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僕だけのステージ

作者: くま太郎

 俺の名前は乙米(おつめ)悟。相方の八木(やぎ)(つよし)とお笑いコンビ明後日の星を組んでいる。

お笑い芸人になって早十五年。ありがたい事に、全国区の番組にも出られる様になった。


「そう言う訳で、今週のハレトークは“子供の頃は、大人しかった芸人です”……いや、乙米、お前は違うやろ」

 司会の蛍木(ほとき)さんが、最初に振ってくれた。これは爪痕を残すチャンスだ。


「いやいや、俺は今でも十分大人しいですって。昔は自分の事を僕って言ってまして、自分の意見も主張出来ない大人しいシャイボーイだったんですよ。髪もお坊ちゃまカットで、本ばかり読んでる子でした。あだ名も苗字をもじって、乙女君でしたし……やっぱり、今と変わりませんね」

 客席から笑いが起きる。司会の晴れ渡りさんの反応も、好感触だ。


「乙女君って、お前はごりごりのおっさんやないか。それにだったんですねって、過去形になっとるやないか」

 すかさず、宮田さんが拾ってくれて、美味しく仕上げてくれる。客席の笑いは倍増し、ここが俺の居場所(ステージ)なんだと実感する。

 

 収録が終わると、マネージャーが満面の笑みを浮かべながら、近付いてきた。今日の出来を考えれば、マネージャーの笑顔も納得だ。この間、ショートコント出滑った時は、絶対零度の視線を浴びせてきた癖に。


「お疲れ様でした。プロデューサーさんも褒めてましたよ。それと収録中に特番のオファーがありました。心霊番組ですが、スポンサー直々のご指名です。ぜひ、明後日の星にお二人に出て欲しいそうです。美味しいリアクション期待してますよ」

 マネージャーの話によると、視聴率によっては冠番組を持たせてくれる可能性もあるそうだ。


「悟、これはチャンスだぞ。それでどこで撮るんだ?」

 強が興奮気味にマネージャーに詰め寄っていく。俺のテンションも最高潮である。夢にまで見た冠番組が持てるかもしれないのだ。


「廃園になった裏野ドリームランドと言う遊園地です。そこのジェットコースターで事故があったそうなんですよ。どんな事故だったのか、誰に聞いても答えが違うって言うんです。そこを二人にレポートして頂きます。誰も覚えていないなら、大きい事故はなかったと思いますよ」

 頭から冷や水を掛けられた感じがする。あそこは、駄目だ。あそこで笑いを取れる自信なんてない。

(大きい事故がなかった?確かに被害者は三人だし、もう二十年以上前の事故だ。忘れられているって言うのか?)

 有り得ない。俺にとっては未だにトラウマなのに。


「……マネージャー、悪いけど断わってもらえるか?」

 俺のトラウマを知っている悟がキャンセルを提案してくれた。

 でも、事情を知らないマネージャーは信じられないって顔をしている……上手くいけば、冠番組を持てるんだ。

それにいつまでも、過去から逃げる訳にはいかない。芸人は自分の哀しい過去を、笑い飛ばしてこそ芸人だ。

 なにより、あの事件を風化させてたまるか。


「いや、やろう。こんなチャンスは二度とないぞ。マネージャー、話を進めてくれ」

 俺とドリームランドの因縁を知っている相方(つよし)は目を見開いて驚いている。

 強との出会いは高校だ。それからコンビを組んで、高校卒業と同時に上京。必死に喰らいついて、ここまで来たんだ。こんな、チャンスを逃してたまるか。


「悟、良いのか?」

 下手したら里帰りが出来なくなるし、ネットが荒れるかも知れない。

 芸人ってのは、因果な生き物だ。裏野(あそこ)ドリームランドをステージに出来るかと思うとワクワクが止まらないのである。


「こんなチャンス二度とないぞ。それに今の俺を見てもらいたいんだよ」

 そう、あの二人に見てもらえるかも知れないんだ。僕は頑張ってるんだよって。



 裏野ドリームランドは、俺の実家から割と近い。車で一時間もあれば着く。

 開園当時は凄まじい人気で、俺も親にせがんでよく連れて行ってもらった。

 特にジェットコースターは一番人気で、いつも順番待ちが出来ていた事を、今でも覚えている。

 ………

「乙女っ、今日こそジェットコースターに乗るぞ」

 俺に声を掛けて来た少年を見て驚く。真っ白なシャツに、デニムのハーフパンツ。まだあどけなさが残っているも整のった顔立ち。

(なんで怜雄(れお)がいるんだ……そうか、これは夢か)

 獅子堂怜雄、俺の幼馴染みでサッカーが得意な少年。運動神経も良く、イケメンでみんなから好かれていた。そして俺の親友だった男。


「怖いから嫌だよ。僕は下で待っているから」

 当時の俺気弱で根暗。運動も苦手だし、勉強も不得意。ついでに言えば、図工も音楽も苦手だった。駄目駄目乙女なんて、あだ名を付けられるくらい情けない子供だったのだ。

 今は芸人をしているから、ジェットコースターも運動音痴もおいしい。

 でも、この頃の俺は怖がりで色んな事から逃げていたんだ……まあ、今でもカメラが回ってなきゃ、ジェットコースターなんて乗りたくないけど。


「怜雄、悟ちゃんは怖がりなんだから無理させちゃ駄目だよ。ジェットコースターは、私が乗るから」

(桜ちゃん……)

 声掛けてきたのはピンクのワンピースを着た少女。名前は天美あまみ桜。

俺の幼馴染みで花が大好きな優しい女の子だった……そして初恋の相手でもある。

怜雄と桜ちゃん、そして俺の三人はいつも一緒だった……そう、あの時までは。


「悟、早く弱虫を治せよ。いつも俺と桜がいる訳じゃないんだから」

 怜雄はそう言う桜ちゃんと一緒にジェットコースターの列に並び始めた。

(行くな、行かないでくれ……おい、俺!二人を止めろ。もう二人と会えなくなるんだぞ)

 でも、昔の俺は二人を羨ましそうに見ているだけだ。

 ……怜雄、大丈夫だよ。今じゃジェットコースターどころか、バンジージャンプだって出来る。それを伝えに、二人が眠るドリームランドに行くからね。


 ドリームランドが潰れたのは俺が小学校五年の時だ。あれから二十二年。

 往時の賑わいは消え失せ、ボロボロになったドリームランドは静かに佇んでいた。


「それでは撮影の説明。まず入園ゲートで、霊能者の先生との絡みを撮る。その後、園内をぐるっと見て回り、ジェットコースター乗り場の前に行ってもらう。そして最後に止まっているジェットコースターに乗っている二人を撮って終わりだ」

 ジェットコースターに乗っている最中に、俺達がヘタレなリアクションをして終了となる。一番美味しいのは、物音だ。スタッフがわざと出した音でも良い。

 ドリームランドの入り口で最初の撮影が始まった。


「昔はここの遊園地は随分と賑わっていたんですね。当時を懐かしんでいる霊が大勢集まっています」

 霊能者は五十を越していそうな生真面目そうな男性だ。プロデューサーの合図に合わせて淡々と語りだした。幽霊もメリーゴーランドに乗ったり、ホラーハウスに入ったりするんだろうか?お化けがお化けを脅かすなんてシュール過ぎだろ。

(新ネタで使えるかもな。お化け屋敷で、驚かそうとしたら本物の幽霊が来たって展開にして……いや、新人に教えているつもりが、相手は本物の幽霊だったって方が面白いか。オチですいません、私まだ幽霊になって一週間なんでみたいにして)

 霊能者の話にリアクションを取りながら、思い付いた新ネタの構想を練っていく。


「それで、今日は何人くらいのお客様がいらっしゃっているんですか?」

 カンペに従って強が霊能者との会話を始める。当たり前だけど、俺も強も霊なんて見えない。もし見えたら、あの二人にも会えるんだろうか?もし、会えたら、僕は変われたぞって伝えたい。


「さっきも言ったように大勢います……老若男女、様々な人が……私達が来たのが、原因かも知れません」

 どうして霊能者は、こうも人を脅かしたがるんだろうか?


「ちなみに、怒っていたりしますか?」

 怜雄と桜ちゃんも怒っているだろうか?二十数年振りに来た幼馴染みが、自分達を見世物にしに来ているんだから怒っていても仕方ないけど。


「怒ってませんよ……むしろ、楽しみにしている感じです」

 怜雄や桜ちゃんが楽しみにしてくれているんなら嬉しい。でも全く知らない赤の他人ゆうれいが楽しみにしているなんて不吉過ぎるだろ!


「よし、撤収しましょう。撮影は明日の昼に再開で……駄目ですよね」

 俺の提案をプロデューサーが却下して、入り口での撮影を終える。明日のスケジュールは埋まっているから、どっちにしろ無理なんですけどね。


「はい、オッケー。そう言えば乙米さんて、この辺が地元なんでしょ?噂の真相とか知ってる?」

 プロデューサーはカットを告げると、同時に俺に近付いてきた。噂話でも知っていれば、番組に使うつもりなんだろう。


「……知ってるも何もある意味関係者ですからね」

 どんな事故か誰に聞いても、答えが違うって話も何となく想像がつく。


「おい、悟。良いのかよ!」

 強が血相を変えて止めようとする。


「良いんだよ。これだけネットが発達したご時世だ。調べれば誰かが真実に辿り着く。人によって、話す内容が違う一番の原因は、事故が二件あったからですよ。一件目の事故で、重傷者が出たんです。今ならジェットコースターの営業を止めるんでしょうが、当時一番の人気アトラクションだったから、運営会社はきちんと調査もせずに動かしたんですよ。結果、二件目の事故が起きた。ジェットコースターが回転している最中にストッパーが外れて、少年と少女が外に放りだされたんです。二人共、地面に叩き付けられ即死でした」

 そう、怜雄と桜ちゃんは、ドリームランドのジェットコースターで死んだんだ。


「マジかよ。それで関係者って……」

 プロデューサーの顔が青ざめていく。みんなの視線が俺に集中する。仕事柄、目立つのは嫌いじゃないが、重い空気では注目されるのは得意じゃない。


「亡くなった少年と少女は、当日三人で遊びに来てたんですよ。そして、地上で二人を待っていた少年の目の前に二人が落ちてきたんです。ドリームランドの運営は隠蔽をはかりましたが、人の口に戸は立てられず遊園地は閉鎖。そして入院していた人も亡くなった。下手に隠蔽したから、噂が一人歩きしたんでしょうね……そして目撃者の少年は、お笑い芸人になってドリームランドに帰ってきたんです」

 今でも目に焼き付いている。さっきまで笑っていた怜雄と桜ちゃんが壊れた人形の様になったあの光景が。


「……嫌な事を思い出せて、悪かった。撮影中止するか?」

 見事なまでにみんなドン引きしている。


「続けますよ。二人に見てもらいたいんですよ。今はお笑い芸人になって、頑張っている所をね」


 

 暗い空気のまま、撮影は続行された。それでも取れ高はそれなりにあり、最後の撮影場所となるジェットコースターに向かっている時だった。

 俺達以外、誰もいない筈の遊園地に二つの人影があったのだ。それは小学生くらいの少年と少女。


「嘘だ……?」

 それは絶対に見間違える事がない相手である。少年の服装は、白いシャツにデニムのハーフパンツ。少女はピンクのワンピースを着ていた。


「霊の想いが強くなっています。姿がはっきり見えるでしょ?」

 霊能者のおっさんが意味ありげに話し掛けてきた。相方やプロデューサーにも見えるらしく、みんな呆然としている。


「悟、久し振り。お前、おっさんになったな」

 怜雄だ……あの頃と同じ屈託ない話し方である。


「悟ちゃん、大人になったんだね。今は何してるの?」

 桜ちゃんの目は、あの頃と変わらず優しかった。

 不思議な事に、怖さは全く感じていない。恐怖より二人の穢れない視線にたじろいでしまう。


「普段通りの話し方でお願いします。その方が霊も喜びますので」

 霊能者のアドバイスで、落ち着きを取り戻す。

 

「あれ?二人共、知らないの?俺、お笑いやってるんだよ。結構、テレビにも出てるんだぜ。今日も撮影で来たんだ」

 俺の答えが意外だったのか二人共呆然としている。確かに小学校の俺しか知らなかったら、驚くと思う。


「嘘だろ?お前、人前に出たら全然喋れないじゃん」

 怜雄は俺が冗談を言ってると思っているらしく、全く信じていない。

 

「あの頃はシャイだったからな。これでも大きい会場で、単独ライブした事もあるんだぞ」

 売れない時は、デパートの屋上でコントをした時もあった。今では人が多い方が、やる気が出る。


「マジなのか?だったらネタ見せてよ……そうだ、俺皆を集めてくる。三十分後にイベント会場集合な」

 怜雄はそう言うと、闇夜に消えたいった。みんなって、生きてる人じゃないよね。


「悟ちゃん、怜雄を止めてこようか?みんな、面白い事に飢えてるから、いっぱい集まっちゃうよ」

 昔の俺なら、桜ちゃんに火消しをお願いしただろう。でも、今の俺は芸人だ。奇妙な遣り甲斐を感じている。


「プロデューサー、撮影プランにないけどコント一本入れても良いですか?無人の会場でのコント、シュールな絵が撮れると思いますよ。強、頼む」

 ナレーションで俺の過去をいれてもらえば、ネットも荒れない筈だ。


「芸人が面白い事に飢えているって言われたら、黙ってる訳にいかないだろ?ネタは、ヒーローショーが良いんじゃないか?それじゃ、出だしの打ち合わせしようぜ」

 見せるんだ。俺が……僕がどんな大人になれたのか、二人に見てもらうんだ。


 俺の目に映っているのは、怜雄と桜ちゃんの霊だけである。でも、イベント会場は多くの気配であふれていた。

 

「明るい話を聞きたい霊が集まっています。上手くやれば話し掛けてきた少年と少女の霊も、成仏の切っ掛けになりますよ」

 幽霊相手のコントか……やってやろうじゃないか。


「どうも、初めまして明後日の光の悟です」

 何千回と繰り返してきた挨拶。大切な二人に芸人としての、俺も見てもらおうじゃないか。


「同じく強です。皆さん、知らないかも知れませんが、僕達結構有名なんですよ。今日帰ってご家族の枕元に立って“明後日の光のコント見て来た”って言ってみて下さい。絶対に驚きますから」

 

「それ別の意味で、驚くんじゃないか。なあなあ、ここ遊園地のイベント会場だろ?俺、昔からヒーローショーに憧れていたんだ。一緒にやろうぜ」

 ヒーローショーのネタは、家族連れが多いイベント会場で良く使う。


「……もう三十歳過ぎてるのに?」

 強が絶妙の間で、繋いでくれる。今日は受ける日だ。

「良いだろ?俺がレッドな」

 会場には二人しかいないのに、多くの視線を感じる。でも、嫌な視線じゃない。笑いを期待している嬉しい視線だ。


「いやいや、どう見ても悪役だろ。お前がレッドになったら、番組が赤字だぞ」

 桜ちゃんがクスリと笑ったのを見て、今日はいけると確信した。


「誰が上手い事言えって言った。良いだろ。それじゃ始めるぞ」

 

「分かった。それじゃ俺はグリーンをやる」

 ワンテンポ、間を置く。一度、強の顔を見てから、口を開く。


「レッドとグリーンで何するんだよ」


「スーパーのショートコントでもするか?」

 思いっきり、滑ってマネージャーに嫌味を言われたんだよな。


「それ、この間の営業で思いっきり滑った奴じゃねえか?お前が悪役な。なんか俺を格好いい名前呼んでくれ」


「格好いい?難しい注文だな……良く来たな。三十三歳未だに独身レッド」


「俺の現状じゃねえか」

 二人が笑い転げている。ここが俺の……僕が見つけた居場所ステージなんだよ。



 後日、撮影したテープには多くの笑い声が入っていたそうだ。そして成仏していく、二人の姿も……。

 そして今日も俺はステージに立つ。いつか二人に僕は頑張ったよと伝える為にも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とってもいい話でした。 トラウマを乗り越えて今の自分を見てもらう… 主人公の強い意志を感じながらも、周囲の悟を心配する?気持ちに心が暖かくなりました。 [一言] うまく言えませんが、2人…
[一言] ∀・)心を揺さぶるハートフルホラーですね。紡がれていく言葉の1つ1つが読者の涙腺を誘います。えらく「泣いた」ボタンが押されていたので読みに来ましたが、来て良かったです。怖いだけがホラーじゃな…
[良い点] ツイッターでお見かけして読ませていただきました! 読後感がよくて素敵なお話でした(´・ω・`)ノ ハレトーク……どこかで聞いたような番組名ですねw
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