5話 迷子の過去
5話 迷子の過去
《由宇》
その日から私はエリーと一緒に帰ることにした。偶然にも2人の家はさほど遠く無かった。
エリーの家は私の帰り道の途中にあった。
私はエリーの家を前に息を呑んだ。大きな洋館だった。
「ねえ、エリーさん。ここ?お家。」
「そうよ。驚いた?まあ4人で暮らすにはちょっと大きすぎるけどね。」
「ここ、エリーさんの家だったんだ...。」
「私の家を知ってるの?」
「この家、私の小さい頃からあって、ここのおばあさんが助けてくれたの。そっか。あのおばあさんエリーさんのおばあさんだったのね。」
「ちょっと、由宇ちゃん。どういうこと?」
「私ね、小さい時迷子になったの。妹が生まれる時、お父さんに電話がかかって来てお父さんは急いで家を出て行った。」
「由宇ちゃん妹いたんだ。」
「うん、それでお父さんは留守番しててって言ったのに寂しかったから、家を勝手に出ちゃってさ。それで迷子になった。」
「大丈夫だったの?」
エリーは心配そうに聞く。
「で、迷って泣いていた時におばあさんが助けてくれた。あったかい紅茶とカステラ出してくれて、とても美味しくて今でも覚えているくらい。」
「わかる!私も好きだもん。あの組み合わせは最高よ。」
「私のこと覚えているかな。」
「寄ってく?家。」
「いいの?」
エリーは胸を張って答える。
「もちろん!」
エリーは正面の門を開けて進む。進むと庭師と思しき白髪の男性がいた。
「ただいま、イルゼルさん。」
イルゼルと呼ばれた男性は顔を上げた。
「おお、お帰りエリーちゃん。早速友達を作って来たのかい?」
「そうよ。由宇ちゃん。この近くに住んでるんだって。」
「どうも、由宇さん。わたしは庭師をしてるものだ。」
イルゼルは人懐こい笑顔を向けて言った。
「...こんにちは。由宇です。イルゼルさん、覚えていますか?私のこと。」
「...ああ!あの時の子か。髪が白いからよく印象に残っている。しかし育ったなあ。あの時はあんなに小さかったのに。やれやれ時間が経つのは早い。」
「あの時はありがとうございました。」
「いやいや、夜道で泣いてる子を見たら助けるもんだよ。」
実際には見つけてくれたのはイルゼルだった。
「おっと、引き留めて悪かったね。上がっていくんだろう?」
「ええ、お邪魔します。」
「ほんとしっかりした子だなあ。お婆さんにも会ってきな、喜ぶはずだから。」
「それじゃ、家に入りましょ。イルゼルさん、ちゃんと休憩もとってね。」
イルゼルは軽く左手をあげて答えた。
エリーは家の扉を引いて開ける。立派な扉の向こうには木を基調とした内装が広がっていた。玄関は広く上を見ると吹き抜けの天井からシャンデリアが綺麗に光っていた。シャンデリアは豪華ながらも嫌味な華美さはなく、質素すぎず、ブラウンがメインカラーの玄関に調和していた。
すぐ奥には階段があるシャンデリアをぐるっと一周して上の階へとつながっていた。
「ただいまー。おばーちゃーん?」
すると奥からパタパタとスリッパを鳴らしながら綺麗な白髪のおばあさんが顔を出した。
「あらエリー、早いわね。その子は?お友達さん?」
「そうよ。岸宮由宇ちゃん。私の前の席。」
なぜかエリーは自慢げに私を紹介する。
すると、おばあさんは驚いたように私の手を取ってやがて嬉しそうに手を上下にブンブンとは思うった。
「貴女、由宇ちゃん?大きくなったこと。もうエリー、同じクラスになったなら言ってくれればよかったのに。」
なんか嬉しそうだ。
「今言ったじゃない。それに昨日初めて会ったけど自己紹介だってしてないもん。」
「あら貴女、由宇ちゃんとは初めましてじゃないわよ。」
「「そうだったの?」」
エリーと私は同時に聞いた。
「ええ、まああの時は夜中だったから二階から起きて来たエリーと会っただけよ。2人とも眠そうにしてたからね。覚えていないのも当たり前よ。」
私とエリーは顔を見合わせる。するとなぜかおかしくなって笑ってしまう。
「じゃあ、私のいい友達になれそうって言ったのは本当だったのね。」
エリーは言う。
「さあさあ、2人とも中に入って。おやつにしましょう。」
「もしかして、アレ?」
「そうよ。早く手を洗って来なさい。」
エリーは興奮気味に私を洗面所に引っ張っていく。
手を洗い、エリーに続いてリビングに入るとそこは落ち着いた部屋だった。前にも1度来ているが、やはり圧倒される。
「ねえ、由宇ちゃん!カステラだよ。」
エリーの方を見るとテーブルには2切れずつのカステラと湯気の立った紅茶のカップが並んでいた。
「さあ、食べなさい。」
そこで私は気付く。ーお母さんに電話しなきゃ。
席を立つとおばあさんは言う。
「あら、由宇ちゃんどうかしたの?」
「お母さんに電話していいですか?」
おばあさんはにっこり笑って言った。
「もちろん。お母さんに心配かけないようにね。」
電話を終え、席に戻るとエリーはこちらを覗いて来た。
「お母さん、なんて?」
「遊んで来てもいいって。5時ぐらいに迎えに来るみたい。」
「よかった。」
おばあさんのカステラは相変わらず美味しかった。私はこのカステラに迷子の過去を置きざりにしていた。
チャイムが鳴り、私は母が迎えに来たのだとわかった。母の声が聞こえる。
「...度々お世話になってありがとうございます。」
「いえいえ、そんなこと。エリーも友達ができてこちらこそありがたいぐらいです。」
話しているのは母とおばあさんのようだ。
私は玄関に行く。母はまたおばあさんに尋ねる。
「本当にご迷惑になってませんか?」
「由宇ちゃんはとても礼儀正しいいい子でしたよ。うちのエリーにも見習ってほしいわ。」
母は安堵の表情を見せ私に微笑んだ。
「お母さん。今日友達になった、エリーさん。ロンドンで生まれてからずっとこっちで暮らして来たんだって。」
「もう友達作って来たんだ。すごいね。」
母はエリーに向かって言う。
「エリーちゃん、由宇と友達になってくれてありがとう。これからも由宇をよろしくね。」
エリーは恥ずかしがりながら答える。
「私も由宇ちゃんが友達になってくれたのは本当に嬉しいです。」
母は思い出したように言った。
「もうこんな時間。すいません長々と。今日は本当にありがとうございました。」
「こちらこそ。由宇ちゃん、いつでもいらっしゃいね。」
私は頷く。
「じゃあねエリーさん。」
エリーは笑う。
「また明日、由宇ちゃん。」
クイナー家を出て、母は白いセダンのエンジンをかける。私はそれに乗り込む。
走り出すと母はホッとしたように息をつく。
「いや〜、由宇にお友達ができたなんて、安心したわ。貴女は本当に内気なもんだから、仲間はずれにされたりしないか心配だったのよ。」
母は言った。
エリーは私が友達と言える最初の人だった。