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夢を見る。  作者: 富井
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自転車

翌日も絶対に菓子を買いに行きたいと言うだろうから、電卓の使い方を教えた。


ガムテープで電卓に紐を付けて首から下げて連れて行った。


「いいか、欲しいものがあったらまず、コレで計算をして二百円より下なら大丈夫だ。


ここが2になったら終わりだから、買えないんだぞ。いいな。」




教えたけれど、心配でずっとそばについて、気が付いたら好きでもないのに、紫乃と同じものを買っていた。




今まで快適だった俺の夏休みのすべてがだいなしになった。




けれど次の日曜日、ばあちゃんが新しい自転車を持って来てくれることになった。




ずっと前からねだっていたけど、大きくなってからね、と買ってもらえなかった。




紫乃と一緒に住むようになってからの俺の苦労話しをばあちゃんに聞いてもらおうと電話をしたら、買ってくれることになった。




つまらない夏休みの最高のご褒美だった。




「お父さん、こんどの日曜日、ばあちゃんくるよ。」


「どうして。」


「自転車やっと買ってもらえるんだ。ずっと前から言っていただろ。やっとだよー」


「蒼史だけ買ってもらったら紫乃が可哀想だろ。」


「紫乃は俺の古いのに乗ればいいだろ。少し小さめだし、ちょうどいいじゃないか。」


「しーちゃんは、自転車は乗らないから、指を怪我すると困るでしょ。ピアノ弾けなくなるから。蒼ちゃんだけで遊んでね。」


「だったら、蒼史もやめなさい。」


「なんでだよ。なんで俺までやめないとダメなんだよ。ずっと前から欲しかったのを、やっと買ってもらえるんだぞ。」


「紫乃はどうするんだ。」


「ピアノ弾いてればいいだろ。俺はテレビもプールも諦めたんだぞ。自転車くらいいいだろう。」


「紫乃が一人になるだろう。」


「紫乃が、紫乃がって、俺はどうでもいいのかよ。」


「蒼史はお兄ちゃんなんだから、我慢しなさい。」


「嫌だ、自分たちが勝手に兄ちゃんにしたんだろう。


俺が毎日どれだけ我慢しているか知らないくせに。もういい。俺はもうばあちゃん家の子になる。」




服や勉強道具、ゲーム、パンツ。リュックに詰められるだけ詰めて家を出ようとした。




俺がリュックに詰めている間も、紫乃は俺の隣でずっと泣いていた。




階段を駆け下りて、自転車に乗って出ようとしているのに、紫乃が俺の腕を掴んではなさなかった。




「離せ、おまえが悪いんだぞ。」


「いや。蒼ちゃん行かないで。」


俺は紫乃の手を引き離して出発した。




紫乃は真っ暗な道を、大声で俺の名前を呼びながら追いかけて来た。




「くるな、帰れ。」


たまに止まって、振り返っては紫乃に向って叫んだ。




なるべく早く、追いかけてもこれないようなスピードで走っていたらいつか諦めるだろうと思っていたけど、紫乃の声は小さくはなったけど、いつまでも聞こえていた。




「くるな、帰れよ。ついてくるな。」


結局、俺は街灯の下で紫乃を待っていた。




ほんとうは声なんて聞こえてなかったかもしれない。


俺が誰かに止めて欲しかったから俺の気持ちが幻聴を聞いていたのかもしれない。


走っているのか歩いているのかわからないような感じの紫乃が俺に追いついたのは、俺が泣くのをやめて、3~4回くらい鼻をかんだあとくらいだった。




「蒼ちゃん、待って・・・」




紫乃は汗と涙と鼻水で顔がビチャビチャだった。


「待ってじゃないよ。遅いよ。」


「ごめん。途中でわからなくなって・・・帰ろうよ。」


「嫌だ。俺は帰らない。」


「蒼ちゃんがばあちゃんのところ行くなら、僕も行きたい。」


「ばあちゃんの家にはピアノないぞ。」


紫乃はハンドルを握る俺の手を掴んで俯いたまま動かない。


「家までの道わかるだろう。じゃあな。」


俺は自転車のペダルに足をかけた。


「待って、僕も行く。蒼ちゃんと一緒がいい。


ピアノなくても我慢する。一緒に行く。」




「遠いぞ。」


暗い道を、俺は自転車を引いて、紫乃はハンドルを持つ俺の手を掴んで歩いた。




途中で紫乃が、足が痛いといいだして、自転車の後ろに乗せて引いた。


ばあちゃんの家までは、自転車で頑張れば二十分くらいでいける距離だ。




けど、歩きだったから、1時間近くかかったと思う。




途中で紫乃が歌を歌いだして、俺もそれに合わせて歌って、何に怒って飛び出して来たのか忘れてしまっていた。





ばあちゃんの家は天国だ。




じいちゃんと僕ら二人がゆったり入れる風呂。




出たらスイカを食べながらの花火。




大きな和室に布団を敷いてもらってゴロゴロしながらテレビ。




何をしているときも紫乃はずっと大好きだと言っていたピアノの曲を口ずさんでいた。


「ピアノ弾きたいのか。」




俺は布団に転がってテレビを見ているとき思わず口に出た。




紫乃がメロディを口ずさみながら、枕でピアノを弾く練習をしていたからだ。




「うん・・・」


「じゃあ、明日帰れよ。」


「蒼ちゃんは?」


「俺はここにいる。快適だろ、ここ。だから帰らない。」


「じゃあ僕もいる。」


「おまえピアノ練習しないと手がこうなっちゃうんじゃないのか?」


俺は紫乃が前にやっていたみたいに、手をグーのちょっと開いたのをやってみせた。そうしたら、泣きべそをかいて、手を布団の中にしまった。


「でも、蒼ちゃんと一緒じゃないと帰らない。」


「知らないからな。俺は。」


電気を消して、紫乃に背中を向けてタオルケットを被った。紫乃は初めての広い部屋で寝むれない様子で俺の背中にしがみついた。


「あついって、離れろよ。」


何回かそう言ったと思うけれど結局朝まで、背中にくっついたまま眠っていた。


次の日、朝起きてからずっと、何度も手を見ながら開いたり閉じたりを繰り返していた。


顔を洗う時も、ご飯の時もずっと。あんまり何度も繰り返すから


「ピアノ、弾きたいんだろ。」


そう、紫乃に確認した。ゆっくりとうなづいてまた泣きそうになるから


「わかった。朝ごはん食べたら帰ろう。」


そういうと、すごくうれしそうな顔をして、朝ごはんもいっぱい食べた。


ばあちゃんはとても残念がっていたけれど、俺は紫乃を連れて家に帰った。


そんな感じで、俺の夏休みは終わった。


後半はつまらない夏休みだった。

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