婚約破棄ざまぁ後の世界……。
オチとか面白さとか考えずに。
思い付いたままに突っ走ってみた。
「セーラ!! 俺はお前との婚約を破棄する!!」
「カネア!! 俺もお前との婚約を破棄する!!」
「マリアンヌ!! お前との婚約を破棄させてもらう!!」
「シア、もう君とはこれまでだ。婚約は破棄させてもらう!!」
「メリッサ!! 残念だがもう君とは付き合えない。婚約は破棄だ!!」
リンファント王国の、王家主催の夜会で……それは起こった。
五人の貴族令息がそれぞれ会場内の様々な場所で叫ばれる……まさかの同時多発〝婚約破棄宣言〟である。
ハタから見たらそれは、とても異常な状況。
貴族間の事情で、あるいは国そのものが決めた婚約を、王家主催の夜会で、貴族令息が……それも五人も、一斉に、一方的に破棄するなど、国家が分裂しかねない大事件である。
しかしそんな彼らの愚行を窘める立場のハズの、この場に集う王侯貴族達は……なぜか、その場を見守るだけだった。誰もが、口を挟まない。
事態の行く末を見極め、次からは誰に付いていくべきかを考えているのか。それとも、自分が関わる事で、事態をややこしくしたくないのか。
そして、彼らが見守る中で……事態は次の段階へと進んでいた。
「だったらセーラは、俺が貰おう!」
「ちょうどいい。ならばカネア、今度は俺と婚約しないか?」
「マリアンヌ、僕は初めて会った時から君が好きだった。よければ僕と、婚約してくれるかい?」
「シア先輩、僕はずっとあなたが好きでした。よろしければ、今度は僕と婚約してください!!」
「メリッサ、一緒に俺様の国に行こう。そして俺様の妻となってくれ」
この国の、別の貴族令息だけではない。
隣国の王子をも巻き込んだ、まさかの再婚約である。
そしてこの超展開に対し、先ほど婚約破棄した元婚約者達、さらに、その元婚約者達の隣にいる、別の貴族令嬢やら特待生な平民やらは……婚約破棄された令嬢とその新たな婚約者に、なぜか微笑みを向けるだけであった。
かと思えば、彼ら彼女らは……拍手を。
婚約破棄された令嬢と、その新たな婚約者へと送った。
続いて、彼ら彼女らの周囲にいる、王侯貴族とその関係者も……先ほど婚約破棄をされた令嬢と、その新たな婚約者へと拍手を送る。
まさかの、異常な状況。
婚約破棄モノを見慣れている者であれば、絶対に混乱すること間違いなしな状況だが……この国では、これが普通の光景だった。
かつて理不尽な婚約破棄をされた令嬢が嫁いできた、リンファント王国では。
※
半世紀前。
隣国で一人の令嬢が一方的に婚約破棄された。
なんでも婚約者であった王子が『真実の愛を見つけた』などというフザけた理由で、一人の下位の令嬢に現を抜かし、その令嬢の嘘の証言だけを真に受けたからである。そして元婚約者――その国の将来的に、必要不可欠な令嬢は、公衆の面前で王子に婚約破棄されるという辱めを受けた上で国外追放の処分を受けた。
その王子の両親たる国王と王妃が、用事で国内にいなかった時に起きた、まさかの悲劇である。
そして処分を受けた直後。
その令嬢の身元をリンファント王国の王子が引き受けて。
そして令嬢は、その王子に求婚され……後に王妃となって幸せに。
一方で、彼女との婚約を破棄した王子は、下位の令嬢共々廃嫡され、平民に堕とされ、さらに下位の令嬢の家は『国家反逆』の罪により爵位を剥奪され……そして残された王侯貴族は、王子達がいなくなった事で生じた政治的な混乱を鎮静化するため、それはもう忙しなく水面下で動きまくったらしい。
※
「そしてその出来事以来、この国には、令嬢との婚約を一度わざと破棄し、そしてその令嬢を本命の令息か王子の所に嫁がせる……そんな風習が生まれた。一度婚約破棄を受け、そして再婚約された令嬢は必ず幸せになるというジンクスが、その王妃様の伝説を基にして生まれたから……だろ、親父?」
「うむっ! だからお前にはまず、我が家のライバルたるレレイル公爵家のメリア・レレイル公爵令嬢と婚約してもらい、そして後々その婚約を破棄してもらう! 彼女の家を幸福にするのは私としては許しがたい事だが……それ以上に、レレイル家の血を我がマクネイト公爵家に入れたくないのだよ!」
同時多発婚約破棄な出来事の翌日。
ライバル意識というより、差別意識が満載な父親ことマクネイト公爵の考えを自宅で聞かされ、息子たるマクネイト公爵令息……ヴィラールはウンザリしていた。
彼にとっては、もう何度目であろうか。
マクネイト公爵家とレレイル公爵家の間で長年繰り広げられている、政治的抗争に端を発するその考えを父親に、こうしてクドクド告げられるのは。
両家の歴史は建国以前……現王族が王族になる前にまで遡るらしい。
父親から我が家の自慢と一緒に、ライバル意識により告げられる、レレイル公爵家への数々の暴言や、レレイル公爵家が過去に犯した失態に対する嘲笑を聞かされ続けて育ったヴィラールが、父親のその態度の背景を探っていて掴んだ事実だ。
なるほど。
確かにそれだけ歴史が長ければ国内でそれなりに権力を行使できるかもしれないし、同じくらい権力を持つレレイル公爵家へとライバル意識を持つだろうし、暴言などもブチまけるだろう。
しかしそれらは、息子または娘の世代にとっては堪ったものではない。
(いつまでも昔の事をクドクドと。今はもうそんな時代じゃないっての)
時代は移り変わっていた。
と同時に人々の心も変わり始めていた。
リンファント王国の貴族間の婚約という名の契約の在り様が、令嬢をバツイチも同然の状態にする事をよしとする風習により変化した事……もそうだが、それだけではない。
少し前より、昔からある風習を定期的に見直し、その風習が本当に民達のためになるのか……それを考える流れが、最近隣国で起きた国教絡みの事件をキッカケに世界規模で生まれ始めている。
二つの物事……他国の令嬢の再婚約により生まれた風習と、その風習を見直そうという流れ。前者は半世紀もの歴史がある分、まだまだ続くだろう。だが、後者の影響がいずれ出てこないとは限らない。
(というか……そんな風習こりごりなんだよッ)
そしてヴィラールは、クドクドと父親に、レレイル家への暴言を聞かされ続けてウンザリしていた事もあり……そんな新たな時代の流れの影響を受けている一人であった。しかし、だからと言って頭の固い父親に今その意見を言ったところでどうにかなるワケではない。というか、もし言ったら絶対憂鬱になるほど口論になる。
「で、そのメリア嬢の本命ってのは誰なんだよ。それと、俺の新たな婚約相手は誰なんだ?」
なので、とりあえずは様子見という事でヴィラールは父親に訊ねた。すると父親たるマクネイト公爵は「うむ!」と言いつつ笑みを浮かべ、
「メリア嬢の本命は、お前の友人、第一王子であるダニエル・リンファント様だ」
「…………は?」
その答えを聞くなり、ヴィラールは唖然としてしまった。
しかし、そんな息子の声に気付かなかったのか、マクネイト公爵は「そしてお前の新たな婚約相手は、私の大事な友人であるフレミング侯爵の娘のミザリー嬢だ」と、さらに告げた。
「…………マジかよ」
さらに告げられたその決定事項を前に、ヴィラールはショックのあまりそれだけ言葉を発すると…………心の中で頭を抱えた。
※
「ま、マジですかぁ」
ヴィラール達、王侯貴族が通う学園の一室に、実際に頭を抱える少年がいた。
いや、よく見ると彼だけではない。その他にも数人、その場で頭を抱えている者がいた。そうでない者も、悩ましげな顔をしている。
「うぅ、すまない……ヴィラール、メリア嬢……僕のおばあちゃんの伝説のせいで引き離されるかもしれない事態になってしまって」
頭を抱えていた少年――ダニエル殿下は、一度頭から手を離し、同じ部屋にいる友人達に詫びた。すると当の二人は「気にしないで」と告げつつ、悩ましげな顔をした。
「悪いのは、当事者同士の意思によってかつて行われた事を、貴族の事情に沿って執り行おうとしている私達の親ですから」
「そうそう。お前のおばあちゃんだって、こんな悪習が生まれると思わないだろ」
「ヴィラール様、さすがにそこは『先代王妃殿下』でしょう」
不敬な呼び方をする婚約者に、メリアはさすがに釘を刺した。すると、その婚約者ことヴィラールは「う、すまんダニエル」とすぐに素直に謝った。
ヴィラールとメリアは、婚約者だ。
ただしその婚約は、貴族間で交わされた契約という意味合いでの婚約ではなく、幼少時に交わし、そして今もずっと続いている約束だ。
とは言っても、二人はまだそこまで深い関係にはなっていない。
どちらかと言うと二人の関係は、悪友に近い。気心がお互いに知れているおかげか、ただそばにいるだけで楽しい気持ちになる……そんな純粋な関係だ。
しかし両家の確執のせいで、第三者的な王家や貴族主催のお茶会や、貴族の親の介入が、有事の時以外基本的に許されていない学園内でしか交流ができなかった。
そしてそんな二人の関係を、学園生活の中で知ったダニエルとしては……二人の関係をそっと見守り、時には維持するために手助けをしたいと思っていたのだが。
「いや、謝らなくてもいい。それよりも目下の問題は……僕がこの悪習をどうにかする前に、君達が離れ離れになる事だ」
ダニエルは悔しい気持ちになりながら言う。
「すまない。この非公式団体『リンファント王国の悪習をどうにかしようの会』に入っていただきながら、僕が国王になってどうにかする前に、こんな事になって」
『リンファント王国の悪習をどうにかしようの会』は、ダニエルが主催する非公式の、学園内に作られた団体である。
半世紀も続く『令嬢との婚約を一度破棄する』風習に対して疑問を抱いた彼が、いつの間にやらその婚約破棄が、メリアの言った通り当事者の意思もなく、貴族が自分の家の都合に沿い意図的に執り行う――通常の貴族間の関係とまったく変わらない事をしておきながら、先代の王妃の伝説を風習に絡ませているという、もはや存在自体が無意味な風習である事に気付き。
恋愛結婚であった先代の国王と王妃の名誉のため。
そしてヴィラールとメリアのように、親の都合により風習が利用されて、人生を左右される令息や令嬢をこれ以上出さないために。
自分が国王になった時、この無意味な風習を無くすための力を貸してくれる仲間を集め始め……生まれた団体だ。
「冗談じゃありませんわ」
会員の一人であり、そしてヴィラールの次の婚約者にされてしまった侯爵令嬢であるミザリーが意見を出す。
「私にも好きな方がいるというのに、親同士が友人という理由だけで勝手にそんな事を決められても困りますわ! その恋が叶うかどうかは別として!」
「お前の場合は二次元だもんな、その相手」
「ヴィラール様はしばらく黙っていなさい!!」
メリアと同じく幼馴染であるが故に、ある程度ミザリーの好き嫌いを知っているヴィラールの発言を聞くなり、ミザリーは顔を真っ赤にしながら彼を指差し、絶叫した。
「で、実際問題どうするよ?」
会員の一人こと、トマスが訊いた。
「このままダニエルとメリアが結婚したら、もう二度とメリアは、ヴィラールとは男女として付き合えないぞ? もし隠れて付き合って、それがバレて、王妃が不倫をしていた、なんて世間に知られたら国が揺らぐ」
「それだよねぇ」
ダニエルは溜め息を吐いてから言った。
「その風習の最中に『やっぱり婚約破棄やぁ~めた!』ってヴィラールが宣言するっていう手も考えたけど……それはそれで、頭の固い連中に強引に事を進められる可能性があるからダメだ。でも他に……良い方法が思い浮かばない」
「悪習が行われるのを防いで、なおかつ二人の仲を保つためにはもう、婚約発表を告げられる前にこの国を秘密裏に脱出するしかないんじゃない? 二人でさ」
別の会員が意見を出した。
元商人であるロメット男爵家の令嬢リリアンだ。
「いやいや、駆け落ちって……支援者がいない現状じゃ、現実的じゃないでしょ」
メリアが意見した。
確かに貴族の駆け落ちは、そして駆け落ちで訪れた場所で生活をし続けるのは、よほどの支援者がいない限り難しいだろう。
平民の暮らしに、ある程度慣れているならば、たとえ貴族であっても、生き延びられる可能性はある……それだけの話ではない。
駆け落ちに成功した後、国からの追っ手に見つかり、連れ去られないようにするために、それなりに強力な支援者の存在が必要なのである。
しかしそんな支援者が、いったいどこにいるのだろうか。
まさか元商人であるロメット男爵家のツテで、そのような存在を見つけ出す事が可能なのだろうか。
その点が不安だからこそ、リンファント王国の建国の歴史を詳しく知っている者として、メリアはそれが現実的ではないとすぐに結論を出した。そしてその意見に同意するかのように、ダニエル、そしてヴィラールを始めとする令息と、令嬢達も渋い顔をした。
なぜならば、そもそもリンファント王家とは――。
「大丈夫です」
そんな不安なみんなを元気付けるかのように、リリアンは断言する。
「我が家の顧客リストの中には……リンファント王家相手だからこそ、全力で支援してくださる方もいらっしゃいますから」
※
「ヴィラール様、メリア様、狭いでしょうがしばらくの間、我慢してくださいね。あと、狭いからって中で変な事をしないでくださいよ?」
「「いやしないから!!」」
リリアンが手配した荷馬車の二重底となった荷台の中から、ヴィラールとメリアはリリアンの知り合いの商人の男性にツッコミを入れた。
縦半分に割れた宝石に紐を通して、装飾品にした物を首から下げた商人だ。
だが逆に、そう言われたせいで変に意識をしてしまい、顔が真っ赤になるばかりか、国境にある関所を荷馬車が通過しようとした時に、関所の役人に、心臓の音で自分達の存在がバレるんじゃないかと不安になる。
だがそれでも、リリアンが手配した商人は自信があるのか、そのまま二重底の、彼らを隠すための偽物の床を荷台にセットし、その上に商品を載せ始めた。
※
結局、国内の頭の固い連中の魔の手から逃れるために、二人はリリアンの提案を呑み、駆け落ちをする事にした。
成功するかどうかは、分からない。
なぜならばリンファント王家の起源は、建国の歴史が史実であるならば、とある王国に仕えていた元宰相……それも、策謀家としての一面を備えた一族の出身者であったというのだから。
そして追っ手となるだろう、そのリンファント王家の直属の諜報部隊は……リンファント王家の課した独自の訓練法により、世界でも一、二を争うほどの諜報技術及び暗殺技術を持ってしまった実力者達で構成されているのだから。
ちなみにその、リンファント王家がいた国家は、今は存在しないらしい。
その宰相……後のリンファント王家の先祖が、国内で敵対していた一族との政治抗争の果てに敗れ、事実上の国外追放をされた後、別の国家が侵略行為を仕掛けてきたせいで政治的に混沌とした状況に陥ったため……と歴史書には記されていた。
どこまで本当かは、分からない。
だけど、自分達の友人が立ててくれたこの計画が、このまま無事に終わるとは、ヴィラールもメリアも思っていなかった。
必ず自分達の父親……もしくはダニエルの父親たる国王の指示で、追っ手が来るだろう。そしてその際に、自分達は無事でいられるのか。
いや、そればかりか……手を貸してくれたみんなも……自分達の関係をオープンにした時、祝福と応援をしてくれたみんなも、処罰を受けてしまうのではないか。
もしもという時は、秘密のルートで逃げる、などと言っていた令嬢や令息もいたにはいたが……それでも彼らの不安は収まらない。
「そ、そういえば」するとその時、そんな暗い雰囲気を和らげるためか、メリアが話題を出した。「昔……五歳くらいの、事だったかな? かくれんぼをした時……こうして一緒に隠れた事があったわよね」
「ああ、そういえば……懐かしいな」
言われて、ヴィラールは思い出す。
「あの時、ほとんどの隠れ場所を友達に取られて……お前泣いてたよな」
「な、泣いてないよッ」
顔を真っ赤にしながらメリアは反論した。
「で、そんなお前が俺の隠れていた場所に飛び込んできて……隠れていた場所が、狭かった事もあって、その……押し倒された形になって……その時からだな。お前の事を好きになったの」
しかし、反論などお構いなしにヴィラールに昔話を語られ……その内容に驚き、言葉に詰まった。まさか、そんな、今となっては恥ずかしい思い出を、今も覚えているとは思わなかったのだ。
「泣いてる顔が、可愛かったのもあるけど……なんか、護ってあげたいって、思うようになって……それで、押し倒されちゃ……意識しないワケがないよ」
そう言いながら、ヴィラールは……隣で、背中合わせで二重底の中に入っている幼馴染の手を探し当て、そっと握り締めた。メリアは、その事に気付くと、さらに顔が熱くなるのを感じたが……嫌な気分には、ならなかった。
「何があっても、絶対護る。だから俺と……一緒になろう」
「…………うん。ヴィラール様を、信じる。絶対……一緒になろう」
そしてメリアも、握り締めてきたヴィラールの手を握り返し……改めて、誓いを立て合った……その時だった。
馬車の動きが、止まった。
関所を越え、目的地に到着したのか。
それとも……。
「まったく、手間をかけさせやがって」
どうやら、二人が懸念していた悪い事態が起こったらしい。
二重底にはまだ気付いていないのか、台詞からして追っ手であろう男はガタゴトと、荷馬車の荷物を一つ一つ、仲間と一緒に確認しながら呟いた。
「俺達から逃げられると思っていたのかねぇ」
「一世一代の賭けだったんじゃないスか? その貴族の坊ちゃん達にとっては」
「まぁそんなかくれんぼも、もう終わりだけどな」
そして、音からして……全ての荷物が降ろされ。
次に、追っ手達――リンファント王家の刺客たる諜報部隊が、荷台の方の調査に移ろうとした……まさにその時だった。
「ッ!? だ、誰だお前らグハッ!」
「い、いったいどこから現れブヘッ!」
「チィッ! い、いったん退きゃ……うぁああ!?」
事態は、さらなる急展開を見せた。
世界でも一、二を争うほどの諜報技術及び、暗殺技術を持ってしまった実力者達であるハズの彼らが、一方的に制圧された……そうとしか思えない悲鳴が上がり、さらには、ベリベリベリと、あっさりと二重底の仕掛けを看破し引っぺがした何者か――商人のと同じような装飾品を首から下げた青年が、二人に顔を見せた。
「やぁ無事かい……って、お呼びじゃないカナ?」
その顔はすぐに赤くなり、二人から目を逸らした。
いったいどうしたのか。
ヴィラール達は一瞬、そう思ったのだが、すぐに自分達が、仲睦まじく手を握り合っていた事に気付き、慌てて放して、二重底の荷台の中から外へと出た。
するとその直後、二人は後悔した。
いや、こうなっている可能性も念頭に置いておいたハズだが……諜報部隊を殲滅したと思しき青年が余計な事を言ったためにすっかり失念していた。
荷台の外にあったのは……深紅に染まった世界だった。
その世界の一部を構成しているのは、商人であった男の血だろうか。
彼は首を刃物でかっ斬られ絶命した状態で、深紅に染まった地面に倒れていた。同じく大量に出血し、絶命している諜報部隊に殺されたに違いない。
その彼の近くには、彼が首から下げていた装飾品を丁寧に取り外し、ヴィラールとメリアの方へと歩いてくる……ヴィラール達が先ほどまで乗っていた、二重底の荷台の床を看破し、引っぺがした青年とは違う青年がいた。
「隊長が持っているネックレスの宝石の、片割れです」ヴィラール達のそばに行くなり、青年は説明した。「我々が仲間だという事を示す、東方の割符を参考にして作ったモノです」
説明を終えると、青年はネックレスを隊長へと渡した。
すると隊長は、己が首から下げたネックレスの宝石部分を、部下より手渡されたネックレスの宝石に近付け……ピッタリと嵌まった。
どうやら彼らが、商人であった男――リリアンが手配した男の仲間である事は、間違いないようだ。
「ああ、彼とは生きてる間に顔を合わせた事はありませんでしたが……残念です」
また別の青年が、商人であった男に近付き……合掌した。
顔つきが、ヴィラール達とも隊長達とも異なる男だ。
もしかすると、ヴィラール達が知らない異国の人物なのか。
「とにかく、その男を……すぐに埋葬して、墓を作ろう。お前さん達にも手伝ってもらうぞ。また新たに追っ手が来るかもしれん。するなら早めに埋葬しなきゃな」
※
そして隊長の指示に従い……ヴィラールとメリアも、商人であった男の墓を作るために、道から外れた森の中で、深く穴を掘る手伝いをした。獣に掘り起こされ、食われないようにするためだ。
一方で、追っ手の遺体は道を挟んだ反対側の森の奥深くに乱雑に遺棄した。
生きている間に顔を合わせたワケではないが、仲間であった事に変わりはない、商人であった男を殺した者達なので、隊長達に容赦はなかった。
ちなみに、追っ手であった男達から全てを取り上げるのを忘れてはいない。
そうしておけば、鳥獣に食われたりして、最終的には白骨化した時、それが元諜報部隊員だと知られずに済み……自分達の逃走ルートがバレにくくなるからだ。
なお、その元諜報部隊員の服は焚き火で焼却処分。
その他のモノについては回収し、時期を見計らって質屋に持っていって処分する算段だ。
「さて、埋葬も済んだところで」
商人であった男を埋葬し、そして全員で合掌をした後で……隊長は言った。
「お前さん達は俺達のいる国について知らないだろうから、一応説明しながら移動しようか」
※
「リンファント王国がどんな内容の歴史書を出しているのかは知らんが……俺達の国――ランバルド合衆国は、かつてリンファント王国の王家がいた国の、その後の国だ」
まさかの事実が発覚し、隊長達が乗ってきた馬に相乗りさせてもらって移動しているヴィラールとメリアは驚愕した。
「リンファント王家が追放された後に、いろんなパワーバランスが崩れて、他国の人間の侵入とかあって荒れに荒れたが……まぁなんとかしぶとく、残された貴族は生き残り、そして侵入した他国の連中と休戦協定とかいろいろ結んで、また新たな国に生まれ変わった。それが現在のランバルド合衆国だ。
そして生まれ変わった際に、いろいろ……ルールとかも、変わった。貴族制じゃなくなり、自分の実力によって地位が変わる……そんな弱肉強食な世界になった。そしてその変化のついでとばかりに……リンファント王国との国交を断絶した。
というか、ランバルドになる前……リンファント王家がいた頃、その国は実質、当時のリンファント王家……まだ宰相という地位であった連中によって、ほとんど支配されていたも同然の国だった。当時の王はそんな彼らを危険視し、排除をするために、彼らのライバルたる貴族らと手を組み……彼らを追放したワケだ。
まぁそんな経緯があるから、今まで国交を断絶していたんだな。
でもってリンファント王家を始めとする貴族が、半世紀前から変な事を始めたんだってね。一度、令嬢との婚約を破棄するだって? アホとしか言えないな。
さらにその発端になったのは、他国で婚約破棄をされた令嬢の身元を引き受けた伝説だと? あの策謀家なリンファントの王族が、そんな優しい連中なものか。
まぁ中には優しい性格の王族もいるかもしれんが……基本的にアイツらは、策謀家な子供を後継者に選び、そして自分達の力を向上させるためならば、仮にあばた顔の異性だろうと受け入れるよう、その後継者に仕込むから怪しいもんだ。
とにかく、その現状を……お前さん達の所のロメット男爵から商売のついでに、ずいぶん前に聞かされて……ついでにそんな国から逃げて駆け落ちしたいと考えている令嬢や令息を脱出させられないか、って相談されてね。
それ以来、俺達……国外脱出を専門とする……一般人には秘密の組織の者達は、そちらの令息や令嬢の国外脱出に何度も手を貸してるんだよ。
もちろん、リンファント王国の諜報員が受けてる訓練以上にキツい訓練を受けて強くなって……そして、相応の金をいただいた上でね」
「ッ!? ま、まさか……他にも、過去に……脱出した令息や令嬢が!?」
途中、友人であるダニエルを侮辱するような意見を聞いたせいで、怒りが湧いたりしたが……それでもなんとか我慢して聞いた事実に、ヴィラールは驚愕した。
「そんな、歴史書にそんな事……ッ」
メリアも、驚愕した顔のまま呟いた。
「そりゃあ、王国の汚点たる存在だから……記録から抹消するだろ」
そんな彼女の驚愕など気にも留めず、当たり前であるかのように、隊長は淡々と告げた。
「世界ってのは、ヒトが動かす以上、そういうモンだ。
優しい顔をしていたとしても、その裏でどんな事を考えているのか分かったもんじゃない。リンファント王国にも、まだまだ闇があるかもしれないな。
まぁ、そう言っちゃランバルド合衆国も似たようなモンだけどな。俺達のような組織が控え手引きしている時点で……お前さん達も、そう思うだろう?」
隊長が語った、まさかの真実――王国で教わった常識の中で育った者には、想像もつかなかった世界の真実を知って……ヴィラールとメリアは衝撃のあまり言葉を失った。
「まぁでも、お前さん達は……幸運な方だ。
こうして、世界の本当の姿を知る事ができたんだからな。
というワケで、改めて……ランバルド合衆国へようこそ」
そして、そんな中で……ついに一行は森を抜けた。
同時に、ヴィラールとメリアの視界に……リンファント王国にはない、謎の高層建造物が並び立つ大国が存在する世界が飛び込んできた。
煉瓦などではない……もっと硬い素材で出来た見た事のない壁が、合衆国の周囲を囲んでいる。その壁の一角に、検問らしきモノがある。だがそこに人はいない。馬車などが近付くだけで、ひとりでに開閉する謎のドアがある検問だ。
ヴィラールとメリアが知らない、様々なモノで溢れた大国が……そこに在った。
「さぁ、こっから先は……貴族かどうかなんて関係ない。
幸せになりたきゃ、自分の力でチャンスを見極め、掴まなきゃいけない世界だ。お前さん達は……そんな世界に足を踏み入れる勇気を持っているかい?
まぁ、俺達のような連中の存在を知った今じゃ……嫌でも入るしかないけどな」
そして、隊長にそう言われて……メリアは不安になった。
ここは自分達の知らないルールがある世界。今までの常識が通用しない世界だ。そんな世界に来てしまって、不安にならない人間は、いない。
すると、そんな彼女の手を……ヴィラールは優しく握り締めた。
「大丈夫だ、メリア嬢……いや、メリア」
そして、覚悟を決めた、強い眼差しで……彼女を見つめた。
「何があろうとも、俺はお前を護る。だから絶対にこの国でチャンスを掴んで……一緒に幸せになろう」
そして、幼馴染にして。
世界で一番大切な人であるヴィラールにそう誓いを立てられて……メリアも、手を握り返す事で、その覚悟を彼に伝えた。
「うん……私も頑張る。だから……ヴィラールさ…………ヴィラール、一緒に……幸せになろう」
さらには、彼女も誓いを口にして。
二人は改めて、新たな世界へと飛び込む覚悟を決めたのだった。
※
(お安くないねぇ)
隊長はそんな二人を見ながら、空気を読んで、口を挟まないよう、心の中だけでそう思った。
(さて、他のチームが連れてくる亡命希望者……リストによれば、ほとんどがリンファント王国の令嬢や令息だっていうその亡命者達も……そろそろ着く頃かねぇ)
そして、ヴィラールとメリアにさらなる心配をかけないよう、また空気を読み、隊長は心の中で思った。
亡命者は、まだまだいるのだ。
そしてそのほとんどはおそらく……ヴィラールとメリアの亡命の事を知っている者達だろう。
(というか、彼らの亡命を知っていて、何もしなかった令嬢と令息を、国が放っておくワケがないわな)
そして、当たり前の事を思いながら……隊長は、改めて疑問に思った。
(つうか、裏社会所属の俺が思うのもなんだが……世界はどうなっちまうんだろうなぁ。風習を、自分達に都合が良いように……なおかつ庶民に対し、正当な婚約であるように見えるよう改変する王国に、そんな王国からの亡命者を、無条件で受け入れる合衆国……何か、デカい事件がそろそろ起こりそうな気がするが……まぁ、気にしてもしょうがないわな。俺は俺の仕事をこなすだけだ)
果たしてそれは、隊長の思い過ごしなのか否か……それは誰にも、分からない。
何にせよ、彼ら裏社会の人間は自分達の仕事をこなし。
そしてヴィラールとメリア……さらには彼らの亡命に協力した者達の運命は……新たにランバルド合衆国にて交差するだけである。
たとえ、これから先。
どのような“事件”が起こるとしても。
その後についての話は……ネタさえ思い浮かべば書きたいけど(ぉ
まぁご想像にお任せします。