その9
なんとなく死んでしまう予感、というものがある。1年にも満たない医師が何を言っているのか、と思われるかもしれないが、実際問題、絶対に救いようのない患者が存在する。それは、僕に限らず、どれほど腕のいい医師が関わったとしても、結果は同じなのだ。そして、担ぎ込まれた僕の恩師も、その瀬戸際に差し掛かっているのだった。
「ねえ、長崎さん……」
僕は敢えて、長崎出雲に話しかけた。彼女はカルテを書き進め、現時点で必要な薬の処方と、可能性のある処置について考えているところだった。
「なんでしょうか、隆司さん???愛の告白は……」
「いいえ、そう言う冗談ではなくて。その……診断は急性心不全ですか???」
「まあ、大方そんなところでしょうね。原因はよく分かりませんが。急性冠症候群の精査をした方がいいかもしれませんね。最も、カテーテル検査をすぐにはできないですけど……」
その可能性について、僕は恩師に言及した。そして、精査のためには、もう少し大きな病院に転院する必要があることも伝えた。だが、恩師は、
「ああ……その必要は…………ないっ……」
と答えた。曰く、このまま病状が悪化しても、延命の意志はないとのことだった。
「でもね、先生。今はまだ意識がはっきりしている状態でございますから。先生はいま、いつ爆発するか分からない爆弾を抱え込んでらっしゃるんですよ。なるべく早く検査をして処置すれば、大事にはならないと思うんですがね……」
僕がいくら説明しても、恩師は、
「その必要は……ないっ……」
と言い張るのみだった。
「何か、検査に不安があるのですか???」
僕が幾ら問いかけても、恩師は特に答えることはなかった。これはもう八方ふさがりだった。患者がこれ以上の加療を望まない以上、僕たちにできることなんて、ほとんどないのだ。かといって、すぐさま見放すことはできない。つまり、確実に近づいているタイムリミットに備えるしか、打つ手がないということなのだ。
「ああ、どのみち今できることは大してないだろうから、僕はその……先生の傍に付き添います……」
僕はそう彼女に伝えて、恩師のいる部屋に向かった。恩師の意識はまだ保たれていた。僕が傍にいることを十分理解していた。
「これ以上…………なにかを……のぞむことはもう……ないんだな……」
アドバイスすることもなく、そして、これ以上何かを伝えることもできず……彼の意志を聞くことも、結局できなかった。
僕は意図せず、眠りについていた。恩師は最期まで、僕の手を握っていた。その終焉に気が付いたのは、心電図のアラームが鳴り響いたとき。深夜のちょうど3時だった。僕は最後に一言、
「先生……」
と呟いた。