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第5話

 今まで公園内の鳥の声や、風が揺らす木々の鳴りが聞こえていたのに、今では何も聞こえない。


 彼女の笑顔を失った真顔に全神経は集中しており、何も頭に入って来ないのだ。


 彼女はもしかしたら俺に気が付いたのかもしれない。いや、吉井 卓也という人物と食い違う人格。今、目の前にいる人物に違和感を覚えているのは確かだろう。


「吉井くん……」


「はい」


 俺は唾を飲んで、彼女の言葉に返事をする。

 沈黙は俺の心を抉るようで、瞬きは多くなる。そうして、彼女の言葉を待っている時間は恐怖であり、緊張から目を逸らした。


「もしかして………。吉井君も猫被ってた?」


「は?」


「え?」


「いや、そうだ。その通りだ。滝川」


 俺はそのまま彼女の勘違いに乗ることにした。

 ああ。そりゃ中に違う人間がいるなんて普通考えないよなぁと自らの無駄な心配を振り返る。

 安堵のため息は、また鳥の声にかき消される。


「やっぱり。そうだよね。吉井君。私と一緒にいるとき、いつも無表情だし、口数も少ないから私といるの面白くないのかなぁって思ってたの。でも違ったんだね?」


 あ、遠回しにいつもは口数も少ないし、無表情で面白くねぇぞ。もっと私を楽しませろよって苦言かしら?


 まぁ、この吉井 卓也という男は俺もサッカー部に入部したときからちょくちょく話す機会もあったが、優しいが面白くない男として認知していた。


 無口で無表情で、面白味に欠ける男である。


 これは良い兆候だ。彼が彼女に元から面白味のない男だと思われてたなら俺も堂々とこのまま彼の駄目さを推していけばいいと考えていた。


 しかし、違った。彼女はそういう人間ではなかった。


 彼女は俺の言葉を聞き、心底、安心したようで胸を撫で下ろすと、こちらに笑顔を向けた。


 しかし、未だ彼女の瞳は不安そうに揺れ動き、本当に彼との関係を真剣に考えているだろうことが分かる。


 当たり前だが、彼女の瞳の中に俺はいなかった。


 その時、自分の中での馬鹿な考えは音もなく砕け散った気がした。


「そうだ。まぁどちらかといえば、テンションに差があるだけだ。別に猫を被っていたというわけではない」


「そっか………。私はちょっと吉井君に気に入られたくて、背伸びしてた。でも、今日、初めて吉井くんとちゃんと話せた気がするよ」


 そう言うと彼女は俺の手を握った。


 いや、吉井 卓也の手を握ったのだ。


 彼女は照れて、恥ずかしそうに笑い、その魅力的な犬歯を覗かせる。彼女の視線とぶつかる。

 彼女の瞳には吉井 卓也の顔が映っていた。


 当たり前のことである。そう。至極当然のことであるのに、俺の心は酷く痛んだ。


 なんだ。彼女はずっと彼を見ていた。彼女はどんな彼でも受け入れて、彼をちゃんと好きだったのだ。


 そう気が付かされたのだ。

 俺の出る幕など始めからどこにもなかったのだ。


「吉井くん……。私……」


 俺は彼女の言葉を制す。


「いや、それは待ってくれ。………なんだ初めから決まっていたのに、無駄な休日を過ごしただけだった」


 徒労に終わった休日であった。最後くらい笑顔で終わろう。乾いた笑い声をあげる。

 ひどく虚しい、負け犬の声。


「え?」


 俺の視界は暗転する。


 


 


 


「いや。………」


「吉井君?」


「あ。…………滝川か?」


「え?」


「いや、あれ?俺は何をしていたん」


「吉井くん。私。貴方が好きです」


「ああ。俺も滝川が好きだ」


 その日を境に滝川さんと吉井は彼氏彼女の関係になった。


 俺の愚策は失敗に終わったのだ。


 


 


 


 その後、滝川さんと吉井が一緒に帰る姿を何度か目撃したが、彼女が本当に幸せそうに笑うものだから、俺はため息とともに視界から彼らを消した。


 この恋心もいつか風化して、知らないうちにまた温もりを求めて次の拠り所を探すのだろう。


 それまでは彼女と出かけたあの日の思い出をこの胸にしまっておこうと思う。


 いや、そんなに良い思い出でもなかったので、すぐに最近観たアニメの内容に置き換わっていた。


 


 余談だが、最近になって吉井が「魔法少女」のハンカチをよく使うところを目にするようになった。


 俺は彼になぜ「魔法少女」のハンカチを使っているのかと問うと、知らないうちにカバンに映画のパンフレットとハンカチがあったので、調べたら好きになってしまったのだそうだ。


 俺も好きなんだと明かすと彼は少年のように笑い、俺は彼と仲良くなっていた。


 図らずも俺は滝川さんではなく、吉井を攻略していたというわけだ。


 今度、喫茶店で奢ってやりながら、オタトークに花を咲かすとしよう。


 愚策の結果、俺は新しい友を得たのだった。

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