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第21話

 そうして、彼女は肩から黒のカーディガンを下げて、その下は完全に家着だろうなと思わせる寝間着姿であることから相当焦って出てきたのかもしれない。


 その割に30分もかかった理由も知りたいが。


「………で、話ってなに?」


 彼女は嫌々ながら来たと、不平不満が漏れ出ている表情でこちらを見る。


「えっと……単刀直入に言うと。お前さん、達也が好きなのか?」


「帰っていい?」


 俺の言葉に鈴木は顔を顰めて、カーディガンを翻らせて帰ろうとする。


「ごめんごめん。今の嘘だ。………えっと。じゃあ。仮に鈴木が美智ちゃんに乗り移っていたと仮定して話してもいいか?」


 俺は慌てて訂正し、違う話をぶつけると彼女が渋々、頷いてくれた。


「あの時、なんで俺の話題にあんなに苦しそうな顔をしていたんだ?」


「佐々木が嫌いだから?」


「なんで疑問形なんだよ………えっと俺は鈴木に嫌われてると思ってたんだけど。それなら、無視すればいいだけだ。それに俺が薄情な男だと訴える意味が分からない」


「じゃあ。一生分からないでいいよ。それでいい」


 彼女が俯く。それを俺は目にしながら、一つ馬鹿な考えが生まれた。


 あの日、あの二人がデートを知っているのは俺と鈴木くらいだろう。または、彼らの親とかそのレベルだ。


 そして、俺がちゃっかりそのデートの情報を知っていることを鈴木も知っていた。ならば、俺が憑依の能力を最初から知っていて、それに彼女が合わせることも可能なのではないだろうか?


 暴論であることは分かっている。しかし、そう考えたとき、彼女が俺と同じように美智ちゃんの評判を落として、達也に気に入られるという算段で憑依したのではない場合。


 新たに考えられることは、俺の憑依の作戦を邪魔したかったからではないか?


 それをする意味は考えれば考えるほど分からないが、ある種、思考を放棄し、馬鹿になってみると答えが一つ思い浮かぶ。


 俺が突然、黙りこんだことで鈴木は苛立ったようで、こちらに背を向けて帰ろうとする。


 歩き出した彼女の腕を捕まえ俺は止める。


「……離して。もう帰りたいんだけど」


「えっと………馬鹿なこと言っていいか?」


「だめ。帰る」


「達也のことが好きではないなら………なら」


「もういい!帰る!」


「俺のことが好きとか?」


「は?好きだけどなに?帰る!!」


 駄々っ子のように俺の手を振りほどこうとする彼女はぽろっと口を滑らせた。そうして、しまったと目を丸くし黙りこくる彼女に同調するように俺も黙ってしまう。


「えっと………そうなんだ」


「そう………そうだけど!?なんなの!?別に迷惑かけてるわけでもなし。別に私がどう思ってようが私の勝手でしょう!?」


「いや逆ギレしなさんな………」


「だって知ってるから。美智ちゃんが好きなんでしょ?それで憑依してモノにしようなんて最低!!」


「まぁまぁ落ち着いて人の話を聞けって。いいから」


 鈴木は逆ギレしながらも何故か涙を流して俺に訴える。それを見て、なんとも放っておけない気持ちが生まれたが、これはこないだのデートの時も似たような気持ちを覚えたのを思い出す。


 いつもは完璧な優等生の彼女がこうも取り乱す姿を見て、感情が揺さぶられないわけがない。


 勿論、それだけではないが。


 散々、喚き散らしたのか彼女は一旦、落ち着くと、「もういいでしょ?帰らせてよ」と涙ぐんだ目に手を離しそうになるが、俺は考え直し話を続ける。


「えっと、なんで俺みたいなのを好きになってくれたの?」


 そんな頓珍漢な質問を彼女は至極馬鹿にした顔で俺を見ると、ポツポツと語りだした。


「………高校に上がってちょうど一年生の秋頃に私も憑依を覚えたの。でも、急に変な力を得て、驚いたし怖かった。私も誰かに憑依されたらどうしようって不安で眠れない日もあって………。それで他に憑依している人を探していたの。誰彼構わず憑依していってその人の情報を知って、安心した。でも、ある日、同級生の男子生徒に乗り移ろうとして失敗した。何故かその人だけには乗り移れなかった。その人以外はいつも通りすんなり乗り移れたのに………」


「それが俺か?」


「そう。佐々木には乗り移れなくて、それで、貴方が憑依している現場に出くわした。それからは貴方が怖くて、いつも監視していたの。でも、何も起きなかった。憑依なんて知らないって顔して、全然悪用とかしなくて。……馬鹿なことに使ったりするのみ。絶対人を傷つけるような事はしていなかった。変なマルチ系の会社をつぶしたり、人の恋路を邪魔したりする程度。それ以外は普通に生きていて。こんな悩んでる私が馬鹿なんじゃないかって疑うほど」


「あのバーベキュー来てたの?……あの偉そうな詐欺師が湖に飛び込むところは見ものだったろ?」


「うん。アレは本当に頭悪いなって思った」


 その時、彼女は少し泣き顔を崩して、笑った。それを見て、俺もつられて笑ってしまう。


「それからはなんでか貴方を目で追っていた。別にもう怖くもないし、監視する必要もないのに。なんでだろうって。それで、三年に上がって、急に生徒会室に来たから驚いた。本当に。このまま一生話さず終わるだろうと思っていたから。でも、すごく気さくに話かけられて私はどんどん好きになっていって。………そんな感じよ」


 鈴木は全部吐いてすっきりしたというにこちらに弱気に笑いかけた。


 すべて話し終わったとため息を漏らし、もう満足だといった表情で空を見上げた。


「いや、じゃあ。もっと愛想よくしてくれよ。あんなに睨まれてたら勘違いするだろ?普通に嫌われてると思ってた」


 俺の言葉が常闇に吸い込まれるように消えていくと、彼女は泣き止んだのか、赤くした目をこすって、俺の手をもう片方の手で押しのけた。


「別にいいの。もう全部どうでもいい。………ちゃんと告白できてよかった。同じ経済学部だけど会ったら挨拶くらいしてよね」


 そう言って彼女は帰ろうとする。


 それを止める術はもう知っている。


 これだけ色んな奴の恋愛模様に首を突っ込んできたんだ。


 どうしたら止められるかなんて、もう分かり切っている。


 俺は彼女の正面に立つと、彼女の前に手を出した。彼女は茫然とそれを見つめる。


「勝手に完結すんなよ。………美智ちゃんはさ可愛いけど多分、俺はもっと好きな奴がいる。そいつはすごい横暴だし、粗野なやつで美智ちゃんの皮を被った悪い奴なんだよ。でも、えらく真面目だったり、不器用だったり、なんか今までと会ってきた人とは違うんだ。話してたら落ち着くし、落ち着かない。嫌いなんだが好きになる。なんて言ったらいいんだろう。俺はそんな人間に今まで会ったことないから、どうしたらいいのか分からかったんだ。………俺は別に美智ちゃんを好きじゃないよ。でもあの時の美智ちゃんは変だけど素敵に見えた」


「………そう」


「うん。俺はそんな変な奴のことをもっと知りたいんだよ。奇しくもその変な奴も俺のことを好きだっていう。これはもう、絶好の機会なんだ。こんな事、そう起こることじゃない。何回憑依しても起こったことがないしな。だから、もっと話したいし、もっと色んな表情を見せてほしい」


「………それって」


「俺と付き合ってもらえないか?」


「………えっと。いいけど?」


「なんで疑問形なんだよ」


 彼女が笑った姿は何度も見てきたが、ここまで素で笑う彼女は今までで一番、魅力的に見えた。


 そうして、俺は生まれて初めて彼女が出来たのだ。


 


 


 


 憑依の能力が消えたのは大学の入学式だった。


 穂香も同じタイミングで消えたというからまぁそういうことである。入学式の日に高い金を出して、ホテルに行ったかいがあったというものだ。


 そうして、無事、大学に入って二人して浮かれているのが最近の俺の日常である。付き合った後の二人とか正直、誰も興味ないだろうから割愛しよう。


 彼女はたまに眉を逆立てて、眉間に皺を寄せる。


 それが彼女の照れ隠しだと気が付くのに俺は二年の歳月を要した。


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