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夢を見る。  作者: 富井
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蒼史



雨だった。だから、バイトを休んだ。




携帯のアラームが鳴って、一度は起きた。


カーテンを半分開けて・・・また枕を抱えて布団に潜り込んだ。


俺はダメな奴だ。


わかっている。


でも昔からこうだった訳じゃない。


子供の頃は頭もいいほうだったし、スポーツもできた。


結構いい大学にもはいった。一流と言われている会社にも、一度は入社した。


けど、みんな昔の話だ。


今の俺を見たら、そんなのは嘘にしか聞こえない。


もうじき俺の二十四歳の誕生日。だが、祝ってくれる者もない。


夢も希望も守るものも、生きてゆく意味すらもなくなってしまった。


俺は今まで、いったい、なにを思い大人になって来たのか、あったはずの灯を途中で見失ってしまった。冷蔵庫の中には、水すら入っていない。


今月は家賃も払えないかもしれない。もう消えてなくなりたい。


この人生を終わりにして、もう一度新しくやり直したい。


あいつのいない人生を・・・






大井蒼史(おおいあおし)  晴れ上がった空のように明るく、自由で活発に、広い心を持った子に育つようにと母親が付けた。




あいつがうちにやって来るまでは、少なくともそう生きていた。


小四の夏だった。


あの夏、俺の人生が、ガラッと変わってしまった。


 


 ある日、家に帰ったら、見たこともない女が台所で食事を作っていた。


「お母さんは?」


 と聞くと、


「いやだ・・・蒼くん、おかえりなさい。」


 慌ててエプロンを外しながらそう言った。




真昼に夢でも見ているのかと思った。


異様に暑い日で、学校のプールから帰ったばかりということもあって、たぶん疲れたんだ、寝て起きたらすべて元通りになるんだと思い、ソファーに横になって、その女が急いで帰り仕度をしているのをうとうとしながら見ていた。


その女の影で、細い糸のような子供が俺を見ていた。


歳は俺とそんなにはかわらない。


けど、上着を着せてもらって・・・手を引かれて帰って行った。


俺に向かって手を振ったような気がしたから、俺も振り返した。




全部夢だ・・・・




夕方起きた時には、誰も居なかった。やっぱりあれは夢だったんだ、そう思い込んだ。


テーブルの上に食事が用意されていて、テレビを見ながら一人で食事をした。


俺の親は仕事をしていたから、もっと小さいときからこんなことはしょっちゅうで、寂しくもなんともなかった。


逆に、ベタベタ構われるほうが、うっとおしくて嫌いだ。


テレビを見たいだけ見て、風呂に入ってまたテレビを見て、見ながら寝ていくといった感じが好きだった。




当然、その日もそうした。


ソファーに毛布を掛けてテレビをつけっぱなしにして朝まで、朝にはテレビは消えている。たぶん、お母さんかお父さんが消してくれるのだと思う。


夏休みで遅い時間に起きると、家にはまた一人の時間が待っている。


だから、ずっとテレビを見ていた。


歯を磨く時も、勉強もテレビを見ながらやる。


昼ごはんもテレビの前。昼ごはんを食べたら学校のプールに行く。


いつも電話の横に二百円お父さんが置いていてくれるから、それを持って行く。


帰りにお菓子かパン。アイスを買って帰って、またテレビ。




可哀想っていう人もいるけれど、子供からすれば相当快適だった。





でもその日はちょっと違った。




帰ってきたら、テレビが無くなっていた。


 カーペットもカーテンも変わっていて、端っこの方にあった本のはいった棚とか、ソファーもみんな無くなっていて、部屋の真ん中にバカでかいピアノがあった。




「嘘だろう・・・・」




 俺は、一瞬惘然としたけど、すぐ取り直してテレビを探した。


「蒼ちゃんお帰り。」


 また、あの知らない女がいた。


「お帰りじゃなくて、テレビどこやったんだよ。」


「テレビ?あ、倉庫にいれたわ。明日ゴミを取りに来てくれるわ。」


「ゴミじゃない。」


俺はプールの袋を女に投げつけて、倉庫にテレビを取りに行った。


ずっと前から好きじゃなかったけれど、その事があって、あの女の印象は最悪だった。


そんなに大きなテレビじゃなかったけど、子供の時の俺にはとても重かった。


一人で運んだ。


元あったところまで。本当はソファーも持って来たかった。


カーテンだって、じゅうたんだって端っこの方にあった本のはいった棚だって、そのままでよかったんだ。俺はそれが好きだった。


「なんで変えちゃうんだ。」


テレビが元あった場所に置くと、俺はバカでかいピアノの下に寝転がって見なければいけなくなった。それでも、テレビのアンテナの差し込み口がそこしかなかったから仕方ない。




俺は、その日どうしても五時から見なければならない漫画があった。だから必死だった。


「蒼ちゃん、そこはお母さんとしーちゃんのピアノの部屋になったの。


テレビのお部屋はお父さんとまた話して・・・決めてもらうから・・・ね。


今日はみんなで一緒にお出かけするのよ。」




「うるさい。行きたいならかってにいけよ。俺はいかない。」


「蒼ちゃん。」


「ちゃんづけにするな。第一、お前誰だ。」


「蒼史。」




 早く帰って来た父親が、いきなり俺を殴った。




ただいまを言う前に。




俺はその時初めて父親に殴られた。


俺の体は頃がって、窓のところで止まった。


「蒼史、お前の新しいお母さんだ。」


「なんだよ。新しいって。俺のお母さんはお前じゃない。古くてもいいから返せよ。


 カーテンもカーペットも全部。母さんと一緒に。」


「蒼史、お母さんは二年前、死んだだろ。」


「なんだよ、死んだって。昨日だって、母さんの作ったオムライス食べた。」


「昨日オムライスを作ったのは、美穂さんだ。」




俺は階段を駆け上がって、自分の布団に潜り込んだ。


母親が死んだ事なんて、知っている。父親があの美穂とかいう女とだいぶ前から付き合っていた事も知っていた。晩御飯だって、たまにその女が作りに来ていた事もなんとなくわかっていた。




けど、気が付いていないふりをしていた。母親が死んだのは二年生のちょうど今時分・・・交通事故だった。


いってらっしゃいは言ったけれど、お帰りなさいは言ってない。だから俺は認めなかった。それに、そうしているとみんなが俺を憐れんで、俺はわがまま放題でいられる。そんなずるいところもあった。


 母親が死んでしばらくは電話の横に二百円のほかに千円置いてあった。




それを持って、スーパーで弁当を買って晩御飯を一人で食べた。


 一人が寂しくてテレビを大音量で流しながら見た。


ずっと眠るまでつけっぱなし。


 遅く帰ってきた父親がテレビを消す。


 それからしばらくたって千円が置いていない日、いや、置いていない曜日ができた。あの女がごはんを運んでくる曜日だ。スーパーの弁当よりおいしい。


 あったかいし。だけど、認めたくなかった。おいしいと言ってしまったら、母さんに悪いような気がして、俺はそのあったかいごはんは母さんが作ってくれたんだと思うことにした。


 そしてその日はテレビを消して母さんの写真を見ながら今日あった事を話しながら食べた。


 父親が帰ってきて「おいしかっただろ」と言っても無視したり、憎まれ口を叩いた。もう何を言ったか覚えていないけど。


「蒼史、今日はごはんを食べに行こう。」


「いかない。」


「今日はどうしても蒼史に会ってもらいたい人がいる。一緒に行こう。」


「ヤダ。いかない。」


 散散、ダダを捏ねたけど、ゲームを買ってあげると言われてあっさりとついて行った。テレビもあの部屋においていい、ソファーももう少し小さいのを買ってあげると車の中で言わせた。俺の力ではあのバカでかいピアノをどうすることもできないが、いつか必ず、元の部屋に戻すと決めていた。

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