もしも猫になったら~霊感探偵の場合~
お待たせしました!
この日、事務所が入ったビルには、この事務所の所長、田原 正敏が、とある箱を前に、難しい顔でソファーに座っていた。爆発したようなパーマ頭に、スーツを着た姿は疲れきったサラリーマンの図である。
目の前の箱は、先程来た客人からの、厄介な依頼品であった。
「どうしようかねー・・・、これ」
お菓子の入っているような黒い箱は、上から開くタイプのものである。とはいえ、依頼人から話を聞いている彼は、開ける気もないし、使うつもりもない。
今後の対応に悩んでいると、携帯が鳴った。表示は、御得意様である。対応の為に、隣の部屋へ歩きながら、電話を取る。頭を切り替え、彼は御得意様との大切な会話をすべく、所長として張り切るのだった。
まさか、このあと、頭を抱える事になろうとは、つゆとも思わずに・・・・・。
◇◇◇◇◇
それから数分して、事務所の扉が開く。顔を覗かせたのは、この事務所の正社員、椎名 和葉である。フワフワした感じの今時女子である。
「只今戻りました~・・・あら?」
誰も居なかった為に、不思議そうにしながらも、中に入る和葉。後ろから、同僚女性の榊原 真由合が続く。ブランドスーツをピシッと着こなした、気の強そうな美女である。そして彼女の護衛対象である10歳くらいの少年、竜前寺 雅と、最後に眼鏡をかけた少女、神戸 美鈴が、それに続いた。
「所長、どこ行ったのかしら? まったく、あたしたちは忙しいのよ?」
イライラした様子の真由合が、ソファーにどかりと座る。そのわりに、優雅に見えるのは、彼女の気品故かもしれない。
「まあまあ、そう言わずに・・・・・少し、席を外しているんでしょう」
おっとりと、和葉が諌めるが、真由合はつんとするだけである。かなりイライラしているようだ。
「真由合さん、所長の声が隣から聞こえますから、電話してるんじゃないですか?」
美鈴に言われ、皆も気付いたのか、束の間、シーンとなる。
「本当だ、あっちの部屋から所長の声が聞こえる、しばらく戻りそうにないね・・・」
これは、長電話かもしれない。その為、皆の視線は自然と、テーブルの上に置かれた、黒い箱に集まっていく。
「これ、何かしら?」
真由合が、その箱を手に取る。皆、気になるらしく、自然と真由合の手元にある黒い箱に、視線が集まっていく。
「あら、もしかして、お菓子? 所長も気がきくじゃない!」
嬉々として箱を開けた真由合だが、すぐに、眉を潜める。中には、希望のお菓子ではなく、別の物が入っていたからだ。
「もうっ! 何よ、これ? 瓶? 薬か何か?」
真由合が箱から取り出したのは、手のひらと同じくらいの凝った細工がされた、平べったい瓶。中には黄色の液体が入っており、瓶の表面には、何かのロゴが書かれていたようである。容器の瓶は、アンティーク物のように見えた。
「香水じゃないですか? ほら、よく見ると、ここがスプレーになってますし」
美鈴の指摘に、また皆の視線が瓶に戻っていく。
「何で香水がここにあるのよ? それも、封印もされてないし、あたしが見てもかわり無いし? 特に何も感じないわよ、これ」
確かに、何も感じない香水が、ここに何故あるのか。勿論、その答えは誰も知らない故に。
「美鈴、あんたの目に何か見える?」
真百合に問われ、美鈴は仕方なく眼鏡を外した。本来、見鬼の力は、ちゃんと修行すれば、眼鏡等を着けなくても、問題無かったりする。現に、ここにいる皆は着けていない。しかし、美鈴の場合は、見る力が強すぎた。故に、眼鏡を着けて、見えないようにコントロールしているのだ。見えすぎるのも、中々に問題なのである。
「うーん、特に変わった物は見えませんよ?」
いくら見える力が強い美鈴でも、この香水に、変な部分は見えなかった。つまりは、只の香水という事になる。
「となると、只の香水? そんな物が何でここにあるのよ?」
更に怪訝そうに、真由合が問うが、答えを知ってるはずの所長は、隣で長電話中で、未だに戻ってくる気配はない。
「龍崎が居たら、何か分かるかもだけど・・・」
雅も困り顔である。彼が言う龍崎は、雅の護衛の一人で、今回は別の依頼を受けており、この場には居なかった。彼は魔術等の知識もあるため、間違いなく、これに掛かっている魔術を見破ったかもしれないが、残念ながら居ないので、どうしようも無かった。
「もしかして、所長からのご褒美とか?」
一つの仮説を、今まで静かにしていた、和葉が答える。特に異常も感じなかった香水、有り得ないとは、言えない仮説であった。しかし、そこに美鈴が待ったをかける。
「でも、一つしかありませんし、それに、豪華過ぎません? いくらなんでも・・・」
そう、普段ならば、ちょっとだけいいお菓子が出されるくらいなのだ。それが、明らかにべらぼうに高いだろう香水。・・・・・嫌な予感しかしない。
「あら、だって、何も感じないわよ? それに、もう手は付けてあるみたいだし、香りくらい楽しんでもいいじゃない?」
ごく自然に、真由合が蓋を開けた。余りにも、自然な動作故に、誰も止められなかったのだ。
「真由合っ! 所長に聞くまではダメだよっ!?」
慌てた様子の雅が、止めようとするが、無情にも、真由合はシュッと一吹きした後だった。辺りに独特の甘ったるい香りが漂う。アジアンチックなその香りは、異国の香りだ。誰もが一瞬、香りに気を取られた。だが、直ぐに雅が異変に気付いた。
「これ、只の香水じゃない・・・魔力が込められてる、真由合っ! それ以上、触ったらダメだ!」
不思議な香りにウットリしてた皆も、流石に魔力を感知したらしく、真由合から、正確には霧からだが、皆が離れた。真由合に至っては、固まっていた。顔にはハッキリと、やらかしたと書いてある。
「で、でも、僅かにふっただけですし、特に変わりはないですよ?」
和葉が、慌てたように言うが、実は香水タイプの魔術品と言うのは、厄介な物があったりするのだ。魔力が感じられないから、間違えて使用してしまう事故が、たまに起きるのである。
「遅効タイプかも・・・、まぁ、僅かな量だから、そんなに酷くはない・・・えっ?!」
雅が驚いた顔をした瞬間、真由合を中心に、眩しい光が現れる。あまりの眩しさに、雅は腕で目元を庇い、真由合は固まり、和葉は、ぎゅっと目を閉じ、美鈴は腕でとっさに目元を守った。最初に気付いたのは、雅だ。
「ん? 今の・・・特に変わりは・・・・・・・はっ!!?」
多分、自分の目がおかしくなったんだろうと、雅は“その白い足で、頭を撫で付ける”。
「えっ・・・・・どうなってるの!!?」
半場、パニックになって叫んでいると、雅の声に気付いた他のメンバーが、そちらを見る。
「え・・・、雅くん!?」
「雅様!?」
「え? えぇー!?」
順に、美鈴、真由合、和葉である。誰もが驚きをあらわにしているが、そちらを見た雅は、逆に冷静になり、ある指摘をする。
「皆もだよ?」
「「「えぇぇぇ~~~~~~~~~~~~!!?」」」
盛大な悲鳴が、辺りに響き渡る。勿論、皆はとある姿のままであるが。
「な、何で猫に!?」
真由合が悲鳴を上げる。
そう、皆が猫に変わっていたのである!!
一番混乱してるらしい真由合が、ペタペタと自分を触るが、変わる事はない。和葉は驚きで固まっているし、美鈴に至っては、自分に生えた毛を恐る恐る触っていた。
因みに、それぞれ別の猫になっている。
雅は、スコティッシュフォールドだろう。何故か子猫姿であった。美鈴は、マンチカン。真由合はベンガル・・・何だかイメージぴったりであった。和葉はミヌエット。純白のふわふわした毛が美しい。
と、先程の悲鳴が聞こえたのか、隣の部屋から慌てた様子の、所長が戻ってきた。勿論、猫姿の皆を見て、ギョッとした顔になっているが。
「・・・もしかして、この香水つかっちゃった!?」
所長のひきつった顔に嫌な予感をしつつも、皆が頷くと、床に力なく座り込んでしまった。
「早く片付けておけば良かった・・・まさか使うだなんて!」
只でさえ爆発したような頭を、更に手で掻き乱していく。自棄になっているのは、明白だった。
「所長、元に戻す薬とかないの?」
雅の質問に、所長は遠い目になった。普通、この手の魔法薬には、ついている物なのだ。
「これね・・・古い物で、解呪薬はついてないんだよ・・・、だから、うちに託されたわけ! 後で封印お願いするつもりだったんだよ!! 龍崎くんに!」
叫ばれた。・・・かなりご立腹らしい。
「えっ!? 戻らないの!?」
「そんなっ!」
「「どうしよう・・・」」
順に、真由合、和葉、最後にハモったのが、雅と美鈴である。
「・・・どれくらいふったの?」
訝しげな所長に、真由合が自棄になったように叫ぶ。
「ひと吹きよ!」
大抵、こうした変身薬は、時間が経てば元に戻る場合が多いが、まれに解呪薬が無いと解けない物もあるため、油断は出来ないのである。
「うーん、僅かな量なら直ぐに解けそうだし、もうすぐ龍崎くんも来るから、見てもらおう、彼はそういった知識があるしね」
つまり、今現在は打つ手なし。
「まっ、猫になる体験なんて、滅多に無いんだし、少し楽しんでみたら?」
完全に他人事の所長に対し、この場の皆の答えが一つになる。
「「「「なれるかっ!」」」」
多少の語尾の差はあれど、言葉は同じである。
とはいえ、龍崎が来ないうちは、どうにもならない訳で。誰しもが、仕方なく、本当に仕方なく、自分の姿をしげしげと、鏡の前に移動して、確認し始めた。が、猫の体に慣れて居ない為に、移動に苦労する。ジャンプが出来ないし、体が上手く使えない為に、こける。特に、鏡に一番近い雅は、子猫姿の為に、妙にコケやすい。
「ぶっ! 何これっ! 可愛いんだけど!」
この光景を見ていた所長が盛大に吹き出した。
「ちょっと! 笑ってないで、ちょっとは手伝いなさいよ!」
真由合が喚くが、何やらツボに入ったようで、所長は大爆笑していて、更には咳き込んでいた。
「椅子から降りれないんですがぁ・・・」
美鈴は、ソファーの上でウロウロし、今にも泣きそうである。
「猫って、不便ですね?」
思いの外、和葉は冷静で、皆をしげしげと観察している。
と、外へ続く扉が開いた。そこから、黒い髪の真面目を絵に書いた、年若い男性が入ってくる。彼は龍崎、雅のお付きである。
「ただいま戻りました、所長、頼まれていた・・・件で・・・これは、何事ですかっ!!?」
タイミングバッチリに戻ってきた龍崎は、カオスとかした事務所に、呆気に取られていた。珍しく、素が出ている。
「いやー、ヒヒッ、お帰り! フフッ、ちょっと、頼もうと思っていた、ブフッ、件のを使っちゃったみたいで、ブフッ、こんな事になってね! 龍崎くん、後は頼んだ!」
そう言ってから、また大爆笑を始めた所長に、冷たい視線を向けた龍崎は、直ぐに頭を切り替えたらしく、猫たちへと向かう。と、直ぐに目を見開いた。かなり動揺した声が、口からもれる。
「まさかと思いますが、雅様・・・ですか・・・?」
「そうだよ、龍崎・・・不本意ながら、巻き込まれたよ」
項垂れて、悔しそうな雅は、子猫だけあって、とんでもなく可愛らしい。周りの猫に変わった三人が、うっかり胸キュンするくらい、その威力は凄まじい威力だった。もれなく、龍崎にもヒットしたが。
「うっ、そ、そうですか・・・、この香水ですか、少し失礼します」
そういって、色んな角度から瓶を調べる龍崎。すぐに、ある一点で目を細める。
「成る程、これは確かに厄介ですね・・・、一流の調香師であり、魔術師である人物の作品のようですね・・・、かなり時が経っているのに、効力が変わらないとは・・・」
かなりの腕前の人物の作品である以上、何かヒントがあるはずなのだ。
「失礼、箱も見させて頂きます」
黒い箱を、こちらも丁寧に確認するが、とくに変わりはなく。箱は比較的、新しいものらしい。ヒントになるものは無かった。
「龍崎! あんたいつになったら分かるのよ!」
真由合がキャンキャン喚くが、龍崎は華麗にスルーした。長きに渡り、コンビを組んでいるため、彼女の扱いにはなれている。
「静かにしててくれ・・・見つけた!」
それは、ラベルにうっすら書かれたもので、かなり読みにくい上に、外国語である。勿論、解読には時間がかかったわけだが、そこは優秀な龍崎。見事、解読したのである。
「ホッ、これは時間が経つと、自然に解けるみたいですね、ただ、どれくらいで解けるかは、書かれていませんので、分かりませんが・・・」
と、話した矢先のこと。
ボッフン!
凄い音と煙が上がり、辺りが煙に包まれる。勿論、急な事のため、誰も逃げられず、咳き込む羽目になった。
「ゲホッ、ゲホッ! 皆、大丈夫かい?!」
咳き込みながら、所長が聞いてくる。
「私は大丈夫ですよ、ゴホッ」
龍崎は咳き込みつつ、返事を返す。次に、雅が声を上げた。
「僕も平気・・・って、あれ? 元に戻ってる!?」
驚きで、すっとんきょうな声が上がる。そこには、すっかり変身が解けた雅が立っていた。
「どうやら、この香水は、変身が解けると、先程のような音と煙が上がるみたいですね・・・・・何てはた迷惑な・・・!!」
龍崎が、眉間に皺を寄せて、吐き捨てるようにいう。製作者は、あまり性格が宜しくないようだ。
何とか咳から復活した所長が、ホッしたように、雅に視線を向けている。
「いやー、一番遠くにいた雅くんが、これくらいで戻ったなら、皆も早いね! 良かった、良かった! ついでに龍崎くん、その物騒な香水、封印してくれる? また起きたら大変だからさ」
これには、龍崎も直ぐに頷いた。大事な主人である雅を猫に変えた、物騒な香水等、封印で十分である。
なお、それから程無くして、美鈴と和葉が元に戻ったが、やはり煙と音が凄かった。なお、戻る前に、雅が美鈴の猫姿に萌えていたのは、余談である。
「何であたしだけ、戻らないのよー!!?」
一人、真由合だけが戻らず、ちょっとヒヤヒヤしたが、かなり遅い時間にやっと戻った。
なお、勝手に香水を使ったこと、雅やメンバーを危険にさらした事で、事の真相を知った龍崎から、真由合は雷を落とされたそうだ・・・。
「香水はこりごりです・・・」
しばらく誰も、香水は触らなかったという・・・・。
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こちらは、秋月が主催しています、『猫キャラ企画』のお話です。
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どうしても、降りてこなくて、ヒヤヒヤしました。
他にも考えているお話がありますので、また出したいと思います♪
企画に興味のある方は、秋月の活動報告まで! まだまだ、参加を募集しておりますよ!