第7話
先ほどの授業後、俺は高橋と雑談をしていた。
「さっきのはやばかったな。……大丈夫か?」
「ああ。チョークってめっちゃまずいな。なんか喉がキューッとなって吐きそうになったわ。横沢の頭に吐いてやればよかったな」
「それはヤバイだろが。横沢になんの恨みがあるんだよ……にしても本当だったんだな」
「やっと信じたか、この凡人が」
「は?…まあ、いい。でも、そんな能力があれば、なんでもし放題だな!とりあえず、可愛い子に乗り移ってエロいことし放題だな!」
高橋は鼻の下を伸ばし、エヘラエヘラとクラスの女子を物色する。
「その考えはなかったわ……まあ、一応、犯罪は犯さないよう気をつけているからなあ」
「お前のような小心者がその能力に目覚めて良かったよ。だから、滝川にも振られたんだろう……可哀想に」
高橋は俺の肩をポンポンと叩く。俺は今から、こいつに乗り移って窓からダイブしてやろうかと考えてしまう。
「それに今、考えればお前があの滝川を好きだったのも頷けるしな。あいつは変わり者だが、性格は良いしな」
俺は高橋の物言いに首を傾げた。
「変わり者?滝川さんが?」
「ああ。あいつは変わり者だろ?たまに関西弁で突っ込んでくるし、ゾンビ映画が大好きという一風変わった女だよ」
「は?恋愛映画が好きなんじゃないのか?」
「あ?あいつ、そういう定番の映画はむしろ嫌いだぞ。好きなのはゾンビ映画だよ」
「そうなのか………」
あの子、変な子だったのか。まぁ可愛いしいいが。それに今はもう、彼女はあいつのものだ。そうこちらに歩いてくる、吉井を見て思う。
「おい、高橋。三井が呼んでたぞ?」
「お、そうか。ありがとう」
高橋は伝言を受け取り、去っていく。そして、俺の隣に吉井が来た。
「ああ。佐々木。来週の休日に魔法少女の映画観に行かないか?」
「は?もう三度目だろ?彼女と行けよ」
「いや、あいつはゾンビ映画しか好きじゃないらしい。後はアニメもゾンビモノしか嫌だと言っていた」
「そうか………分かった。休日だな」
「ああ」
吉井は映画に行けるのが楽しみなのか、表情のない顔に不自然に口角を上げて去っていった。
変な奴と友達になってしまったなぁと思いつつも、俺は休日の予定にチャックを入れた。
高橋は隣のクラスの三井 香菜と付き合っている。三井と吉井は同じクラスである。
あんな奴でも彼女がいるという事実が実に腹立たしい。
俺が彼女を早く欲しいと焦るのもこいつの所為だ。
そして、俺は三井 香菜という人物が苦手だ。あいつは俺のことをアニメオタク、キモイ死ねとすぐ暴言を吐いてくるし、高橋がそう言った趣味ではないと未だに信じている。
顔は確かに化粧も合ってか可愛い部類に入るが、あの俺を見るときの眉間に寄った皺や、鋭い眼つきからくる般若のような顔を俺は好きにはなれなかった。
それにあの無駄に語尾を伸ばす話方が苦手だ。品性のかけらも感じられない話し方で、SNSに空とか喫茶店の限定品の写真を上げてはおおはしゃぎしているそこら辺の量産型女子高生だ。
本件は彼の馬鹿な提案から始まる。
「じゃあさ。お前の能力で香菜に乗り移って見ろよ?」
悪戯っ子のようは純粋悪はこちらに悪魔の提案をする。
もちろん俺は彼のご希望通り、三井に憑依する。
「乗り移ったか?佐々木?」
「おう。余裕だぜ!!」
甲高い声で、決め台詞を放つ。
俺の体はこの時、自分の席に寝かせてある。
「くくっその話し方。佐々木だな。くくっ」
高橋は自分の彼女が憑依されているところを見て、腹を抱えて笑っている。
自分の彼女が今、俺のような下劣な男に乗り移られているというのに、この男は相当に頭がおかしいと見える。
俺は口をぽかんと開けて、変顔し、高橋をさらに喜ばせる。
「あ、香菜。また高橋くんのところに来たの?」
その時、ちょうど俺のクラスの菊池が三井に話しかけてきた。
「エ?ナニイッテンノヨ?」
「え?なんで片言なの?」
俺は真顔の菊池を無視して、彼女に問う。
「そんな事よりも、菊池。聞いたわよ」
「え?何を?」
「あんたのおじいちゃん。政府のお偉いさんのようね?」
「え、違うけど……」
「間違えたわ……そうよ。警察関係のお偉いさんでしょ?隠さなくてもいいわ!知ってるのよ!!!」
「え、えっと、違うけど……香奈。なんか口調も変だし、話も見えないけど……頭大丈夫?」
女性を意識して話した結果、好きなアニメキャラと同じ口調になるのは、オタクだからか、はたまた童貞だからか。
客観的に見れば、違和感はないのだろうが、俺は少し気恥ずかしさを覚える。
菊池の後ろで、高橋が爆笑しているのを見て、今度は、徐に高橋の方に向かう。
そうして、奴の顔面を睨みつけて叫ぶ。
「笑ってんじゃねぇぞ!!!高橋!コラ!」
「えぇ………」
「引いてんじゃねぇぞ!!!菊池!!」
「うぇえぇ………理不尽にも程がある」
その怒鳴り声に、困惑した様子の菊池は身をのけぞらせていた。
高橋は相変わらず笑い転げている。急なホラに、急な罵声。
菊池は、幽霊でも見たような顔でこちらを不安げに眺めている。
高橋も満足したようだし、菊池と三井の仲も険悪になるだろうと、俺は潮時かと憑依を解いた。
その後は正気を取り戻した三井があまりに普通に接するので、
菊池は「狐につままれたような感覚だわ」とキャラにないことを宣っていた。
高橋が俺に、時たま憑依を依頼するようになったのはこの頃からだ。
しかも、対象は三井限定だ。
俺は高橋と三井のマンネリ防止要員ではないんだがな。とふと見上げる秋の空はなんとも物悲しい。