いあのトイレ
長くなるため編集してどんどん追加していきます
ただ、短編ですので他の小説と違い明確な終わりが見えた状態での文字の書き起こしでございます
ジージーと蝉がけたたましく鳴いている
「うるっせぇな…。」
そんな蝉たちが止まる木が並ぶ小道を一人の少年が汗水たらし歩いていた。
遠くからは少年と同じくらいの子達のはしゃぐ声が聞こえる
…が、少年は一人であった。
「ったく、僕は大勢が楽しげに話すのを聞くのは好きだけど君らの鳴き声は耳に触って仕方ないよ」
その声にギャハハと笑いながら小馬鹿にしたような言葉が行き交う
「なぁなぁ、聞いたか!?またまたイア君は一人でおしゃべりしているよ〜!」
「いやいや、お代官様
アレは幽霊とお話仰なさっているのでございまするよ!」
「なぁにぃ?ソイツは驚いたなぁ!」
「一人で話すのを幽霊と話してるだなんて言い訳考えるのはイアぐらいさ!」
「やーいやーい!変な名前に変な趣味!」
「独りぼっちのイア!みんなといるのがいあいあなんだろうな!!」
と、またギャハハと笑い去っていった
その言葉と笑い声全てが本人に聞こえるように
「…くっだらね。」
足元にあった小石を大きく蹴飛ばす
その蹴った足に寄り添う靴は他の子と同じ
木陰が大きくなるにつれて足を早める
振動で首筋に伝っていた汗がシャツに吸われていく
その汗を吸うシャツは他の子となんら変わりない
影が増えていき、光が薄くなる
その影、光を受けて艶めく髪色は他の子と一緒
そして光にカンカンと当たることなく、湿気を感じさせぬ家が見えてくる
その家は悪目立ちしない程よさを持っていた
「ただいま」
返事は帰ることなく、また少年もそれを当然と知っており靴をポォーンと放り出す
そしてこの暑い夏の中、素晴らしい天然の鍾乳洞のようなヒンヤリとした家の廊下をペタペタと歩き出す
少年は子供達が自分を仲間にしたがっているのを知っていた
他の子となんら変わらない
強いて挙げるなら名前が異様だが、人には一つぐらい個性がある方が面白いもんだ
だが、少年は仲間にならなかった
挑発に乗らず、いけ好かないヤツのままでいた
彼は一つだけ許せないところがあったのだ
それは
「やぁ、菊爺元気かい」
「あぁ…でも俺の目玉消えちまってね
何か知ってることはないかい」
「屋根の土井の中じゃないかな…昨日あそこで晩酌しただろ?
夕飯の時に妙な声が聞こえてきたからびっくりしちゃったよ」
「おぉう、そこか
そういえば探しておらんかった、ありがとよ」
彼には幽霊が見えて、また会話ができることを嘘呼ばわりされたことだ
誰一人として真面目に考えてくれたものはいなかった、ただの一人も。
「礼に歌っていた歌を聞かせてやろう
ほれ!おんしも酒の代わりを持って聞くんだ!」
「わ、わかったよ!」
幽霊は光に弱い
だからこそ光の量が少ないこの家には幽霊がたくさんいるのだ
未だに成仏できずにとどまりここを住処としている幽霊が。
そして少年、伊空は彼らの武勇伝や物語を聞くのが大好きだった
親のいない時間に一人メソメソと泣いているとあやしてくれる優しい幽霊
親が構ってくれず、心をジクジクと痛めた時には笑かしてくれるお調子者な幽霊
夜に厠へ行くのが怖くてブルブル震えていた時に励まし元気付けてくれた勇ましい幽霊
どれも皆大好きなのだ
だからこそ、いあは幽霊を信じない彼らと仲良くするなんてこと出来なかった
「うー…飲み過ぎた…早く厠に行かなきゃ」
歌を聴いてる時についつい飲み物を飲み過ぎてしまい、彼の歌が終わり感想を言い終えるや否や走り出した
トットット…とトイレへの足を早める
「おーい、いあ!
かわやはそっちじゃなくてこっちだぞう!」
「わわっ!」
方向転換しようとしてズテッとこけてしまう
「だ、だいじょうぶか〜?」
「うん!
ありがとう、座敷小僧!」
そう言ってまたトットット…と走り出した
「…そういやかわやにあたらしいこきてたけど〜
…。
ま、いあならなかよくなるか!」
そう言うと幽霊はスゥ…と天井に溶け込んでいった
「う〜!漏れちゃう!漏れちゃう!」
ガラッと厠の戸を開ける…と
「あれ?君、誰?」
少女がいた
「?私?」
いや、正確には
「私は名も無き幽霊さん!
現世に残した未練を果たす途中の旅路でこの家に居つかせてもらってます!」
どうぞよろしくと差し出した少女の手は透けていた
そこにいたのは少女の幽霊だった
「よ、よろしっ!」
ブルッと体が震える
そ、そうだった!
「ご、ごめん!先にちょいと用を足させて!」
「え?い、いいけど…。」
「ありがと!」
礼を言いつつドアを閉める
そして少女が透けて出ていくのを待つ
待つ
…待つ
「待てないよ!」
シャッとズボンを下まで降ろす
キャァ!と声を上げながら恥ずかしげにそっぽを向く少女
「なんで、出ていかないんだ!?」
恥ずかしいのはこっちの方だ
「えぇ…だって、私ここから出られないもん」
手で顔を覆った少女の声がくぐもって聞こえる
「で、出られない?」
「うん…。」
シャー…という尿意から解放する音がやけに大きく聞こえる
…やっぱり飲み過ぎは良くないんだよ、お酒じゃなくても
「じゃあ、死んで気づいたらここにいたってこと?」
「…そんな感じ」
「ふーん…。」
シャー…という音がやけに長く聞こえる
…別に僕は話し下手なわけじゃないんだけどなぁ…。
「ねぇねぇ、そういえばあなたの名前は?」
ようやっと音が止まったと思うと少女が尋ねてくる
「…いあだよ。」
「?名前が嫌いなの?」
「違うよ、嫌じゃなくてい!あ!
僕の名前はいあだよ!」
笑いたきゃ笑えばいいさとぶすくれた顔で蛇口を捻る
「ふーん、いあか…うーん…。」
「っ…変な名前だって正直に言ったら?」
「ん?」
「どうせ君だって思ってんだろ
妙な名前だって」
石鹸を泡立てる
石鹸の泡に映る自分の顔が歪み嘲笑っているようにも見える
なんとなく癪に触って泡を潰す
「別に変だとか考えてないけど」
「…変な気遣いはいらないんだけど」
泡を潰しながら手を洗う
「ううん、本当にそんな風に思ってない」
「じゃあ、さっきのうーんって何?
返事に困ってんじゃん」
棘のある声になってしまう
「いいよ、別に気にしてないし
名前言った後にみんな変な名前って言うし」
手に力が入る
「ううん、本当に変な名前なんて思ってない
ただね漢字で書いたらどうなんだろって」
「…はぁ?」
思わず顔を上げてしまう
少女の表情は今までの人達と違って
「ほら、いあって居合い斬りにもあるじゃない?
でもいとあの組み合わせたのもありそうだしね
漢字だとなんて書くんだろって考えてたの」
一瞬の困惑も馬鹿にしてくる嘲笑も妙に大人ぶった情けもない
純粋な問題を解く小さな女の子だった




