第6話
同じサッカー部に所属する高橋 洋治と俺は仲が良い。
彼とはクラスも、部活も一緒であるためお互いの距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。
アニオタのくせに女性にモテたいとうどうしようもない動機でサッカー部に入部した俺は、こいつと知り合うことで、そんな馬鹿な人間は俺だけじゃないんだと安心したものだ。
彼はアニオタ、ドルオタというどうしようもない人間だ。
しかし、サッカーは上手かった。俺が右サイドバックというポジションで適当にプレーしている間、彼はトップに位置し、得点を上げていく。
カッコいいなと純粋に思い、何故そこまでがんばるのかと問えば、彼は笑いながらこう言った。
「頑張ってる俺が主人公だから」
馬鹿だが、いい奴だと思った。
「それで、その能力は何か他にあるのか?火とかだせるのか?」
俺は彼に先日の吉井の件について、授業の合間に話していた。
誰かに話を聞いてほしい気分だったのだ。
「あ?話聞いていたか?憑依だっての。人に乗り移る能力だ」
「なんか脇役みたいな能力だな。面白くねぇ」
「お前、信じてないだろ?」
「まぁな。お前のような奴は社会では病気扱いされるんだぜ。病名は中二病だ」
「わかった。見ておけよ」
次の授業は日本史で、担当教諭は酒井だ。彼は厳格な人間で、彼の授業は私語厳禁、携帯を鳴らそうものなら、叩き折られてしまうだろう。
光線でも出そうな鋭い眼光で生徒を委縮させ、大柄な体型で廊下を闊歩する彼を生徒たちはボスゴリラだの、時代に合わない教師だと非難している。
俺も非難している。
早く漫画返して欲しい。
「さて、では授業を始める。今日は平安時代から…………だ……な?」
急に彼の体は制止する。言葉は途切れ、目は半開きになっている。
はい、憑依成功しました。
「平安時代な。平安時代。えっとなんだっけ?」
「え?」
生徒がどよめく中、俺はとりあえず服を全部脱いで、いますぐ廊下を全力疾走してやろうかなと考えたが、それはいくらなんでも可哀想だと改める。
人様に迷惑をかける行為は慎むべきだ。俺はこの能力を手にしたときそう誓った。
だから、吉井の時も、駅前で発狂して、そこらの人間を殴り倒したり、裸で時計塔に登ったりはしなかったのだ。
一応、頭にその考えもあるにはあったが。
「平安時代な。卑弥呼って何時代だ?おい横沢」
俺はこのクラスでいつも威張っている横沢という不良を当てつけで指名する。
「あ?知らないっす。」
「そうだな。弥生時代だ。まぁどうでもいいけどな。じゃあ、次に聖徳太子ってなにした人だ?横沢」
「は?だから知らないっすよ。なんか今日はえらい俺のことばっか当てるんすね?」
彼はいつも通り、お道化たように俺の言動を非難する。こういうタイプは本当に馬鹿で自分のことを馬鹿だと口では認める癖に指摘すると逆上してきやがる。
始末に負えない野郎だ。しかしながら、ここで大人パワーを使ってあいつの横っ面に拳をお見舞いしてやってもいいのだが、それは流石に体罰で酒井の社会的地位を揺るがすことにつながるだろう。
「ん?なんだ分からないのか?」
「は?なに言ってるんすか?分からないって何度も言ってるでしょ?」
流石のしつこさに、横沢の眉間に皺が寄る。
舐めてやがるなぁ。大人の怖さを教えてやろう。
「なんか法律作った気がするんだよなぁ。なんだったっけなぁ。あれなんだよなぁ。あれ。あれあれ。あれなんだ。なんだったっけ?」
「だから知らないっすよ。え?」
俺が目を最大限見開き、彼から目線を逸らさずに口だけ動かす。瞬き一つせず、こちらを凝視する中年の男に横沢はたじろいでしまう。
そして、徐々に声は大きくなり、怒気をはらんだ声は教室に響き渡る。
「あれだって!!!あれだよ!?知ってんだろうが!?あれだよ!!」
「え?は?ええぇ?」
酒井が急に予備動作もなしに怒鳴ってくるものだから、横沢は委縮してしまう。今までの舐めた態度とは裏腹に、当惑している様子だ。
そら、別に怒った様子もなく、無表情で怒鳴ってくるやつなんて怖くて仕方がないだろう。
「え?なんで怒ってんすか?え?………え?」
「あれだっつってんだろうが!!?あ!?答えろよ!!おら!!」とにかく目についた教卓を蹴り倒してみた。
けたたましい音ともに教卓は横に吹っ飛んでいき、ドアに当たるとその勢いは止まった。
皆が唖然として、事態を見守っている中、いつもお茶ら気ている横沢も口が半開きのままになっている。
目が点になり、気圧され、放心状態である。
俺は怒鳴りすぎて、ヒリヒリと痛む喉をさすりながら、一呼吸置く。
「横沢。最後のチャンスだ。答えて見ろ。あれだ」
「すいません。本当に分からないです。先生。なんなんすかぁ?」
「そうか。まぁそれは置いといて。じゃあ聖徳大使は何時代の人だ?」
「すいません………分からないです。」
「あ!?」
「いえ!すいません!本当に分からないんです!!」
「ああ!?ふざけてんのか!?ああ!?」
俺はとりあえず目についたチョークを食べてみた。歯に付着した白い粉に一同が「ひっ」と引きつった声を上げている。
俺は横沢の隣に行くと、チョークをくわえながら、彼に問う。
「横沢。答えろ。……バリッ。正解はなんだ?」
横沢の頬に俺の頬が付いて、彼は俺がチョークを嚙み潰すたびに、ピクリと痙攣した。横沢の目を見る。彼はもう完全に怯えており、目の端がきらりと光る。
「すいません。本当に分からないです」
「そうか………。バリ。チョーク食うか?」
「食べないです。す、すいません」
「よし」
俺は最後に横沢の頭を撫でてやる。
彼の頭にはチョークの粉が付着しているが、彼は放心状態で、それに気がついておらず、俺から目が離せないでいた。
他の生徒たちも奇々怪々なものでも見たような顔で俺を見ているが、高橋だけは隠れて笑っていたので、まぁ今日はここまでとしよう。
俺が憑依を解くと、酒井は我に返り、チョークの粉でむせ返ると、急いでトイレに向かった。
大丈夫、飲み込んでいないし、チョークの大半は床に落としたしな。
彼はトイレから帰ってくると普通に授業を始めたが、その授業を機に彼は前よりもまた違う意味で恐れられるようになった。
横沢も他の教師にはため口だが、彼にはいつも敬語で話すようになったのだ。