第19話
彼女が出ていった生徒会室は酷く静まり返り、俺は茫然と立ち尽くしていた。
後を追いかけたい気持ちもあるが何を言えばいいのか分からない。
ここまで来て、彼女が憑依の異能を持っているのかも、その真意も分からなかった。
徒労に終わったのだ。
俺は生徒会室を施錠すると、放心状態のまま昇降口に向かった。階段を下がっていくが、その間もずっと彼女のなんともいえぬ切ない表情が脳裏に焼き付いて離れない。
下を向いて階段を降りていく中、不意に声をかけられる。
「あれ、佐々木じゃないか?」
顔を上げると目の前には吉井 卓也が俺の顔をまじまじと見ていた。
「ああ、吉井か」
俺の力ない声に違和感があったのか、階段の中間で卓也は立ち止まる。
「………さっき生徒会長が泣きながら走っていったぞ?佐々木は最近、仲が良かったよな?何かあったのか?」
えらく流暢に話す吉井に面食らいながらも、彼に言葉を返すのも面倒だなと思いながらもため息とともに言葉を漏らす。
「………いや、なんでもない」
「そうか………まぁ俺は何があったか分からないが……追いかけないでいいのか?」
「は?なんでだ?」
「いや、佐々木。相当、焦った顔をしていたからな」
彼に指摘されて初めて俺は自分が想像以上に焦っていたことを自覚する
「そうか………いや、なんだ。まぁ、ちょっといざこざがあったというかなんというかな」
俺の歯切れの悪い話し方に彼が訝し気にこちらを見る。
「佐々木。たまには本気で走ってみたらどうだ?」
「は?本気?」
「いや、お前はずっとサッカー部でも手を抜いていただろ?最後の試合もそうだ。自分の限界を知っているといったお前のプレーは歯がゆく感じていたんだ」
彼は無表情で俺に今まで思っていたことを告げる。俺は何を勝手なことを言ってんだと彼の言葉をすぐさま否定する。
「いやいや、あれが本気なんだが?まぁその話、今は関係なくないか?」
「そうかもしれない。でもな、佐々木は試合中も今と同じ顔をしていたぞ?………いや、俺は無関係な話だが、俺の尊敬する人物はこう言っていたぞ。「諦めることは簡単だし、逃げてもいい時だってある。でも、最後まで全力で生きていたい」ってな。お前ならこの言葉の重みが分かるはずだ。じゃあな」
吉井は真剣な表情でそう言うと、去っていった。
それは魔法少女サラナの名言である。俺の所為でオタクになってしまった彼なりの激励なのかもしれない。
そこまで俺は今、情けない顔をしていたのだろう。俺は結局、人に憑依することばかりしており、自分を見直すことはしてこなかったのだ。
何かを変えなければいけない。
それは今までの自分を変えるべきであり、下手な異能に頼らず、すぐに諦めない。
あるべき姿で挑むべきなのだ。
「いや、そりゃオタクになってもあんな男ならモテるはずだ……いや、悔しいが、やっぱり格好いいな」
俺はそう漏らすと、走りだした。
追ってどうするもこうするもない。ただ自分の気持ちに正直に、嘘偽りない心のままに走り出すのだ。