その6
長崎出雲が僕と話をするようになってから、もう数年が経った。どうしてだか、僕が研修を受ける地元の田舎病院に、長崎出雲もやって来たのだった。
「あら、隆司さん。偶然ですね!!!」
この年採用されたのは、僕と彼女の2人だけだった。定員はそこそこ多いのだが、田舎で知名度が抜群に低いため、普通誰の目にも止まらない。僕はたまたま地元だったから選択したわけだけど、彼女の場合は、どう考えてもおかしい。都会のブランド力の高い病院に就職するのが普通だろう。だから、僕の横に彼女がいて、僕は本当にびびってしまったのだった……。
だが、それはもう過去の話だ。彼女が本気で僕のことを実験対象だとか、そう言うわけのわからない存在として捉えていたのも、今となってはその痕跡もないのだった。彼女は僕と違って非常に優秀な医師だと思う。まあ、彼女のモチベーションが何なのか、それは分からない。だがしかし、僕は僕で、幼馴染を常に助けることができるようになりたいという理由で志したわけなので、これもまた、多少乱暴な話なのだ。
僕は……少なくとももう少し勉強をすれば、とりあえず、愛花が病気になっても、あらかた対応できるくらいにはなると思う。だが、彼女の場合は、そんな次元ではなくて、もっとかっこいい医師を志しているのだろうから、ものすごくハードに働いている。時計の秒針がえっちらおっちらと進むのを見守っている僕と、担ぎ込まれた容態不明の患者を引き受ける彼女……その差は歴然としている……。
「隆司さん。どうかしましたか???」
僕は恩師の容態が気がかりになって、帰るのを止めた。そして、長崎出雲と一緒に、恩師の診療に当たることになった。僕は彼女に事情を説明した。すると、彼女は慌てて、
「なんと、私の大好きな隆司さんの先生だったんですか!!!それならば、しっかりしなくてはなりませんね!!!」
と言った。別に、一々差別しなくてもいいと、僕は思った。
「それで……容態はどうなのですか???」
僕は彼女に問いただした。
「隆司さん。あなたも医師なのですから、自分で確かめてみてはいかがでしょうか???」
彼女は僕にそう言った。ああ、そう言われてみると思い出した。僕もまた、同じく医師なのだ。僕はポケットから聴診器を取り出して、心音と呼吸音を確認した。
「……少し水が溜まっているのかもしれませんね……」
「下肺野にcoarse cracklesを聴取……と」
彼女はカルテを書き始めていた。
「た…………か……しっ…………???」
その時、恩師が僕の顔を見て、僕の名前を呼んだような気がした。確かに、隆司と呼んだ気がした。
「先生、お久しぶりです…………」
僕はこのとき始めて、恩師に挨拶をした。