その4
「長崎さん……」
僕は思わず、声をかけてしまった。愛花から禁止されていたことだった。自分から女性に話しかけてはならない……だが、これに関しては、仕事上必要なことだと思ったし、この時はそもそも、そんなことなんて考えていなかった。
「ああ、隆司さん。どうかしましたか???生憎、愛の告白はまた今度ってことでよろしいですか???どうも、これから一晩は忙しくなりそうですので!!!」
愛の告白……長崎出雲は相変わらず勘違いしているのだと思った。彼女の件について、僕は一度も愛花に話したことはない。どういうわけだか知らないが、長崎出雲は、僕のことを学生時代から気にかけているようだった。部活に入らず、あるいは、実習で一緒になったのも精々一回くらいだったはずなのに、僕の隣にひょこひょこやって来て、
「隆司さん。今日の授業は退屈でしたねえ……」
とか、
「最近、疲れていませんか???」
なんてふうに、話しかけられることが多かった。ちなみに、この女は、中々美しい佇まいをしており、親も非常に裕福であるわけだから、いわゆるお嬢様である。そんなお嬢様が、僕を相手にする理由が分からなかった。まあ、お嬢様と言うのは、興味本位で平民に近づきたがると言われることもあるくらいだから、ひょっとすると、僕は彼女にとって、絶好の観察対象なのかもしれない……最初はそう思っていた。大学内での成績はトップクラスで、医師になるのはもちろん、場合によっては世界各国を飛び回る研究者になる可能性もあるくらいだった。つまり、全てが完璧だったのだ。僕とはまるで対照的だった。そんな僕が見ていて面白い……のだと思った。
だが、実際は違った。例えば、僕が男子トイレに入ろうとすると、急に接近してきて、
「ここならば、誰にも気づかれませんね!!!」
と言って、躊躇せずに侵入することがあった。
「あの……長崎さん。さすがにまずくないですか???」
お嬢様が男子トイレに乱入……これは間違いなく事件である。
「ばれたらまずいでしょう……」
僕はこのお嬢様に忠告をした。そうすると、お嬢様は反撃をした。
「だって……隆司さんが入るこのトイレは教室から見て、最も遠いところにありますでしょう。そして、地下4階。本来ならば、実験センターの人が使う程度なんですが、そこにやって来るのは、人間との関わりを極力持とうとしない隆司さん!!!」
つまり、この女は、僕がわざと遠いトイレで用を足すことまで心得ていたのだ。
「だからですね、私がここに入っても、誰も気づきませーん!!!」
まあ、確かにそうだと思った。だからと言って、彼女がやっていることを肯定する気にはならなかった。
「ねえ、隆司さん。お話があるんですけど、聞いてくれますか???」
実はこの時が初めてだった。僕はこの後、長崎出雲から告白されたのだった……。