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第9話

 誰もいない図書室に二人きり。


 今日は司書の教諭もいない。寝ている俺と唐沢(おれ)と神崎さんだけである。


 静まり返った図書室のカウンターで返却された本を整理する神崎さんとそれを手伝う俺。


 いつもこんな雰囲気なのか………それは男女の仲を育むのには最適の場所だ。


 しかし判断を誤ったな不良め。


 ここには人の恋路を邪魔するために生まれてきたと言っても過言ではないちんけな男がいたのだ。


 神崎さんは、小さい体を最大限伸ばして、本を棚に戻したり、時に、本が傷ついていないか確認している。

 今日も、小さな体躯に、ウェーブがかった黒い長髪がなんとも魅力的である。

 ずっと見ていたい気持ちにさせる。


 神崎さんは俺の顔を気にしながら、整理がひと段落したところで俺に声をかけてくる。


「そういえば、おばあちゃんの調子はどう?」


「あ?なんのことだ?」


「え?ほら、あの一緒に住んでて最近、咳き込む数が増えたって憂慮していたじゃない?」


「ゆうりょ?ゆう?ああ。婆か。あいつも片足を棺桶に突っ込んでいる風前の灯火よぉ」


「え?………まぁ大丈夫ならよかったわ」


「ああ。昨日も一撃、背中に入れてやれば静かになったぜ!ヒャッハー!」


 俺は兎にも角にも空気が読めない馬鹿の真似をしていたら、急に神崎さんは静かになり、俺の目を射殺すような眼光に一瞬、委縮してしまう。


「え?本当にそんなことしたの?いつもあんなに気にしていたのに?冗談でもそういうこと言わないで………」


「あ、はい。嘘です。すんません」


 ああ、いつも静かな子が怒るとめっちゃ怖い。俺はただ謝ると、また彼女の仕事を無言で手伝った。


 ここで気が付いておけばよかった。


 この子は普通の、静かな優等生タイプではなかったということに。


 


 


 


 その後、一緒に帰えることになる。


 俺は昇降口で彼女が履き替える際、思い切り彼女の外靴の片方を蹴り上げてみた。冗談半分に「足がすべっちゃったーテヘへ!」と言って。


 先ほどは彼女の剣幕に、気圧されてしまったが、今度はそうはいかないと意気込んでしまう。


 俺は力加減を間違えてしまい、彼女の靴は昇降口を越えて、校門まで飛んでいく。

 しかし、起きた事は仕方あるまい。続行するのみ。


「これじゃあケンケンしながら片足ジャンプで取りに行くしかないな?」とお道化て笑った。


 しかし彼女はそれに対し「おい。ふざけてんじゃねぇぞ。拾ってこい」と冷めた声でお怒りになった。


「え………あ、はい」


 俺は急な彼女の変化に狼狽し、叱られた子供のように俯いた顔で彼女の靴の回収に向かった。


 なんなんだ?この女の今の般若のような顔は。怖いってレベルじゃねぇぞ。


 俺は震える手をさすりながら、戻ってきた。そうして、また何事なかったかのように彼女と一緒に帰る。

 なんだったんだ?マジで怖い。


「あ、唐沢君。そういえば、昨日のスーパームーンみた?」


 また彼女は何事もなかったように話し出す。


 昨日は平たく言うと、その年で一番大きな満月が見える日であり、俺も母と「うわ!でか!」とはしゃいで楽しんでいた。

 しかし、回答は否。


「いや、見てねぇな。昨日は余裕でAV見てたわ」


「は?女子にそういうこと言わないで?」


「アニマルビデオだぜ?」


 俺は肩眉を上げて、馬鹿にしたような顔を作る。


「おい。さっきから調子のってんじゃねぇぞ?あ?殺されてぇのか?」


 しかし、返ってきたのはナイフのような鋭利な言葉で、俺の胸を切り裂いた。


「え?」


「あ?」


「あ、はい。すいません」


 あれ、おかしくないか。


 おかしい。おかしいよ。というか誰だよこいつ?


 俺のプランとさっきから全然違うじゃないか。


 予定では、俺が馬鹿な不良を演じて、下ネタやアホな暴言を吐くことでそれに対して神崎さんが恥ずかしがったりして、もう不良なんてやっぱり品位のない下劣な人間ね!嫌い!っていう流れであった。


 しかし、俺の目の前には今、鬼がいた。


 鬼が眉間にこれでもかと幾重にも皺を浮かべて見開かれた黒目をぎょろぎょろと動かし、俺の足を踏みつけている。


 そして、腹に一撃加えると、「おい!早く歩けや!のろまが!」と叱咤してくる。


 怖すぎだろ。


 なんだこいつは?本当に神崎か?悪魔に憑依でもされてるんじゃないか?


「あのー。神崎?どうしちゃったの?」


「え?唐沢君こそどうしたの?いつも喜んでくれるのに?」


「は?喜ぶ?は?」


「え?だって俺はМだから、早く蹴ってくれって泣きながら懇願してきたじゃない?だから今日もこれ持ってきたの!!」


 彼女は満面の笑みでカバンから、ある道具を取り出す。それは確かに秘密道具であった。およそ女子高生のカバンから出てくるような代物ではない。


 生き物のように動くそいつをカバンからすんなり出してくる笑顔の女子高生。


「は?………あ、そういう。ああ。なるほど。ああ。ああ。ああ」


 俺は事の真意を悟ると同時に、この体から抜け出した。


 何故か?


 彼女は持っていたその道具を嬉々として、俺の尻にあてがってきたからだ。


 俺はもう何も言えなくなり、無我夢中で憑依を解いたのだ。


 


 


 


 その後、図書室に行くこともなくなった。


 久しぶりに唐沢を目撃した時、彼の首には赤い線が生々しく浮き出ており、その線を指でなぞって笑う神崎さんは酷く歪んだ笑顔であった。


 俺は人の趣味にとやかく言うつもりはないが、多分、今後神崎さんに自分から近づくことはないだろう。


 俺は高橋に二度と、図書委員の代打を引き受けない旨と本件について説明し、当初、高橋はそれを笑っていたが、一緒にいる際に、唐沢が焦点の定まらない目で、蟹のように股を開けて歩いている姿を目撃してからは、彼は次の期には風紀委員になっていた。


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