなつもりは……っ!」
「んー、ゲスい。ハイノの悪霊面が出てきてるんですよ……」
「アカネくん。もしも、キミが本当に彼を大事に思うのなら、本当のことを言うべきなんじゃないのかな?」
ハイノの演説を聞き、アカネは一生懸命考える。そして、決心した。
「……分かりました。私、言います。彼の幸せが一番ですから」
*
次の日の昼過ぎ。
いつものように、レオはアカネの待つ体育館裏へとやってくる。
アカネは、これから『自分が幽霊であること』を告白するつもりだ。
レオが一体どんな態度をするのか、不安でいっぱいだった。
……だがこの時、アカネだけが本当の事実を知らなかった。
アギとハイノと悪魔は、隠れて二人の様子を見守っている。
「さぁ、これで破局だよ。悪魔ちゃんも供物貰えて良かったね」
『くははっ! 人間と幽霊の破局は、一体どんな味がするのか。楽しみだぜっ!』
「コイツら……。ここにはクズしかいないんですよ……」
ハイノと悪魔は、アカネとレオの結末を確信していたのだ。
それには理由がある──────
実は昨晩、アギらはレオの家を訪ねた。
そして、ハイノが真実を先に伝えてしまったのだ。
だが、レオは思い当たる節があるものの、頑なに認めようとはしなかった。
「そ、そんな、彼女が幽霊だなんて……、そんなわけ……」
この時、レオにはハイノの家に伝わる『悪霊退散のお札』を渡した。
ハイノはそれを持てないため、アギが代わりに持っていったのだが。
そして、ハイノはここぞとばかりにレオを挑発する。
「幽霊じゃないというなら、それを体に貼っていても問題ないのではないかな? それとも彼女のこと、心の奥では信用していないのかな?」
──────そうして、今に至る。
ニヤリと笑うハイノ。その表情は歪み、悪霊っぽさが滲み出てきている。
胸の前で、何かを誇張するように手で大袈裟な曲線を描く。
「所詮男なんて、これでしょこれ。これが好きなんだよね。これがよう? 肉体の無い亡霊なんて、誰も相手にしないんだよ。……男はさ」
「ええい、そういう生々しいのはやめるんですよ! ……って、その言い方。もしかしてアンタ、どっかで男と関わったりしたんです?」
「別に……」
「ふぅん、まぁいいんですけど」
そうしてアギらが見守る中──────
アカネが重い口を開く。
「あ、あのね。レオくん、私ね。レオくんに、言わなくちゃいけないことがあるんだ……。あのね……、えっとね……」
「キミが……、もうこの世にいないってことかい?」
「え、どうしてそれを……?」
「実は気付いていたんだ、……ずっと前から。この関係を終わらせるのが怖かった。でも、こんな関係を続けるべきじゃないことも分かってたんだ……」
レオはシャツのボタンを外す。
その胸には、例の『悪霊退散のお札』が貼ってあった。
「レ、レオくん⁉︎ ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃ……っ⁉︎」
泣き出したアカネ。
だが、次のレオの行動は、誰も予想していないものだった。
「こんなものっ! こうしてこうして……、こうだああああっ!」
彼はお札を胸から剥がし、丸めてぶん投げてしまった。
──────アギ、ハイノ、悪魔の目が点になる。
ハイノは、思わず大声で叫んでしまう。
「どわぁああ! 一千万円のお札がぁ! なんてことを!」
そのせいで、隠れて見ていたことがバレてしまった。
「あ、あはー、ど、どうも……」
「アギさん、ハイノさん。俺、決めました。彼女とずっと一緒にいます。この先、どうしたらいいかは、まだ何も思い付かないけど。……ずっと一緒に」
「「……はぁ?」」
アギとハイノは、声がハモってしまった。
「レオくん、でも私、身体無いんだよ……? それでも……」
「いいさ、俺だっていずれ死ぬ。大事なのは、心が通じ合っていることだよ」
二人の心は、以前よりも深く結び付いてしまったようだ。
結局、アギとハイノは二人をそっとしておくことにする。
ただ悪魔だけは、ずっと愚痴をこぼしていた。
『なんだよ、つまんねぇな。タダ働きじゃねぇか』
だが、幸せな二人の時間は、長くは続かなかった。