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夢を見る。  作者: 富井
10/21

進学

「大井蒼史君。君は美術科志望かな。」


三年の担任もまた山中だった。進路指導の日、親は来なかった。


「いえ、理数系でお願いします。全寮制でできれば大学までの。


そしてここからできるだけ遠いところがいいです。」


「また君は・・・絵がこんなに上手いのに美術科には行かないのか?」


俺は数学や国語、どの教科のノートにも勉強に飽きるとところかまわず紫乃のスケッチを描くことが癖になっていた。


「上手くても絵では食って行けませんから。俺、兄ちゃんなんで、弟食わして行かないとダメなんです。」


「あ、音楽科の紫乃君だったね。そうだね。」


「先生、知っているんでしょ?障害のこと。あいつたぶん、ピアノ以外なんもできないですよ。茶碗を並べることはできても茶碗を洗うことはできない。道も覚えない。勉強だってあんまり。だから就職も・・・」


「それで我慢して諦めるのかい。」


「諦める訳ではないです。お兄ちゃんなのに、って言われたくないだけです。」


「そうですか。まあ、君は成績もいいからいけるんじゃないかな。

希望通りの学校に。だけど、ココの学校にいる間にまた絵を描いてみませんか?」


「嫌です。塾がありますから。」


「毎日ではないでしょう。余った時間、僕のところへ来て絵を描きなさい。

君もさんざん僕に迷惑をかけて来たのだから、もう少しくらい付き合ってくれてもいいでしょう。」


そう言われると俺は一言もなかった。


何度か補導される度に迎えに来てくれたのはこの先生だけだったから、絵くらいは描いたってどうって事なかったけど、それをする事にあまり意味を感じていなかった。


でも、ことわる理由が結局見つからず、塾のない日は残る事になった。


先生はいい人だが、とくに会話をする話題も見つからず、ただひたすら描いた。


先生も、自分の仕事をしながら、極たまに、ここはこうするといいとか、エンピツはこうもてとか、そんな感じに指導してきた。


出来上がるとその絵をくれというので置いて来た。


それからも、卒業するまで何度も誘われたが、もう行かなかった。




絵は、何かのコンテストに出したらしい。


そして、賞を取ったと山中から電話をもらったが、興味がなかったから取りに行くこともしなかった。


高校は晴れて全寮制に入れた。ひたすら勉強した。


これでもかと言うほど本を読んだ。


それでも何か退屈でつい紫乃のスケッチを描いたりしていた。



「蒼って絵うまいな。」


寮で同じ部屋の大谷隆(おおたにたかし)が言った。


「そんなことない。」


俺はノートを隠した。


「蒼は夏休み家に帰るんだろ。」


「帰らない。」


「帰らないじゃない。帰らないとダメなんだって。」


「なんで?俺はここで勉強しているよ。帰りたくないんだ。」


「たまには息抜きしろよ。俺んちに来てもいいよ。」


「いいよ。迷惑だし。」


「いくところないならこいよ。弟達がうるさいけどな。」


「弟いるのか。」


「うん。二人。蒼にもいるんだろ。」


「うん。1人ね。」


「子どものころは喧嘩ばかりしてきたけど、可愛いよな、弟って。

頑張って、って言われると、なんか気持ちが上がってくるっていうか、頑張ろうっていう気持ちになれるよな。」


俺はならない。


こいつの面倒を死ぬまで見るのかと思うと胸が張り裂けそうだった。


なのに、なぜだか何しているだろうとか、病気してないだろうかとか、いつも考えてしまう。


一人になれて、しかも憧れの寮生活であいつとも離れられたのに・・・第一あいつは俺がこんなに想っていたとしても、平然とピアノを弾いているに違いない。


ピアノの前にさえいられれば、まわりがどうなっていようと関係ない、俺が居ようが居まいが関係ないのだから。


「やっぱり俺はここにいるよ。」


「ダメだって。学校の清掃をするから少なくともお盆が過ぎるまでは全員退室と言われていただろ。帰りたくないなら俺の家に来いって。」


先のことはあまり考えてはいなかったけれど、とりあえず、隆の家に寄らせてもらった。


弟達が駅まで迎えに来ていて、隆の荷物を奪い合ながら持ち、隆が家に帰ってきたことをとても歓迎しているようだった。


家族も仲が良さそうで、ごはんも大きなテーブルでみんなワイワイ言いながら食べた。


「やかましいでしょ。ごめんね。」


隆の母親が山ほどの唐揚げをテーブルに並べながら言った。


「いいえ。とても楽しくていですね。」


「それだけだよ。でも・・・それが一番だな。」


男3人兄弟の長男で、二人の弟からも、父親も母親もみんなが隆の存在を尊重し信頼しあっていた。


隆がとても楽しそうで、うらやましくて、俺の居場所が無い感じがして、帰った。


「やかましくてごめんな。」


陸は俺を近くの駅まで送ってくれた。途中で帰る気まずさもあったけれど、やっぱり俺がいては心からの家族団らんができないような気がして、隆にというより、隆の弟たちに悪いような気がしていた。


「違うよ。俺も弟に会いたくなったんだ。きっと待っていてくれると思うんだ。」


「待っているよ。絶対。」


だといいけど・・・そんなひねくれた気持ちで家に帰った。

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