第3話
俺たちは映画を見終わった後、そのまま映画館の下の階にある喫茶店に向かった。
エスカレーターに乗っている間に、滝川さんは先ほどの映画の件で受けた衝撃から下がっていたテンションを、無理やり上げていた。
某RPGのテンションを上げる技のように手をギュっと握り締め、こちらに顔を上げた彼女はまた溌剌とした顔で「さっきの映画の俳優さん演技良かったね」とストーリーとは全く関係のない部分について話し出した。
おそるべし滝川さん。
俺ならそもそも結末の知っている映画など見ないだろう。
しかしながら俺は、彼女の雰囲気を変える救いの一手に対して、「え?何か言ったか?」とラノベ主人公特有の返しをする。
滝川さんは「へへっ。ううん。映画まぁまぁ楽しかったね」と寂しそうに小さくつぶやいた。
「ここの喫茶店初めて来たよ」
「ああ。そうか」
俺たちはチェーンの喫茶店に入ると、俺は珈琲を頼み、彼女はなんかよくわからんフェラペチーノなるものを頼んでいた。そのまま窓際の席に座した。
さて、ここで彼女の様子を確認する。
確かに、映画での件でダメージを受けただろうが、未だ笑顔を絶やさず下ネタドリンクを楽しそうに啜っている。啜っている。二度言ったことに特に意味はない。
まだまだ吉井の株を下げる必要がありそうだ。
しかし、吉井なんぞと一緒にいて楽しいのだろうか。「ああ」とか「そうか」とか相槌打つだけのsiriみたいな返答パターン。最近の機械の方がまだバリエーション豊かな会話になるであろう。
俺がこんな茶々を入れずとも、こいつら付き合わないかもしれないと嘆息が漏れ出る。
俺はテーブルに備えてあるシュガーポットを手前に手繰り寄せる。そして、そのガラス製のポットの取っ手を外し、中の角砂糖を一つ、彼女の視界に入るようにゆっくりと取る。
「あ、そうだ。もうすぐ期末テストだね?勉強しないとね」
ああ。これは知っている。今度一緒に勉強しない?っていうルートに入るキーワードだろ?
「そうだな」ポチャリッ。
「勉強どう?私は英語と数学がちょっと苦手なんだよね。数学とか暗号みたいでわかんないよ。サイン、ウサイン?、タンデム?」
あれ?彼女は確か頭が良かったと聞いていたが………。まぁ彼女の答案用紙など見たことないので単なるデマだったのかもしれない。
俺は丁寧に彼女の誤ちを正す。手は止めずに未だポットと珈琲カップの間を行ったり来たりしている。
「滝川。それは陸上選手の名前と二人乗り自転車のことだ。サインは合っている」ポチャリッ。
「あ、そうだったっけ?吉井くんは中間テストも成績よかったよね?」
「まぁまぁだな。保健体育は高得点だった」ポチャリッ。ボチャッ。
無論、それは吉井ではなく俺のテストの結果だ。それ以外は平均点だった。
彼女は俺が砂糖タワー建設に着手していることに気が付くと眉間に皺が寄りだした。
そして、俺が砂糖を入れるたびに小さく「へ?」とか「まだ入れるの?」とか「それはもう珈琲やなくて砂糖水やで」とか言っているのを俺の地獄耳が聞き逃すことはなかった。
「そっかぁ。保健体育って………。あ、でも現国は上から二番目だったんでしょ?」
「そうだな。正直、著者の思惑なんて分からない。ほぼ勘だな」ポチャッ。
適当である。
俺は国語の点数は学年全体から見て中の下ってところだ。
「勘?それであんなに点数取れるならすごいよ。…………あの。吉井くん」
「ん?なんだ?」ボチャッ。
「砂糖入れ過ぎじゃない?もうカップの淵から角砂糖が決壊しそうだよ?」
「そうか?俺は甘党なんだ」
俺はそう言うと、カップごと持ち上げようとすると、流石に滝川さんは俺の手を制した。
「いやいやいや。それは無いでしょ!?」
と聞いたこともないような甲高い声で俺を止める滝川さんはいつもと違う彼女に見えた。