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夢を見る。  作者: 富井
8/21

中学に


中学は別々になるはずだった。


紫乃は勉強があまりだが、ピアノはかなりできるので、音楽を中心の学校へ。


俺は、勉強はできるほうだったから、理数系の学校へ。


しかも、全寮制の、中学から大学までの超難関を無謀にも受験しようとしていた。




その学校にどうしても行きたい訳ではなく、紫乃やこの家から解放されたいためだけで選んだ。


俺は、この状況から逃げる事しか考えてなかった。


けど、紫乃が俺と一緒じゃないと学校へ行かないと言い出したらしい。




「蒼史。なんとか考え直してくれないか。」


「いやだ。送り迎えは親がやればいいだろう。俺はもう俺の将来の事だけ考えさせてくれよ。」


「だけど、紫乃が蒼ちゃんと一緒じゃないと、って言うから・・・」


「言うからじゃない。自分の子供だろうナントカしろよ。俺は勉強を頑張っていい会社にはいりたいんだ。親が死んだら紫乃の面倒を見るのは俺だろう。お父さんが俺にそう言ったんじゃないか。」




「蒼ちゃんお願い・・・どうしてもしーちゃんをあの学校に入れてあげたいの・・・」


「うるさい!産んだのはおまえだろう。俺に押し付けるな。」




晩御飯の後は必ずと言ってこの話になり、俺はピリピリしていた。


ピアノの前に座らせれば、紫乃はおとなしい。


だけど、今度は親がうっとおしくて嫌になった。


普通の親なら、そんなすごい中学を受験するって言ったら頑張れって応援するだろう。


なのに、だいぶランクを落として紫乃と一緒に、って・・・あり得ない。




けれど、両親の言う通りになった。俺は受験に失敗した。




親も紫乃もすごく喜んだ。


俺は複雑だった。


頭にきたからグレてやった。


それでも紫乃の送り迎えはちゃんとやった。授業もちゃんと出て勉強もした。


喧嘩もやった。


今までのうさをすべて掃きだすように、毎晩、毎晩、ふらふらと外へ出ては、難癖をつけては人を傷つけ、自分も傷つき、町中逃げ回って・・・ばかな事を繰り返していた。




補導されても警察に来てくれるのは決まって担任の山中だった。


俺が補導されると、山中のいる教員室で放課後三時間補習させられた。


それも、紫乃が、ピアノ科の特別レッスンのある日に決まって補習の日に当ててきて、見え見えの仕組まれている感じがまた俺をイライラさせられた。


山中は数学の教師だが、俺の補習はなぜか絵を描く事だった。


スケッチブックと鉛筆を用意されて時にはリンゴを、時には山中を、時には庭の木を描かされた。


「数学の教師なんだから数学教えろよ。」


「君は点数はまあまあだから、数学は授業だけでいいだろう。」


「よくねえよ。もっと教えろよ。今がまあまあなら最高になるような事を教えろ。


高校で勉強することとか。」


「それは君からもらっている授業料では教えられない。」


「なんだよ、金かよ。」


「僕はサラリーマンだからね。」


「それにしても数学にしろよ。絵は嫌だ。」


「そうかな・・・君は絵が大好きなんじゃないのか?」


「嫌いだよ。一度も好きだなんて言ってねえよ。」


「君が数学のノートの端に描いたスケッチ。この間は校庭の木の絵だったね。あれを見ていると君がもっと描きたい、もっと描かせてくれと言っているように感じたんだけれど。」


「勝手なこと言うな。俺は描きたいなんて1ミリも思ったことはない。」


「そうか・・・まあいい、今日は何でもいい、好きなものを描きなさい。描かないなら明日も補修だ。」


仕方ない。俺は紫乃を描いた。少しづつ思い出しながら描いた。


「ほう・・・紫乃君か。」


「わかるのか。」


「わかる。なかなかだな。」


山中は少しうれしそうな顔をして、俺の絵の指導をしだした。


「だったらなんで美術科の教師にならなかったんだ。」


「僕にも若い時いろいろあったんだ。誰にでも人に言えない苦労の一つや二つはある。」


「教えてくれよ。」


「君が大人になったらな。今はこの絵を完成させなさい。」


この時は変わった先生だな、くらいにしか思っていなかった。自分自身もまだ、絵を描けという言葉の意味があまりわかっていなかった。俺はとにかく、補修が早く終わればいい、くらいにしか考えはなかった。


「夏休み、君は別に何もすることはないんだろう。」


「いや、ある。」


「ここへ来なさい。紫乃君もレッスンがあるんだろう。その日だけでもいい。」


「俺、勉強しないと。いい会社に入るんだ。」


「いい会社か・・・」


「ああ、紫乃のために給料がいい会社に入らないとダメなんだ。だから本当は塾に通いたいんだ。」


「ここへきて勉強すればいい。先生なら腐るほどいる。」


「数学教えろ。」


「夏休みに君が学校へ来るならね。絵も教えてやる。数学はおまけだ。必ず来いよ。」


前半はほぼ毎日くらい通った。朝も昼も、夕方までいた。どこでもよかったし、なんでもよかった。


相手にしてくれる人が一人でもいてくれれば。けれど後半から紫乃が母親の車で送り迎えされるようになったから、俺はいかなくなった。


そしてまた夜の街をふらふらするようになった。


あの母親に、


「蒼ちゃんもお勉強大変だから、しーちゃんのことはもういいわ」


と言われるたびに、なんだろう・・・なにかわからないけれど、自分の中の何かが足りないような変な気持ちになって、その変な気持ちを自分の中で処理しきれずにまた喧嘩に明け暮れた。

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