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夢を見る。  作者: 富井
2/21

紫乃

「蒼史、改めて紹介するよ。新しいお母さんの美穂さんだよ。


そして、紫乃くんだ。紫乃くんは、蒼史と同じ歳だから、新学期が始まったら一緒に学校へ行くんだぞ。ちゃんと面倒を見てあげてくれな。」




そんな感じのことを言われたような気がするが、俺は買ってもらったばかりのゲームで遊んでいて、あまり聞いてなかった。


いや、無視していた。レストランには、じいちゃんとばあちゃんも来ていたから、俺は何をやっても絶対怒られないとわかっていた。


出されたものの中ですきなものしか食べなかったし、ゲームもやめなかった。


紫乃が横からのぞいて来たけれど、背中を向けて見せないようにしてイジワルをした。


少しだけ貸してあげてと何度も言われたけど、無視した。


ばあちゃんが、ゲームのソフトを今度買ってあげるからって言われて、仕方なく俺がアイスを食っている時だけ貸してやった。


でも食い終わったらすぐ取り上げた。


あいつは泣きべそをかいて自分の母親の腕にしがみついていた。




でもそんなことは知らない。コレは俺が買ってもらったものだ。


分け合うなんて、絶対にしない。


だいたい、今日プールに行くまで一人だったのに、プールから帰って来たらカーテンもじゅうたんも部屋中全部変えられて、新しいお母さん、弟までって言われて納得できる訳がない。1時間チョッとでいろいろ変わりすぎだ。




だいたい三日違い、俺の誕生日がたった三日早いだけでお兄ちゃんとか・・・


お兄ちゃんだから貸してあげてとか・・・絶対無理。




俺はレストランで、じいちゃんとばあちゃん以外の誰とも口を聞かなかった。





家に帰ってきても風呂にもはいらず自分の部屋に閉じこもってゲームをしていた。


そしたら、父親があいつを俺の部屋に連れて来た。


色がすごく白くて細くて前髪がそろったおかっぱみたいな髪型で、小さくて女みたいだと思った。父親に手をつながれて俺の部屋にやって来た。




「今日からしばらく二人は一緒の部屋だよ。


蒼史はお兄ちゃんなんだから、今日は紫乃くんにベッドを貸してあげて下で寝てあげなさい。」




「ヤダ。」




今日、こいつと会ってからの短い時間に、何度「お兄ちゃんだから」と言われた事か。


知らねえ、無視してやると思ったけど、細くて真っ白なこいつが爪を噛みながら、俺の父親の後ろに隠れてちらちらと伺っているのを見ると、俺がどうしようもない悪者みたいに思えたから、ベッドを貸してやった。




すなおに貸してやったら父親がものすごく喜んで少しムカついた。


「明日は二段ベッドが届くからな。」


父親はそう言って、ニコニコして二人の頭を撫でた。


撫でられたことでこいつが嬉しそうにしていたのでまたムカついた。


「俺は下だからな。」


そういうと紫乃とかいう奴は、にっこり笑って俺のベッドに入って来た。


俺は床に転がって、タオルケットだけかけてという粗末な扱いだった。


そのあと布団の中でずっとゲームをしていた。


紫乃とかいう奴はベッドの上からゲームをのぞいていたから、タオルケットを頭から被って隠してやった。紫乃はタオルケットをめくってのぞいてきたから、あいつの手を振りほどいて、もう一度しっかりとかぶり直してその中でゲームをした。


それを四~五回繰り返すと、すすり泣く音が聞こえたから、仕方なく貸してやった。




そっとベッドに乗せてやると、ほんとに小さな声で「ありがとう」と言った。




鈴虫みたいな声だった。




次の日、ピアノの音色で起きた。何を弾いているか曲名はさっぱりわからないけど、俺にでもはっきりわかるほど上手だった。


あの女が弾いているのかと思ったら、紫乃が弾いていた。


あんまりにもうまくて憎たらしいから、隣でテレビを大音量で見てやった。


紫乃はピアノをやめて、膝でピアノを弾く振りをしていた。


たぶん、俺がテレビを消すのを待っていたんだと思う。




しばらくたって


「お母さんが、テレビは1時間しか見てはいけませんて言っていたよ。」


「うるさい。」


「お母さんがね。お昼ごはんまでは、ちゃんとレッスンしなさいねって。」


「知らねえよ。」


「レッスンをちゃんとしないと僕の指は固まっちゃうんだ。こんなふうに・・・」


紫乃は手をグーかチョッと開いた感じにして見せた。俺はなぜか、これは大変だと思った。


もし、それか本当でこいつがそんな手になったら、一生「お兄ちゃんなのに」とか、「お兄ちゃんだから」とか言われ続ける…と思って慌ててテレビを消した。


「ありがとう。」


「俺も、今、勉強しようと思ったからな。」


ありがとうと言われるとなんだか負けた気がしてついそんなことを言って強がってみた。


それが、あいつと初めて交わした会話だった。


俺はあいつのピアノを聴きながら勉強をチョッとした。


約束のトイレ掃除と風呂掃除をしようと立ち上がると紫乃もピアノをやめて立ち上がった。


一瞬顔を見合わせた。




「どこ行くの?」




「トイレと風呂の掃除。お父さんと約束なんだ。毎日するって。


おまえトイレ行きたいなら先に行ってこいよ。」


「僕いい。」


「ならピアノ弾いてろよ。」


俺は鼻唄混じりでトイレ掃除をはじめた。


トイレと風呂掃除は父親との約束で毎日欠かさずやるという条件で、二百円の小遣いをもらう。




風呂掃除も教わって、洗面所で手を洗っていたら、俺のプールのタオルと海パンの入った袋がそのまま置いてあった。




「クッソ、洗ってねえじゃんか。ほかの洗濯はやってるのになんでこれだけ洗ってないんだよ。」


俺は慌てて海パンとタオルと袋を干した。


けど、プールの時間まであと1時間半くらいで乾くとは思えなかった。


どうせ濡れるとはいえ半乾きの海パンは気持ち悪いし、湿ったタオルは臭い。


「最悪だ・・・」


あの女の印象はどんどん悪くなって行った。


「どうしたの?」


「どうもしてねえよ。」


俺は海パンのことしか考えてなかった。


みたい番組があったのにテレビもみられないし、イライラしていた。紫乃が昼ごはんをテーブルに乗せて、俺を呼びに来た。俺は物干し竿の下でタオルを何度も触って確認していた。


「おいしいね。お母さんが作ったよ。


蒼ちゃんは何が好き?何が食べたい?明日のお昼。夜ごはんでもいいけど。」


俺はあのとき、とても怒っていたから、ご飯をさっさと食べて片付けもせずに、紫乃を無視して学校のプールへ行く準備を始めた。


海パンはまあまあなんとかなりそうだったが、タオルは最悪だったけど、替えがなかったから諦めてそれを袋に入れた。電話の横には四百円置いてあった。


俺はそれを全部持って玄関に向かった。




「どこ行くの?今日はお母さん、三時まで帰らないから、それまでは蒼ちゃんといなさいねって。」


「知らねえよ。聞いてねえし。」


「どこ行くの?お母さんが今日は蒼ちゃんと一緒にいなさいねって。」


「いやだよ。俺はプールに行く。」


「ダメだよ。一緒にいないと。」


「なんでだよ。おまえはピアノ弾いてればいいだろ。俺はここにいてもテレビも見られないんだ。だから、プールへ行く。」


家を出た。紫乃は俺のあとをついて来た。


それでも無視して歩き続けた。


いい加減頭に来て、


「帰れ。ピアノ弾いてればいいだろ。」


振り返ってそう三回くらいは言ったと思う。




でも学校までついて来た。


俺はプールで楽しく泳いだ。退屈な夏休みの、唯一の喜びだった。


一人ぼっちで過ごす唯一の息抜きだった。


少しくらいの雨でも休まず行った。


まあ、雨だと学校の方で中止にしてしまうことがたびたびあったけど、とりあえず行くだけは行ってみる。それくらい楽しみにしていた。


学校の友達はみんな、塾や習い事で遊べる奴は一人もいない。


学校以外の友達はテレビだけ・・・それも昨日からは少しずつ俺から遠い存在になりつつある。




プールの休憩時間、プールサイドで座っていると気のせいか、俺を呼ぶ声がした。俺はその声を探した。


「蒼ちゃん。蒼ちゃん。」


プール下に紫乃がいた。


「なんだよ。ついてくるなって言っただろう。帰れ。」


「だって、お母さんが、蒼ちゃんと一緒にいなさいって。」


「うるさい。バカ。」


休憩時間が終わったらまたプールで泳ぎ、今度の休憩は反対側のプールサイドに上がった。




プールから出て学校を帰るとき、紫乃はプールの下のところで寝ていた。




と、子供の俺は思ったが、本当は倒れていたんだ。


「おい…おいって…。起きろよ。」


俺は何度も起こしてみたけれど、起きなかった。


「眠いなら、家で寝てろよ、なんで来たんだよ、めんどくさいなぁ・・・」


プールの袋をぶつけてみたり、足で軽く蹴ってみたり、木の枝で叩いたり。


最後は結構強めに揺すってみた。でも起きなかった。


ひたいにいっぱいの汗の粒で、真っ赤な顔をしているのを見てとても怖くなってきて、おぶって帰ることにした。




びっくりするほど軽かった。同じ年とは思えなかった。


お菓子もパンもアイスも諦めて紫乃をおんぶして家に向かった。


「ごめんね・・・。」


小さな声が耳元で聞こえた。背中が紫乃の汗でぐっしょり濡れた。


「なんであんなところで寝るんだよ。眠いならついてくるなって。」


まったく、世話がやける。




背中に乗せた時は軽かったけど、長く歩いていると手はしびれてくるし脚も痛い。


途中、何度か落としてやろうと思ったけど、落とせなかった。


俺もふらふらになりながら家に戻ると、家の前にあの女が心配そうに立っていた。




待っていたのは俺じゃない。


紫乃だ。駆け寄って来て、紫乃を抱えて家の中に飛び込んだ。


そのままどこかに電話をして、紫乃と一緒に車で出かけた。




やった、テレビが見られる・・・その程度にしか思っていなかった。


それからの時間は当然テレビを見てお菓子を食べて、勉強もチョッとやってゴロゴロした。


海パンとタオルも自分で洗って干した。

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