第1話 別れさせ屋
ここに、ひとつの児童書がある。タイトルは──────
『Romance Eater』
"恋多き悪徳令嬢が真の愛を知る"という内容だ。
彼女はあらゆる手段を使い、次々とライバルを陥れていく。
結果、高嶺の花すらほしいままにするが、いつも満たされない。
なぜなら、彼女は本当の愛を知らなかったから。
この物語の最後はハッピーエンドであり、彼女は真の愛を手に入れる。
だが、陥れられたライバルたちはどうだろうか。
彼女たちにも恋や想い、人生がある。決して軽んじて良いものではない。
本来なら、この悪徳令嬢は幸せになるべきではないのかもしれない。
──────そんな児童書が、なぜかとある高校の図書室にあった。
だが、その存在は知られておらず、読む者も殆どいない。
そして、この高校に、同じような立場の者たちがいた。
これは、他者を『陥れる者』と『陥れられた者』の物語。
現代のロマンス・イーターに、真実の愛を知る日は来るのだろうか。
*
生徒たちの間で、まことしやかにあの噂が再び流れる。
「聞いた? 『恋喰い』がまた出たって」
「あの『別れさせ屋』? 正体は一体……?」
ヒソヒソと噂が木霊する中、とある男女にも悲劇が訪れる。
「ねぇちょっと、アキト! どういうこと? サキとは何ともないって嘘なの⁉︎」
「な、なにその手紙? そ、それは……、『RE』の刻印⁉︎」
「このQRコードに写真と動画があったの! ほら見てよ、これが証拠!」
「聞いてよ、ユカちゃん! 違うんだって! ……って痛ぁっ! ま、待ってよぉ!」
その様子を、こっそりと覗く女生徒がいた。
彼女は『朱木アギ』。オタク系コミュ障でネクラ、勿論お友達もいない。
「クヒヒヒ、うまくいったですよぉ。ようやく供物ゲット。最近は、決定的証拠を突き付けないと信用してくれないですし。本当に手間がかかるんですよ」
ニヤリとするアギ。……と、その背後に気配が。
「なるほど、そうやって別れさせるのね。キミ、1年A組の朱木さんだよね?」
「ひぃ⁉︎ ななな、なんで、いいい、いつの間に後ろに⁉︎」
「その手袋は、指紋が付かないように、かな? 用意周到だね」
「ななな、何のこと⁉︎ よ、よく分からないんですけど……、ってアンタ、1年B組の蒼野、さん?」
彼女は『蒼野ハイノ』。文武両道なクール系女子だが、寡黙で近寄り難い。
「とぼけても無駄だよ。だってボク、見えてるし。キミの後ろの子、幽霊じゃないよね、悪魔かな? それにしても、出しっぱなしは不用心だね」
「ななな、なんのことなんです⁉︎ わわわ、私分からないんですよ⁉︎」
実はアギの後ろ、そこには『普通の人には見えない者』がいた。
赤黒い肌に、捻れた角。割とステレオタイプな悪魔の姿。
その口から発するのは、地鳴りのような低いダミ声だ。
『うはー! おいマジかよ、コイツ。マジで俺のこと見えてるみてぇだぜ。アギ、今更すっとぼけたって無理じゃねぇか? だってホラ、こうやって……』
その悪魔が手を振ると、それに合わせてハイノも手を振り返す。
次第に二人は、鏡に映ったかのように様々なジェスチャーを交換し始めた。
それを見て、さすがのアギも諦める。
「もういいです、分かったんですよぉ。クソぉ、しくじったんです。……けど、悪魔を連れていたとして、それが何です? 別れさせたかどうか、なん、て……」
アギの目に、ハイノの手にあるスマホの画面が映る。
そこに、とある動画が流された──────
アギの手から封筒が飛んでいき、下駄箱の中へと吸い込まれていく。
その下駄箱は、そこで修羅場を繰り広げていた女生徒のものだ。
──────そこで動画が終わる。
姿こそ映っていないが、どう考えても悪魔の仕業だろう。
「まだ他にもあるよ、証拠。……観たい?」
「ぐっ⁉︎ クソぅ、そんなのいつ撮ってたんですよ……」
「でも、そんなまどろっこしいことしないで、悪魔ビームで焼き殺しちゃえばいいのに」
『オマエ、悪魔を何だと思ってんだ。殺したら意味ねぇだろうが』
「と、ところで、なんで悪魔見えてるんです? アンタも魔力が強いんです?」
「うーん、霊力かなぁ。だってボク、陰陽師の家系で、しかも幽霊だし。……秘技・幽体離脱ぅ〜」
ハイノは、ランプの魔人のように身体から幽体を出現させた。
生身の方は意識がないのか、虚空を見つめてヨダレを垂らしている。
「ゆ、幽霊⁉︎ そ、その子に取り憑いてんです⁉︎ ひ、非科学的過ぎる!」
「……悪魔も、よっぽど非科学的だと思うけどね」
*
二人は、体育館裏へと場所を変える。
以前は不良の溜まり場であったが、幽霊騒ぎがあり、今は誰もいない。
通るとしても、ゴミ捨て場へのショートカットぐらいだろう。
「……それで、キミはアギちゃんに取り憑いてるのだね?」
「初対面でアギちゃんて、気安いんですよ……」
『オウよ。コイツ、過去に大失恋してよ』
「よ、余計なこと言うんじゃないですよ、アスモデウス!」
『オイオイ、不用意に悪魔の名を口にするんじゃねぇよ。ハイノ、まぁ聞いてやってくれよ。アギは、魔女の家系で魔力だけはバカ高いんだよ。……アホだけどな。それでどうしたと思う? なんと、悪魔と契約しちゃったんだぜ?』
「え。もしかして、相手を呪い殺しちゃったの?」
『いや、コイツにそんな攻撃性はねぇな。契約内容は『生涯恋心を抱かない』だ。可愛いとこあんだろ? ……アホだけどな』
「なるほど、恋をしなければ、傷つくことはないってこと? キミって子は……」
ハイノは、ウルウルとした目でアギを見つめる。
「わ、私を、哀れみの目で見るんじゃないですよ……」
『けど、契約継続には、アギの魔力だけじゃ足んなくてなぁ。こうして定期的に供物を捧げさせてんのよ。……『破局』という供物をな』
「自分が恋しないように、他人の恋路を邪魔してるの? あ、それで『ロマンス・イーター』か。恋路を邪魔する悪徳令嬢に擬えているんだね。あんな児童書、読んでるのボクだけかと思ったよ。でもあれ、ラストは真の愛に……」
ハイノは、再び憐憫の視線をアギに投げかける。
「う、うるさいんですよ! 真実を暴いてるのだから、寧ろ感謝してほしいくらいなんですよ! それより、アンタこそなんなんです? 悪霊はさっさと成仏して、その子に身体返してあげるんですよ!」
「悪霊とはあんまりだな。……この子は、ボクの妹なんだよ」
「は? アンタ、妹に取り憑いてんです? 妹の名前がハイノなんです?」
「そう、ボクはハイノのお姉ちゃん。でも、ややこしいからボクのこともハイノでいいよ。実は、ウチも陰陽師の家系で霊力が高いんだ。ボクも妹も。まぁそのせいで霊媒体質というか、取り憑かれやすいんだけど」
「今も、ガッツリ取り憑かれてるんですよ……」
「妹はね、事故で意識不明になってしまって、ボクが代わって学園生活を送っているんだよ。だから、探しているんだ、イケメンを」
「どっから出てきたイケメン」
ハイノはニヤリと笑う。スマホのロックを指紋認証で外し、何かを確認する。
「妹はイケメン好きでね。それはもう、中身なんてどうでもいいくらい。だから、王子様の目覚めのキスがあれば、意識は戻ると思うんだよ」
「非科学的ですね……。それで、本当に妹が喜ぶと思ってるんです?」
「なら、これを見てよ。妹のスマホなんだけどね」
「そういうのって、勝手に見せてもいいんです?」
妹のスマホ。そこには、夥しい数のイケメン画像があった。
「う、うわぁ……。これはちょっと引くんですよ……」
「実は、これでも一部なんだ。学校内外関係なく、ランク毎にフォルダ分けされていてね。それからこれが王子様日記帳。えーと、4月9日、喫茶店でバイトしているイケメンの名前を……」
「いやいい、読まなくていいんです。……やっぱりそれ、他人に見せたらまずいんですよ。妹に呪い殺されても文句言えないんですよ?」
「ははは。無いよ、無い無い。妹はボクを愛していたからね。ほら見てよ、ボク専用のフォルダもあるんだよ? 妹とお姉ちゃんの愛の記録だね」
だが、どれもまともな写真は一つもない。
寝顔にゼリーを詰められる姉、川に突き落とされて泣いている姉、等々。
「これ、愛されてるんです? って、もしかしてアンタが死んだのって……?」
「いや、ボクの死に妹は関係ないよ、たぶん」
「肝心なとこが曖昧なんですよ……」
「と、まぁ。そんなことより本題に入ろうか」
「バラされたくなかったら、ってことなんです……? でも、お金は……」
「いや? キミを『別れさせ屋』と見込んで頼みがあるんだよ」