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第17話

 喫茶店を出たのは彼女が二度目のトイレを宣言した時だ。


 この時ばかりは彼女は俺に当てつけで言ってるんじゃないかと疑ったが、俺は彼女と達也の二人でいるときの会話や態度を知らない。


 これが彼女の本性なのかもしれない。しかしながら、時たま見せる笑顔はやはり可愛くて、それは生徒会室で和やかな雰囲気の中、彼女が俺に珈琲を淹れてくれていた時の笑顔とつながった。


 俺は彼女とのデートを続行する。


 


 


 


「次はどこに行こうか?」


 ダメージを受けた心を無理やり奮起し、こちらは極めて冷静に達也を演じる。


 彼は爽やかイケメンと校内でも人気のある男である。彼を演じるのは別に難しいことではない。とにかく聞き手に徹していればいい。そうして、彼女が落ち着いてきたときに下品なネタでもぶつけて、こんなイカれた男よりもやはり佐々木といういかにも凡庸なあの男の方がいいと思わせよう。

 誰が凡庸だ。はり倒すぞ。


 何年後かにはやっぱり普通の人の方が安定感があっていいなって思いましたと彼女は日記に書いていることだろう。

 SNSでも良い。いかに佐々木が良い男かと世界中の女に知らしめろ。


「じゃあ、公園にでも行く?」


 嫌な記憶が脳裏をよぎる。あんな苦い経験はもう二度としたくない。


「いや、公園はやめておこう。………この近くに美術館があるけどどうだろう?秋になってきたし静かなところも良くないか?」


「ああ。いいね。行こっか」


 正直、一人で美術館に行ったことなどないが、俺は少し静かになって彼女のことをちゃんと見定めようと考えていた。


 美術館の入館は達也のポケットマネーから出るわけだが、それは今度奴に昼飯でも奢ってやろうと考えていた。


 俺と彼女は美術館に入ると、一言も発さずに黙して見て回る。


 静謐な館内に入ると、まばらに人がいるが、年の若い者は俺と彼女くらいであった。


 彼女は真剣に絵画を見るその横顔はやはり美しく、しかしそれは彼女からは感じたことのない荘厳な雰囲気を感じた。


 それはいつもの彼女とは結び付かない。しかしながら、既視感もあり、こういう人間をどこかで見た気がした。


 それは酷く近しい人間にも感じる。


 ちょうど今しか見れない美術品の前に来た時、今まで静かだった彼女が口を開く。


 それはその美術品の作者やら、この絵がどういった経緯で書かれたものかなどペラペラと聞いてもいない知識をひけらかす。


 彼女が美術品マニアだとは知らなかった。そんな知性を今まで彼女から感じたことはなかったが、それは俺の中でプラスに働いた。


 いつもニコニコ、ひまわり笑顔で可愛い顔に巨乳というステータスを見て、鼻の下を伸ばしていたわけである。それに加えて、朗らかな………いや、何も考えいなさそうなアホ面が好きであった。


 そういった彼女の呆けた雰囲気の中にある、隠し味的な知性に触れると、そのギャップに達也も心を揺さぶられたのだろうかと腑に落ちる。


 本性があんなフウでも、やはり彼女は生徒会に入っているだけあって、人から慕われる人柄であり、こんな俺にも優しくしてくれていたわけだ。あの鈴木とは大違いである。


 そうして、彼女に惚れ直した俺は、大体の美術品を見て回ると美術館を出た。


 時刻は17時。


 良いころ合いである。普通の高校生ならここから如何わしい場所へと赴くのであろう。いや、ちと早い気もするが。


 それは流石に申し訳ないので、悔しい思いを食いしばって耐え、彼に体を明け渡す所存である。


 しかし、彼女は呆気らかんと「じゃあ。時間も遅いし帰ろうか」と進言してくる。


「え、ちょっと休んでいこうよ」


 勿論、彼らが経験済みかなど知る由もない。いや、昼間の発言からして、済印は押してあるだろう。しかし、きっかけぐらい与えて、帰るのもいいだろう。


 そう。俺は彼女とのデートにだいぶ疲れていた。正直、もう帰りたいのである。


「休む?えっと………それは。えっと……そのアレよね?」


「は?あれとは?」


 口調も変わり、顔も赤らんできた彼女の動揺が俺にも移る。何気なく誘っただけだが、そんな初心な反応をされてはこちらまで緊張してきてしまう。


「いやいや。何回も行ってんじゃないのか?」


「は?……そうなの?四条くんってそんな獣なの?」


「獣って……。」


 四条君?美智ちゃんは最近は、いつも達也と呼んでいる。何か違和感を覚えながらも俺は落ちていく夕日を背景に重なるように赤くなっている彼女の顔を見やる。


「いえ……そうね。そうよね。若い男女だものね。……そうよね」


「というかさ。美智はさ。どうなんだ?今日一日楽しかったのか?」


「いやえっと、うん楽しかったよ」


「そうか。俺はそんなフウに見えなかったぞ。本当は少し思っていたんだが、佐々木の方が好きなんじゃないのか?」


 俺は勢い余ってひょんなことを口走る。


「えっと………なんで佐々木?」


「いや、佐々木は良い奴だろ?」


「どこが?佐々木なんていつもボケっとした顔をしているし、考えなしだし、優しさも皆無だよ?達也くんの方がいいよ」


 おっと、思わぬ攻撃が飛んできた。そうストレートに貶されると流石に傷つくなぁ。


「………そうか。お、おう。分かった。分かった。でもまぁ、これからも学部は違うが同じ大学だし仲良くいこうぜ」


「そうだけど、佐々木とはどうせ学部が変われば会えなくなるでしょ?よしんば学部が同じでも話してくれるか分からない。薄情な奴なのよ」


「え?………そうか?」


 何故だろう。彼女は何故、そんなフウに悲痛な顔をするのだろう。先ほどとは一転、あたりに重い雰囲気が訪れた。


 俺という人間の話に彼女が悲しむポイントが見つからない。彼女は俺のことなどなんでもないと言い、先ほどは罵詈雑言を聞かされた。


 彼女は多分、俺のことなんて仲のいい友達1くらいにしか思ってないのだと思っていた。そんな彼女が今までの態度から、俺と離れることで悲しむ要素など皆無に思えた。


 客観的な見方をすれば脈なしだと考えていた。


「えっと………どうした?何か気に障ったか?」


「………ううん。なんでもないの。なんでもない」


 彼女はそう言いながら、悲しそうな顔を隠し、なんとか明るく振舞っているように思える。


「まぁ、学部が変わっても会えばいいさ。それに俺と美智は同じ学部だし。佐々木は経済学部だっけ?そういえば、鈴木さんはどこの学部だろうな?」


「……経済学部だって。そう言ってたよ」


「そうか!なら佐々木と同じだし、あいつらもよろしくやるだろう。」


 そう能天気に思ってもない言葉を吐いた。その時、またしても美智ちゃんの表情が崩れた。


「そうかな?……佐々木君は絶対、大学に上がったら私のことなんて忘れて、他にグループを作ってそれで………。それで」


 なんで彼女は涙ぐんで、それを俺に訴えるのだろう。酷く脆くか弱い女性に映った。それは美智ちゃんとはかけ離れた何か別の人間に見える。


 誰だろう。


 誰かに酷似している。卑近な関係に出てこない誰かに似ていた。口調も、時折見せるお堅い表情も、何故か赤くなり尻すぼみする言葉。


 どこかで見た。


 そう思えば、なんとも頓珍漢な言葉を吐いていた。


「お前。………誰だ?」


「え?」


「お前。………え。いや。そんな訳ない。いや。………お前は鈴木か?」


 そう言葉を吐いた瞬間、目の前の彼女は目をつぶり、そして再び目を開ければ、「あれ。達也くん?」


 と不思議そうにこちらを眺めていた。


 

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