その1
僕と愛花は同い年なのだが、愛花は中々成績が振るわず、2浪して大学に入った。だから、今年は大学4年で、卒業を控えた年になる。僕もまた、6年間の学業を終えて、卒業を控えている。
僕が医師を志したのは、愛花の面倒を見るのに、その知識が必須だと思っていたからである。愛花は非常におっちょこちょいで、よく怪我をした。その怪我を治したり、あるいは総合的な手当てが必要になったときに一早く対応することができるための能力を養おうと、僕は医師になることを決意したのだった。
よく、医師になるのには、勉強が大変だと言われる。それは全くその通りであって、僕は元々頭があまりよくなかったから、努力した。大学に入学したら、まず、人が死なないために為すべき手段を勉強した。例えば、愛花が交通事故にあってしまって、重症なケースに陥った場合、救うためにまず何ができるのか、そんなことを考えていると、医学の勉強というものは、すこぶる上手くいくものであった。誰かを好きになって、その人のために……こう考えれば、6年間はあっという間だった。
僕が医師になることを愛花の両親は歓迎していた。だが、愛花はあまり歓迎していないようだった。
「たっくんがお医者さんになったら……病院に勤めたら……看護師さんとかにもてるんじゃないの???」
確かにそう言う噂は聞く。だが、僕の場合、それは当てはまらないと思った。大学生時代から、よく分かっていた。例えば、学生でイケメンで、それに加えて金持ちときたら、看護師や患者などから目を付けられることがある。だが、僕の場合は、不細工で貧乏なのだから、誰も最初から相手にしていない。ポリクリと呼ばれる過程においても、僕はずっと孤独だった。夜、どこかで酒を飲むことよりも、早く家に帰って、愛花のご機嫌を伺うことしか考えていなかった。
「僕は愛花のことが好きだから。安心して???」
僕はいつも、愛花にそう語りかけていた。
「そうなの???うん、分かってるよ。私がたっくんのことを愛していて、たっくんが私のことを愛しているってことはね。でもね…………」
僕の帰りがいつもより遅くなったりすると、愛花は玄関の前で、僕の帰りを待ち構え、
「たっくんのことを誑かす女なんて……いないわよねえ???」
と、きつく質問されることもあった。愛花の目の色が変わって、正直驚くこともあったのだが、特に問題にはしなかった。
「ねえ、たっくんのケータイ見せてよ……」
愛花は帰って来るなり、僕のケータイを見たがる。見知らぬ女の名前が刻まれていると、愛花はその都度視線を厳しくして、
「これは誰なの???」
と、問いかけるのだった。
「ああ、これはその……実習班の仲間だよ……」
「本当に……それだけの関係なの???」
「ああ、そうだとも……」
「私以外の女と話さないといけないの???」
「まあ、こちらとしても、仕方がなく……」
「フーン……そうなんだ……仕方なくね……」
どうしてだか、愛花は最近疑り深くなっていた。僕が何かしてしまったのか……そんなことを考えても、全く思い当たることなんて、なかったのだ。