第13話
高校に入学してから約二年の歳月が流れていた。
憑依という特殊異能を身に着けたものの、それを有効活用していのかと問われれば、否。
俺にはそれを悪用して何かを起こすということも自分のモラルが邪魔をし、やはり規則正しい生き方とやらがこの身に合っていたように思う。
高校出て、大学でて、無難に就職して社会の奴隷なる未来がありありと目に浮かぶ。
いや、嘘だ。
結局、何か悪事を働く勇気も度胸もなく、この小心者の俺には、人の恋路を邪魔することしかできなかった。
怠惰に過ごし、親にキレられるのが嫌でとりあえず就活を選ぶ未来がありありと目に浮かぶ。
そして、それもすべて無に帰した。
恋人がいそうな奴なら、初めから諦め八割、期待二割。恋に恋するキモい男のままでいられる。
どこか本気ではない理由作りになる。
自分の弱さを隠せる異能だった。
そう思うと、憑依という異能はあまり意味のないものだったのかもしれない。
中間テストなどの際も、憑依を行使したことはなかった。
特に俺は学力が低いこともなく、エスカレーター式でそのまま大学に行くので、そこまで切羽詰まったことにもならなかったのだ。
それ以外にも特に憑依を行使して、自分の利得を生める状況は限定されており、高校三年生に上がるときにはもうその能力を忘れることさえあった。
高校二年生のクラス替えで仲の良くなった四条 達也は生徒会に立候補し、そのまま書記に落ち着いた。
彼に誘われ、俺は昼になると生徒会室で飯を食うことが増えた。
我がサッカー部は最後の大会で初戦敗退という残念な結果に終わったので、もう放課後にボールを追いかける日々も終わり、俺のような暇人、もとい部外者に対しても生徒会のメンバーは快く受け入れてくれた。
生徒会長を除いて。
彼女は二年の頃は四条と同じ書記というポジションであったが、三年になると生徒会長となった。
二年の頃から俺が嫌いだったのか、よく生徒会室に部外者がなんでいるのかと強く俺を非難していた。
「まぁまぁ落ち着きなさいな。お嬢さん」と軽くいなそうにも、彼女の眼鏡の奥の瞳に怒りが映し出されていたのをよく覚えている。
しかしながら俺は彼女に睨まれながらも生徒会室に足しげく通った。何故か?
答えは単純明快。
会計の竹中 美智に惚れていたからだ。この生徒会室に来た時、必ず俺に珈琲を淹れてくれる彼女に俺は恋焦がれた。
三年に上がると、皆そのままエスカレーター式に大学に上がるため、俺、美智ちゃん、達也、生徒会長である鈴木 穂香で遊びにいくことが増えた。
サッカー部で一緒だった洋治も卓也も部が終わったことで、徐々に連絡も取らなくなっていったので都合が良かったのだ。
美智ちゃんと鈴木の仲が良かったのは、誤算としか言いようがない。
今日もこのいつもの四人で帰路に就く。
いや、むしろ達也と鈴木はいらない。ゆくゆくは俺と美智ちゃん二人の時間にしていこうと思う。
「あ、そういえば佐々木君はどこの学部専攻なの?」
美智ちゃんのゆったりと間延びする声が耳に入った。
「ああ。経済学部だな。特に希望もないし、やる気もないし」
附属高校上りは学部を選択し、そのまま上がるため皆、この三年の秋の時期になるとそういった話し合いはクラスでもちらほら見られた。
俺は事前にキャッチした美智ちゃんが経済学部志望だという情報を信じ、進路希望に迷わず経済学部を選んだ。
「そうなんだね。………えっと。じゃあ四条くんは?」
えっとそれだけですか?返事は短く正確に彼女の口から聞こえて、その後の達也への質問は酷く緩慢に小さく、そよ風のような声であった。
「俺は法学部だな」
その質問に達也も簡潔に答え、それに対する美智ちゃんの「そうなんだ!私と一緒だね!」という言葉が聞こえる。
その時の彼女の達也を見る顔を前にして俺は思い出す。
この顔は滝川さんが卓也を見ていた顔に似ているなと。
「どうせ佐々木は適当に選んだんでしょ?」
そこに鈴木の声が聞こえたが、俺は彼女の問いには答えず、抜け殻のように帰路に就いた。
このままでは彼女と別々の学部に行ってしまう。
彼女と達也が付き合っている姿が鮮明に頭に浮かんだ。
よしんば、彼女と達也が付き合わずとも、春の陽気に似たぼんやりとした彼女のことだ。
大学に入学した瞬間、大学生に食い散らかされてしまうだろう。
では、どうするか。
もう、この高校生のうちに彼女を手に入れなければならない。
そう、俺は最後にある手段を用いて、彼女を手にしようと考えた。
無論、憑依である。