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3:具現化されたモノ

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


当時は相変わらずヒーローに憧れを抱き続けていて、暇があれば1人で架空の敵を作ってヒーロー遊びをしていたんだ。 少年期に特有の万能感を純粋に持て余していた俺は、その架空の敵とやらを脳内で瞬殺できるくらいの能力を持っている、俺には秘められた才能があって、いつかその才能が開花して俺はヒーローとして生まれ変わるんだって。そう思っていた。 まあ、これくらいなら程度の差はあれども、年頃の男子達は共感してくれるに違いない。


でも、俺はその特有の万能感が、コップに注ぐ水が溢れんばかりに、俺の体内を支配し、またその時の俺の行動を決定していたように思える。異常なほどの万能感は、実際の俺の持ち合わせていた能力に裏打ちされていたのだ、と今では思う。

忘れもしない、あの事件は俺が小学3年生の時に起きた。


まだ俺が小さかった頃、俺はこの街では比較的、優秀な存在として扱われていた。 全く勉強はしなくても、ほとんどのテストで満点をとっていた。 通信簿を振り返ると、「稀崎英雄くんは授業中もきちんと椅子に座り、寡黙に授業を聞いている至って真面目な生徒です。」と褒められていた。



実のところ、授業の話なんて真面目に聞いたことなんかほぼないし、寡黙だったのは脳内架空の敵を倒すヒーローを妄想していたからなんだけどな…。

それと、友達にも恵まれていた。小学生だったからというのもあるだろうが、俺は、自分で考案したヒーローの中二病くさい必殺技を連呼しまくっていたから、努力友情勝利の幻想に囚われている周りの同級生にとって、成績優秀な俺は輝いて見えたんだろう。 俺は周りから変なやつとはぶられることもなく、ますますその万能感を己のうちに募らせていった。


そして、放課後はいつも友達の遊びの誘いを断って、近くの公園で人目を憚らずに、脳内で作り上げた必殺技を実践しようとしていた。それを幼稚園から小学生3年生まで続けていたことは、いくらヒーローが大好きだといっても、はっきりいって並大抵ではないんじゃない。

【フローウィング ドロップ】〔流麗なるかかと落とし〕、【デス・オブ・ザ・デス】〔絶命なる冥土の土産】 、【エターナル・ウィング】〔永遠なる翼〕。どれも俺の思い出……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃ!!!!


そんなこんなである意味ボッチ充であった俺は、いつものように学校から帰る道にある公園で遊んでいた。 そこには子供でも登れそうな木があったから、俺はいつも空中で使えるヒーロー技を実践していたんだ。その木はマンションの2階に届くくらいの大きさで子供の俺にとっては神秘を感じずにはいられないものの1つだった。枝々の間から漏れる陽の光を、まるで栄光を掴み取るように片手で握ることが大好きだった。なんだか、太陽のパワーを貰った感じで。


で、俺はいつもは、地面からそれほど高くない所から飛び降りていたんだが、その日はなんとなく、もっとたかいところからいけるんじゃないかって、根拠もなしに思ってしまったんだ。そう思い出してからはもう俺の体は勝手に動いていた。空気が徐々に注入されて膨らむ風船のごとく、言いようのない興奮と高揚感が俺のなかで膨らんでいき、その風船とは表裏一体の感情、つまり、恐怖も俺の裡で育っていった。気がつくと俺は木のてっぺんにまで上り詰め、贅沢に陽の光を全身に浴びていた。 俺は太陽が好きだった。圧倒的な光と正義と一体化できて、体内にある老廃物が一気に浄化されていく感じがしたからだ。


大丈夫。俺はこの高さから落ちても死なない、だって俺は英雄〔ヒーロー〕だから!! 俺の妄想内では、着地点に、もうすぐくたばりそうな悪の敵が横たわり、俺の必殺技【メタモルフローウィング】が炸裂するのを待っているように見えていた。


『俺に出会ったのが運の尽きだったな。悪の手先め。成仏したらいい奴に生まれ変われよ!そしたら、また、相手してやる。』

はたからみれば、木のてっぺんでぶつぶつ言っている子供にしか見えない。 もう本当にここでやめとけばよかったって思っている。


『さよならだ!メタモルフローウィングゥゥゥ!!!!』

俺は勢いよく木の枝を蹴ってジャンプした。…つもりだった。

片足が滑ってしまい、俺はバランスを崩して、頭から地面にいった。…即死だった。享年9歳だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



目が覚めると、俺は真っ暗な闇の中に1人で佇んでいた。 子供の俺でも分かった。俺は死んでしまったんだって。俺は地面に泣き崩れた。 どうしてあんな馬鹿なことをしたんだろうって。 俺はヒーローなんかじゃなくて、ただの小学3年生の男の子なんだって。


それでも、俺は諦めきれなかった。死んでも尚、その万能感だけは死に損なっていたようだ。


…俺はひたすら祈りつづけた。いや、『想い続けた。』

お願いします、俺はまだ死にたくないんだ。母さんにも父さんにもお別れを言ってない。かえでと結婚したい。それに…ヒーローごっこしてて死んだなんてばれたら笑いの的だって絶対に…!!! まだやってないことがたくさんあるんだ。せっかく編み出した残り3526種の必殺技を実践できてない!!! まだ空を飛んでいない! か●はめ波も出したことない!俺はまだまだ成長途中なんだ! 秘められている才能を…発揮していないだけなんだ!


だから神様…!!!俺は、俺は…稀崎英雄は…!



「まだァ!くたばるわけにはいかないんだよォォォ!!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ぅ……。こ、ここは…?」

小鳥の囀りが今までにないくらいにはっきりと聞こえる。音が1つ1つ独立しているように聞こえ、ピアノすら習ったこともないのにどの音階なのかも感覚的に分かってしまう。



太陽の恵みを受けた木々の歯肉が艶やかに笑うように見えた。ここは…天国だろうか? だって、こんなにも世界が美しく見えるんだ。境界のない重たい雲の累積が、この上もなく軽やかな冷たい羽毛のようであり、その中央にあるかなきかの純粋な青を囲んでいた。 俺が落ちた木だって、下から見ればなんと壮大に見えることだろう。この木はあくまでも人間が都合よく恣意的に植えたものであるのに、まるでその勝手気ままな人間の悪を全て肯定しているかのように感じた。


……ん??どうして天国にいるはずなのに、俺が落ちた木を俺は下から見上げているんだ?


「ま、まさか!?俺は生き返ったのか!??」


俺は地に足がつかないほど飛び跳ねて喜んだ。




そして、実際に地に脚がつかなかった。


俺は確かに歓喜のあまり飛び跳ねた。

ジャンプをしたとしてもせいぜい小学生だと30cmが限界だろうに、俺はさっきまで見上げていた大きな木が米粒のように見えるくらいに遠く上に上昇していた。

「えっ、えっ、なんだこれ、どうなってんだ!?」

頭が混乱して、まともな思考ができなくなっていた俺は、空中で暴れまわっていた。 すると、自分の服装が生前着ていたものと変わっていることに気がついた。

戦隊モノのヒーローが着るような真っ赤なスーツを基調とした服を着ており、手で頭を触ってみると、マスクのようなものを被っていて、首には黄色のスカーフがまかれていた。

少年の俺は、ますます混乱に陥りながらも1つの結論に辿り着いた。

「俺、もしかして、本当にヒーローになっちゃった!?」


若き稀崎英雄は、勉強はできてもいい具合にアホだった。 その結論に達するやいなや、平静を取り戻し、この状態の解決策を考えはじめた。それも自由落下しながらである。

「そうか、俺は本当にヒーローになったんだな。それなら、空も飛べるはずだ!」

俺は心の中で飛べるはず飛べるはずと繰り返して、ヒーローにありきたりな飛び方(つまり、両手を前に出して飛ぶ方法である)を実践してみると、落下運動は停止し、地面に平行に飛ぶことができた。



それから俺は、今までしてみたかったことを思う存分にしてみた。分かったことは、この姿に変身していないときは、前と同じみたいに普通の小学3年生の状態と同じであることであった。


これが俺が小学3年生に体験した、忘れもしない出来事である。


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