第1話
同じクラスの滝川さんと隣のクラスの吉井は最近仲が良い。
同じクラスで俺の隣の席の滝川 美里さん。
俺は高校に入って初めて彼女を目にしたときから、彼女に恋をしていた。
もう高校に入学して半年は経過しているが、彼女はクラス内カーストでも上位に位置し、誰にでも分け隔てなく、優しく接する彼女はクラスでも人気者である。
彼女を嫌う人間など見たことがない。
黒髪短髪で、一度みれば忘れられないような魅力的な切れ長の双眸、なにより少し焼けた小麦色の肌に、ニッと快活に笑った時に覗く白い犬歯が俺の心を射抜いた。
いや、彼女に笑いかけられれば誰であろうとその人の良さと可愛らしい容姿の虜になってしまうだろう。
そして、吉井 卓也。
こいつは俺が入っているサッカー部のルーキーで、サッカーが上手いのはもちろんのこと、背も高く高校一年生にしてもう178cmと長身に逆三角形の体形、そして日本人離れした堀の深い顔立ちに、二重のくっきりとした双眸に高い鼻梁、また寡黙なところもクールだと女子に人気らしい。
モテる要素を全て詰め込んで、何年煮込めばこんなイケメンが出来るのか。それに比べれば俺はインスタント商品である。いや、伝わらない比喩はこれくらいにしておこう。
にしてもイケメンは黙っているだけで絵になるからいいよな。
同学年からも先輩からも慕われる上位カーストモテモテ野郎である。
それに比べて俺こと佐々木 義光ときたら、容姿もごく一般的な部類に入る塩顔に身長も高くも低くもない170cmだ。いや嘘だ。ギリギリ達していない169cmだ。
アニメオタクのくせにサッカー部に入ればモテると思ったから入った。動機が不純なだけに、サッカーは大して上手くもない。そこまで下手でもないが。学力も中の下である。
いや、分かっている。皆が言う通り彼等はお似合いのカップルになるだろう。
俺みたいな凡人が彼女と付き合うなんて恐れ多いことだと理解している。
しかし、俺は彼らの仲が良いと聞かされた瞬間、槍で突き抜かれたような痛みが心に走り、あまりの悲しさからその日は枕を濡らして寝たほどだ。
次の日も6時に起床した。実に健康的である。
それでも滝川さんが幸せならそれで良いと一度、自分を無理やり納得させた。
しかし、実際に彼らが楽し気に会話しているところを目の当たりにすると、心に、鈍器で殴られたような痛みが走り泣きそうになるのだ。槍で突かれ、鈍器で殴られ俺の心はメチャクチャだ。
そうしてある日の放課後、部活終わりに、学内のグランドにやってきた滝川さんと彼女に笑いかける吉井を見て、修羅のような顔つきで彼らを睨みつけていた。
本当に穴が空くほど見つめていた。いや、空けてやろうと私怨を交えて睨みつけていたのだ。
その時、急に視界がぐらついた。
背景がそのままに、彼らの顔がやけにぼやけて見える。いや。吉井の顔だけが見えなくなる。
滝川さんの端正な顔は鮮明に見えるのに対して、奴の顔だけが虫食いのように黒く滲んでいき、本当に穴が空いたように見えなくなった。
その内、まわりの音も消えてなくなり、無音の中、彼が徐々に見えなくなっていき、完全に見えなくなる時、急に視界が一変して目の前に滝川さんの顔が現れた。
「えっと明日の一時でいい?」
目の前の滝川さんは少し背が低く感じられ、俺は見下ろす形で彼女の顔に目を移す。
滝川さんは日の光に照らされたからなのか、赤くなった頬を手で覆いながら、俺に問う。
「え?なにが?」
俺はつい、聞き返してしまう。
その声に違和感を感じる。いつもの自分の声ではなくて、嫌に低くこもった声。どこかで聞いたことがあるぞ。
まるで、吉井のような………。
あれ?
てか、なんで俺、滝川さんと話しているんだ?
俺はさっきまでグランドの隣のベンチで彼らを睨んでいたはずなのに。
ん?
俺はベンチにふと目をやると、そこにはベンチで寝ている学生がいる。え?
待て。
待て待て。
あれって………俺じゃないか?
ってことは、俺は誰だ?
俺は自身の手に目をやる。自分の手よりも皺の多い、大きな手。普段見慣れた腕のほくろも見当たらない。
「ねぇ………。ねぇ吉井君?」
滝川さんは不安そうに俺に問いかけてくる。今、吉井くんって言ったか?
あまりに唐突な出来事に混乱し、俺は一発自分のこめかみ目掛けて平手打ちをし、どうにか冷静を取り繕う。
しかしながら、未だ動機が激しく、この状況を理解できていない。
俺は目の前の滝川さんを無視して、急いで学内のトイレへ走り出した。後ろから「どうしたの!?吉井君!!」という滝川さんの声が追いかけてくるがそれも振り払うように急いでトイレに向かった。
兎にも角にも、今起きている事態を把握しなければならない。
そして、グラウンドから一番近くにあるトイレに駆け込むと、手洗い台の鏡を見る。
そこには佐々木 忠光ではなく、吉井 卓也が額から汗を垂らして、息を切らす様子が映されていた。
その瞬間、俺はあまりの衝撃に気を失った。
そして、目を覚ますとまた、グランドのベンチにいた。
同じ一年の部員である高橋が俺に「お前、今、白目で気絶してたぞ。大丈夫か?」と声をかけてくるが、俺は自分に起きた状況がいまいち理解できず、ただ押し黙ってしまう。
この数分の間に理解できぬ事象に見舞われた俺の頭が情報過多から錯綜し、頭はパンク寸前だ。
俺が頭を悩ませて「うなあああああああ!!」と唸っているところに高橋が「どうした?漏らしたのか?」と馬鹿なことを言っているが、それに反論もできないほど、俺はパニック状態に陥っていた。
そうこうしているうちに、学内から吉井が顔を出す。
そして、また滝川と話している。
俺は吉井の反応を伺いに彼らのもとに向かい、用もないが近場にいた先輩に話かけるふりをしながら彼らの会話に耳をそばだてる。
「吉井君。どうしちゃったの?急に学校に走っていくなんて………」
「いや、俺も気が付いたらトイレにいたんだ。訳が分からない」
吉井が困惑しているのか、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。いや、こいつの場合、いつもそうか。
はいはい。寡黙なんですよね。カッコいいっすね~。
「そっか。心配しちゃった。………それで明日って一時に駅前、待ち合わせでいい?」
「ん?ああ。……それでいい」
「わかった」
その後、彼らは帰っていった。
俺は先ほど、起こったことを何度も反芻するように、思い返しては一つずつ紐解いていくことにした。
まず、気を失って、その後、目が覚めたら吉井になっていた。
完璧に俺の意識が奴の体に乗り移っていた。そして、彼はその間のことをすっぽりと忘れている様子であった。
そして、俺はすぐに目を覚ました。
これは!?………まさか。
そう、そのまさかだ。
俺はたった数分だが彼に憑依していたのだ。
俺こと佐々木 忠光は吉井 卓也に憑依していたのだ。
俺はその後、何度か憑依を試みる。
その結果は百発百中。
俺は狙った人間すべてに憑依することが出来た。
それも時間も自由自在に操れる。確認したのは数人だが、俺に憑依された相手は俺に憑依されている間の記憶はないようだ。
そして、この能力の最高なところが最後に憑依した相手には対面していなくても、いつでも憑依できることであった。
なんて素敵な能力なのだろうか。
まさにチート異能。
そんな時だ。俺はまだ滝川さんと吉井が付き合っておらず、次にまた二人で遊びに行くという情報をキャッチした。
これは好機。
俺はこの能力を使い、ある作戦を立てていた。
そう。
デートの際に吉井に憑依し、滝川さんとの仲を破壊してやろうというものだ。
我ながらなんて性根の腐った作戦かと、自分を卑下してしまうが、この能力を得たのも何かの縁。
神が俺の頑張りをどこかで見ており、俺にチャンスをくれたに違いない。
俺は次の休日、彼らのデート開始時である13時になると同時に吉井に憑依した。
また、飽きもせず書き始めました。
今回のは、一切暗い部分のない話です。