この世に必要ないもの
横田沢翼、夏休みは部活と宿題に明け暮れた中学1年生。翼は見た目からか、「宿題は手伝って終わらせるタイプ」と周囲から言われるが、意外に勉強は不得意ではないため、ほとんどは自分一人で片づけた。苦手な教科の一つ・数学は、理系学部に通う兄に教えてもらいながら、問題を解いた。それが、夏休み最後の土曜日。
翌日曜日。翼は夏休み最後の日と題して、兄と県南の方へドライブに行った。大学1年生の兄は、授業の合間に自動車学校に通い、免許を取得した。取得してから、2か月経ってないものの、兄は慣れた手付きで運転している。助手席に座る翼は、怖いのかドアの上の方にある取っ手を掴むことが多い。ちなみに、兄曰くその取っ手は‘グリップ’と言うらしい。
兄は、車を運転するときは、ラジオをつける場合が多い。この日も、車に乗るやすぐにラジオをつけた。
『今日のクイズゲストは、女性同士ということで、9割の女性から支持される曲を作ることを信条にしている仙田市在住のシンガーソングライター‘PIMO’さんです。本日はよろしくお願いいたします』
『こちらこそお願いいたします』
この番組は、毎回宮城にゆかりのある人をゲストとして招き、自身に関するクイズを出題。リスナーは答えが分かって時点で、メールかファックスで回答を送る。正解すれば、番組特性のクオカードがもらえる。翼も1回だけメールを送ったことがあるが、回答が外れていたので何ももらえなかった。
『では、PIMOさんからクイズを出題してもらいます』
『はい、では、私PIMOがこの世で1番必要ないと思っているものがあります。それは、何でしょうか?』
翼は考えた。この世で必要がないもの。宿題。掃除。他にもたくさんあるけど、パッと思いつかない。
途中、ヒントを出しながら、番組は進んでいき、答えが発表された。この答えが翼には意外だった。
「意外だったよね」
「そうか」
兄が冷めた口調で言った。
「俺は意外だったけど…」
「人によって、必要か必要ないか違うからな」
「そういうものなのか…あっ」
もうすぐ、家に着こうとしたとき、あることを思いついた。
「翼、どうかしたのか?」
「いや、何でもないよ」
翼は、我ながらナイスなことを思いついた、とニヤニヤしながら心の中で思った。
翌日。この日から2学期が始まる。
「おはよー」
翼は教室に入るなり、大声で挨拶した。
「おはよう」
「夏休み、どうだった?」
「部活に明け暮れていたよ」
翼はクラスメートとある程度やり取りをしてから、一人本を読んでいる人物の元へ行った。
「おはよー、杜都」
「おはよう、翼君」
天王寺杜都は、顔を上げて挨拶をした。
杜都とは、翼が万引き犯ではないと証明して以降、二人で遊んだり、互いの家を行き来するような仲になった。1回だけ、杜都のマンションに泊まったこともあり、国立大学に通う姉と(家賃が高そうな)マンションで二人暮らしていること、その姉と翼の兄が同じ学年で同じ理学部ということが分かった。兄曰く、杜都の姉とはそれなりに喋る中だと言う。
「夏休みは、どこかに行った?」
「お墓参りも兼ねて、東京へ」
杜都は仙田に引っ越してくる前は、東京に住んでいた。
「俺は、兄ちゃんとドライブに行ったぐらいかな。ところで、PIMOって知ってる?」
「唐突に話題を切り替えたね」
翼はPIMOがどういう人物か簡単に説明する。
「その人がどうかしたの?」
「昨日、ラジオ番組に出て、クイズを出題してたんだよ。では、突然ですが、杜都に問題です。PIMOさんがこの世で1番必要がないと思っているものは何でしょうか?」
「本当に、突然だね」
杜都が呆れ気味に言った。
「いやぁ、ラジオで聞いたとき、杜都に分かるかなと思って」
「いじめ。差別。貧困。体罰…」
「…何、言ってんだ」
「僕が思う不必要なもの。この中から挙げていけば、正解するんじゃないかと思って」
「違う、違う、違う」
翼が止める。
「必要ないものだけど、答えはそういうのじゃないんだよ。物なんだよ、物。この机や本みらいに触れる物だよ」
「…ヒントもなしに、分かるわけがないだろう」
「そう言うと思ったよ」
翼は不適な笑みを浮かべる。
「これから、俺がヒントを言うから、分かった時点で答えてな。ただし、回答出来るのは1回だけだぞ」
「クイズ番組みたいだね」
「そりゃ、そうだろ。昨日聞いたクイズ番組を参考にしてんだから。じゃあ、第1ヒント。使う場面は限られています」
「…だいたいの物って、使う場面が限られているような気がするけど…」
「ヒントに文句を言うなっつーの」
杜都は考え込む。
「使う場面が限られている…どんな場面?」
「それを言えないなぁ」
ニヤニヤする翼。
「それを言えば、分かる物…次のヒントは?」
「教えてほしい?ん、ん、ん?」
「…答える義理もない問題だからね」
杜都はそう言うと、本の続きを読み始めた。焦る翼。
「ちょい、ちょい、ちょい。人がせっかく問題を作ったんだから、解いてけって」
「…クイズ番組で放送された問題だろ。翼は何もしてないじゃないか」
「いや、だからな、問題はそうだけど、ヒントは自分で考えたんだよ。問題に答えてくれ」
杜都は、しょうがないなあ、という表情で再び顔を上げた。
「で、ヒントは?」
「第2ヒントは、日本人ならほぼ毎日使う物」
「ほぼ?」
「使わない日もあるけど、俺は毎日使う。杜都もたぶんだけど、毎日使うかな。前に、杜都の家に泊まりに行ったとき、それを使っていたからな」
「家にあるものなんだ」
翼は思わず「しまった!」という表情をしてしまった。
「図星みたいだね」
杜都に指摘され、翼はさっきの発言を後悔した。何でいつも余計なことを言っちまったんだよ。俺はバカなのか。
「家にあるものか…形とか言える?」
「そんなん言ったら、分かるわ!」
強い口調で返す翼。
「形から分かるもの…翼君が家に遊びにきたとき、何したんだっけか…アクションゲームをしたり、テレビでイーグルスの試合を見たり、二人でから揚げを作って食べたり、ベランダに出て星を眺めたり、一緒にお風呂に入ったり、あとは、一緒のベッドで寝たぐらいか…その中で不必要な物といえば…」
どうやら、杜都は翼が泊まりに来た日のことを思い出し、答えを見つけるようだ。
ヤバイなぁ…。翼は自分の表情がだんだん曇ってきてるのが分かった。
その時、朝のホームルームのチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
「杜都、この問題の続きは後日な」
翼は杜都に告げて、席に戻った。
助かった。これで、杜都の頭の中が一旦リセットされたはず。出来れば、あの発言も忘れてほしい。
翼は心の中で願った。
この日は、始業式ということで給食なしの午前授業だった。翼が家に帰り、昼飯を食べていると、杜都からメールが届いた。
『午後は暇?』
予定がないので、暇であるということを返信した。すぐに、メールが来た。
『朝の問題について分かったことがある。
家に来て欲しい』
翼は焦った。問題の答えが分かったのだろうか。いや、だとしたら、メールの文面も『問題の答えが分かった』と書くだろう。気になるのは、家に来て欲しいということ。何があるのだろうか。
翼は急いで、杜都の家に行く。
着いてから、家中に物が置いてあることに気づく。
「物が散らかってるね」
「翼君が泊まりに来た日に使用した物を置いているんだよ」
「えっ?!」
確かに、リビングにはゲーム機が、キッチンには調理道具、他に置いてある物の、翼が泊まりに来た日に関する物ばかりだ。
「大した問題じゃないし、無理にやらなくても…」
「翼君が来てから、アクションゲームをしたけど…」
翼が言ったことを無視し、杜都は話しを進める。
「僕はたまにしかゲームをしないから、少なくてもゲーム機じゃない」
杜都はゲーム機を仕舞う。
「星を眺めたり、テレビでの野球観戦はそもそも物じゃないから除外。
二人でから揚げを作ったけど、僕も翼も料理をあまりしないから、毎日使用してるに当てはまらない。」
調理道具を片付け、お風呂場へ向かう。
「お風呂は迷った。使用する場面が限られているし、毎日入るから毎日使う物もある。けど、PIMOさんは9割の女性から支持される曲作りを信条としてるんだよね。だとしたら、お風呂にある物で必要ない物はないと思うんだよね」
最後は、杜都の部屋。
「ベッドも迷ったんだ。寝るときしか使用しないし、毎日使う。でも、翼くんがヒント言ってよね。日本人ならほぼ毎日使用するって」
「うん」
「だとしたら、布団で寝る人もいるし、ベッドは違うのかなって」
翼はまだドキドキしている。
「で、答えは?」
答えを促す翼。杜都は再度、キッチンへ向かった。
「僕たち、から揚げを作って食べたよね。その時、使ったじゃん。使う場面が限られていて、僕も杜都も毎日使用する物」
杜都はここである物を取り出しニヤリと笑った。
「PIMOさんがこの世で1番必要ないと思っている物はこれだ」
杜都の手には、箸があった。
翼が悔しそうに呟いた。
「正解。あ~~、悔しすぎる」
「次は、もっと難しい問題を考えてよね」
「問題を作ったのは俺じゃないって…」
「ヒントで、日本人ならほぼ毎日使用って言ってたけど、箸を使用しない家庭もあると思うよ」
「いちいち、細かいなぁ…でも、指摘してくれてサンキュ。次、問題を作る際、参考にするわ」
「問題じゃなくて、ヒントでしょ」
「あぁ、あぁ、ホントお前は細かいな」
「昨日、お姉ちゃんがクッキー買ってきたんだけど食べる?」
「食べる。ある分だけ全部食べるぞ」
悔しい気持ちもだんだん収まってきた。
「そういえば、答えが箸の理由って分かる?」
杜都が聞いてきた。ラジオでも言っていたが、よく覚えてない。
「パソコンで調べただけど、PIMOさんが小さい頃、箸の持ち方を母親から何回も指摘されて、それが、嫌で嫌でたまらなかったみたい。
ずっと、箸なんてなくなればいいって思いながら食事をしていたんだって」
「へぇ、そうなのか…って、パソコンで調べたのかよっ」
「答えが分かったとき、その理由が知りたくて調べたんだよ」
「いや、違う。パソコンで答えを調べたんだろ。それをあたかも、自分が考えたように見せかけて…」
「否定はしないけどね。普通、あんなヒントで分かるわけがないじゃないか」
「俺のヒントが悪いっていうのか」
「そうだけど」
「即答かよっ。俺の悔しい気持ちを返せ!ついでに俺に謝れ」
「ごめんなさい」
「気持ちがこもってな~い。もう1回」
「それは嫌だ」
クッキーを食べている間も、二人の謝るか謝らないかのやり取りは続いていた。