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第12話

 彼の体から発せられる香水の匂いにクラッと頭が揺らいだ。


 バーべキューの肉の焼ける匂いと酒の匂いが混じれば、さらに何とも言えぬ匂いが鼻を刺激し、思わず咳き込んでしまう。


 尻ポケットに入っていた財布を確認し、この男が町田 慎太郎(32)だと知る。同世代の少年少女の体にしか憑依したことはなく、大人の男に乗り移るとズボンに乗った贅肉やら、今まで味わったことのない浮遊感に困惑しながらも、そのいつもと違う歩幅に自分の体を馴染ませるように歩を進めた。


 俺はまず初めに義一なる人物について周りの人間に聞き込みを開始したが、彼について知っている人間は一人もいなかった。

 というか、酔っぱらいは未来の話を好むのかなんの生産性もない会話ばかりで嫌気が指すばかり。


 しかし、その結果、彼が偽名を用いていることが明白になったのだ。


 彼女に偽名を使い、未成年をこの酒も出すバーべキュー大会に呼び込んで、契約書をかかせる彼氏を俺は見たことがない。


 まぁはじめから薄々勘付いていたことではあるのだが、一縷の望みもあるにはあった。


 意識高い系の人であれば、その言動の妙な外来語が鼻につく程度で、あまり気にすることはないが、これではネズミなんとかだの、マルチなんとかだ。


 俺はふらふらとそこらを歩いて、義一なる人物を見つける。


「おい、どうだ?」


 とりあえず、適当に聞いてみた。


 義一はこちらに気が付くと、嫌な笑みをこちらに向けた。その醜悪な笑みを見せた彼の歯に食べかすが挟まっていることを俺はあえて指摘せず、見送った。


「ああ。大丈夫ですよ。亜里沙ちゃんも良い子ですしね」


「そうか………亜里沙ちゃん可愛いな」


「そうですね。彼女はすごく無垢だ。まぁ、良い感じに絞れれば、一回寝てやってもいいかもしれませんね」


「ほう………それはそれは」


 俺はこめかみに薄っすらと浮かぶ皺を意識し、指で揉みこんで平静を装う。しかし目ざとく俺の変化に気が付いた義一は焦ったように俺に笑いかける。


「え?田町さん狙ってました?上げますよ?」


 うわー!!殴りてぇ!!マジもんの屑野郎じゃねぇか。とりあえず、こいつの顔面に拳をめり込ませてぇよ。


「それはどうでもいいが。君、最近、口が臭いってみんなが言ってたぞ?」


「は?」


「いや、だから口臭いって………」


「本当っすか?」


「マジマジ超マジ」


「そうっすか………」


 彼は肩を落として、また亜里沙ちゃんの方に戻ろうとする。


「あ、待て。…………いや、やっぱりいいわ。臭いわ」


「え?………あ、そうですか」


 彼は涙目になりながら、この場から逃走した。さて、まだ痛めつけてやろう。


 ここからは、その腐った根性を叩き潰してやる。


 


 


 


 俺は彼が去った後、とりあえず、衆人環視の前で目に映ったコンロを蹴り倒してみた。


「ええー!!?どうしたんですか?田町さん?ヤバイ人だとは思ってたけど、そういうレベルじゃねぇぞ!」


 回りの人間は皆、慌てた様子で俺に媚びへつらいコンロを片付ける。


「はははははは!所謂、これはアレだよ、インスピレーション?イマジネーション?ははは、そうこれはアレだ。アレだよアレ。ほら、アレだ?」


 俺が発狂していると、近くにいた青年が俺を宥めにに入る。


「アレってなんですか!?落ち着きましょうよ!」


「あ?俺に逆らうのか!?無礼だ!無礼千万だ!!お前、死刑!」


「どうかしてるぜ!!町田さん飲み過ぎじゃないですか!?」


「うっせぇ詐欺集団が!!俺に命令すんな!!」


「え?それを親玉のあんたが言うのかよ!どうかしてるぜ!!」


 俺はまた、コンロを蹴り倒すと、奇々怪々を見たと驚愕の眼を隠せないネズミたちを尻目に立ち去った。


 そして、湖近くの車に来る、ポケットに入っていた車のキーを使って中から自分のカバンと、亜里沙ちゃんのカバンを取り出す。


 そこに義一なる人物のカバンを発見した。俺はそれも取り出し、奴の身分を調べる。


 ほぉー。大学生か。それに、本名は石野井(いしのい) 太郎(たろう)というらしい。


 とにかく、奴の携帯を取り出し、俺は満面の笑みを浮かべて自撮りし、また奴のカバンに戻しておいた。


 これに特に意味はない。というよりもこの行動すべてに意味などない。


 後、その携帯は逆に折り曲げて、中のチップはビール瓶の中に放り込んだ。

 やはり自撮りは意味がない。


 俺はまた彼を見つけると、接近する。


「ああ…………町田さん……」


 彼は先ほどの口臭いがすごく効いているようで、俺の顔を見て一瞬嫌そうに顔を背けた。


「よお。君が亜里沙ちゃんか?」


 俺は太郎を無視し亜里沙ちゃんに快活な挨拶をする。


「えっと………はい。あ、あの。私の従兄知りませんか?」


「ああ。君の従兄くんなら私の車で休んでいるだろう」


「え?なんでですか?」


「もしかして、町田さん?」


 なんだその反応は?


 こいつ青年をいつも攫っている常習犯か?


 ………まあいい。


「よし、それで亜里沙ちゃんはうちの商材を買って、散財してくれるんだよね?」


「え?」


「は!?」


 太郎は俺の言葉が信じられないと言ったように口をОの字に開けて、目も点になっている。


「いや、さっき義一が言っていただろ?いや、本名は太郎!!太郎だ!君の金も体も欲しいってさっき言ってただろ?ううん!言ってたもん!」


 プンスカー!と俺こと中年親父の地団駄。


「え?………そんなこと……いやそれにしても、もんって。いい大人が言うもんですか?」


 亜里沙ちゃんは全く別のところに引っかかっているがスルーする。もう、最近は憑依した後の他人との会話のキャッチボールが下手になっている気すらする。

 いや、キャッチする気は毛頭ない。


「あー、最近。ネズミの稼ぎが少ないんよ………親父、悲しみの舞。もっとアホどもが金持ってこないかなぁ」


「なに言ってんすか!!?町田さん!?正気ですか!?俺はゆ、夢を売ってんすよ?」


「そらお前、この危なかっしい商法の基本理念よ。金のない女を浪速にばらまいておいて何を言っているこのクズ男が!!!!」


「いや、あんたの命令だろうが!!!」


「あん!?立てつくなこの早漏小僧が!!もう一度、俺のビッグマグナムで突き殺すぞ!!」


「え…………すいません。それだけはやめてください。」


「え?」


 マジかよ………ちょっと口走っただけなのに。


 この子もある意味、被害者なのか?闇深すぎるだろ。


「分かった。今日は許してやろう、去れ!!」


「は、はい」


 太郎は足早に去っていった。


 現状を把握できていないのか、未だ亜里沙ちゃんは放心状態でいる。


「よし、そこのロリよ。君は家に帰るがいい。従兄くんももうじき起きてくるだろう」


「えっと………はい。ありがとうございます」


 俺はそのまま、車に戻るととりあえず、全裸になって湖にダイブした。さてはて、奴らは秋にバーべーキューをするというなんとも慣習に流されない理念をお持ちのようだが、それがあだになったな。


 この時期に湖に飛び込むなんて自殺行為だ。陰部が縮こまって、冷やされた大人の体は痙攣している。鳥肌が立った屈強な肉体を奴らにお披露目しながら、とにかく大声で「うわー!!冷てー!!助けてー!!」と叫んでみた。お前が自ら飛び込んだんだろうが!?という奇異の目に体を突き刺されながらも、手を振り、声を張り上げる。


 より人々の目に残るように。


 ほら、周りの連中が焦って俺を止めに来ている。


 はい、憑依解除。


 


 


 


 その後、俺は亜里沙ちゃんを見つけて、周りの騒ぎに乗じて無事帰還した。


 あの後、組織がどうなって、奴らがあの状況をどう解釈したのかもわからぬ。


 何も分からぬが、その三日後に亜里沙ちゃんから彼と別れた旨を聞いて、安心し、俺はこうして初めて憑依を用いて満足のいく結果へとたどり着いたのだ。

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