その10
「健やかなる眠りでございました……」
長崎出雲はそう言った。僕は最初、恩師のことを言っているのだと思った。だが、実際は違って、その傍で居眠りをしていた僕のことを言っていたのだと分かった。
「ああ、それはどうも……」
人の死に触れることは幾度とあったのだが、今回は少し特別に感じた。結局、恩師の真意はよく分からず、遺体はすぐさま遺族に引き渡されて、この件は落着したのだった。
「さて、一仕事終わったことですし!!!これから、一緒に食事でもどうですか???」
彼女は元々当直だったので、仕事を終えるのは当然だった。でも、僕は本来当直ではなかったので、このまま帰るわけにはいかないと思った。
「ああ、心配しなくていいですよ。隆司さんも実質当直したようなものですから!!!私が言っておきましたんで!!!」
「でも、それは僕が自発的にやったもので……」
すると、彼女は僕の耳元に近づき、
「ガタガタ騒ぎ立てる奴がいたら、そいつらはみんな、片付けておきますから……」
と囁いた。僕は慄いて、彼女の顔を三度見返した。
「そんな、お化けでも見ているような顔しないでくださいよ!!!」
似ている……僕はそう思った。少なくとも、この女の思考回路は、愛花に似ている、そう思った。
このまま自分の意見を貫き通すと、やがて彼女は壊れて何か凶暴な手段に出るかもしれない……普通なら冗談で済むはずの話なのだが、彼女の場合では冗談では済まない……そう思ったのだ。
「ねえ、近くに美味しいレストランがあるんですよ。すごい有名で……どうですか、ねえ、一緒に行きましょうよ!!!」
彼女は強引に僕を連れていこうとした。顔は笑顔なのだが、その力はとても普通の女とは思えないほどだった。困惑しようにも、そんな時間すら与えてくれない。改めて、不可解な女だと思った。
こうして、僕は半ば強引に、彼女の手を握ることになった。
「今日はまるでデートですね!!!」
彼女はいつか、僕に告白をした。所詮は実験対象……なのだが、僕のことを好いているのは事実らしい。好きと言う感情がどのようなものなのか、確かめるために。
「たっくん!!!!」
そして、僕と彼女が一緒になって歩いているのを目撃する愛花の姿がそこにあった……。見たことのないレベルの剣幕で、闘牛のように走って来るその姿にも、また新たな恐怖を植え付けられることになるのだった。