その5
思い返せば、長崎出雲という女が不可解であることは疑いのない事実である。だが、それでも僕に比べれば、大部普通な部類の人間であることは間違いないのだ。
「隆司さん。あなたが人を避けるように、私もしっかり人を避けています……」
お嬢様は人を避ける……ありがちな話だ。お嬢様は人と違うことを好む。だからこそ、お嬢様なのだ。
「ああ、そうなのですか……」
僕は真面な返事を返すことができない。だって、今までお嬢様と話をしたことなんてないのだから。
「私が人を避けるのは、そもそも、最初から私を必要とする人がいないからです。私の周りに集まる人々が、私の名前だけを求めて群がってきます。でも、彼ら彼女らは、私のことを好きになってくれません。だから、私も人を好きになったことなんてありませんでした……」
願わくば、一生人を好きにならずに済めばいいと思っている。まあ、愛花は別の話なのだが……。
「隆司さんは、他の人と同じように私のことも避けます……。最初はちょっとした興味でした。隆司さんが一体、何を考えているのか、そんなことに興味を持って……隆司さんがどのような行動をするのか、観察していました……」
そのストーカー紛いの行動については、薄々気が付いていた。だが、僕は取り合わなかった。一々、そんな話をするのもめんどくさかった。
「隆司さんは人を避けながら……人を軽蔑しています……」
「していません」
僕は即答した。軽蔑とか、それ以前の問題なのだ。とにかく、必要以上に人と関わるのを防いでいるだけのこと。それは全て、愛花の手前。
「あなたは人と話す時、目がすごく死んでいます。まるで無機質のように真っ青な目をしています。でも、その目はあなただけでなくて、私も同じなのです……」
ちやほやされて、世界のど真ん中に鎮座して……神様、あるいは、仏様のように崇め奉られるお嬢様のセリフとは思えない……と言うより、この女が、僕と同じ目をしているとは思えなかった。なぜならば、こうして僕と話をしている時も、非常に楽しそうな目をしている。心の中がどーのこーの、なんて言い出したら、それはキリがない。だが、こういう時は大抵、外見のみで判断するのだ。
だから、長崎出雲は笑っている。僕と話をしているとき、それは非常に愉快そうだ。僕は不愉快なのだが。
「あなたは私の実験対象なのです!!!」
ついに本性を見せた……僕はこのときそう思った。
「私が、人を好きになるっていうのがどういうことなのか、その観察及び実験対象なのです!!!」
長崎出雲という女は、やっぱり不可解だった……。