表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

あれの趣味は酷く悪趣味だ。

「隊長、クリモフであります。書類をお届けに参りました」

「ああ」

「失礼いたします」


扉を開くと書類に染み込んでいるインクの臭いと少々黴臭い臭いが鼻につく。学術的に高価な研究資料が山のようにその部屋にはあるからだろう。用品的なランプが部屋を照らすが全体的に見れば全く持って足りない、毎度思うが部屋の明かりをつければ良いのにと思うがそれを指摘するのもいい加減良い飽きた。それに隊長は作業をしている机のみを照らされた方が作業が捗るということらしいので尚の事、言う訳には行かない。


「隊長、第3班からの報告書であります」

「ご苦労」


机の上には目測で30センチ以上にも積み重なっている紙の束に驚きを感じる、本日の書類仕事の開始は1時間ほど前の10時頃だったのに拘らずこれだけの書類を処理している能力に驚きを感じずに入られず、加えて人間離れしている恐怖心も感じる。そのようなことを思っていると最後の書類に判子を押すとタンブラーに入っていたコーヒーをグイっと喉の奥へと流し込んで持ってきた報告書へと目を通した。


「……クリモフ補佐官」

「ハッ」

「この報告書はなんだ、敵集団、二個小隊相当の数程度に第3班は負傷者4名。重傷者は居ないとは」


持ってきた報告書には新たな輸出ルートを開拓する為に行われたルート状における怪物の掃討戦の報告書。怪物、モンスターと言われる類の人類とはまた別の生命体。人間よりも大きく強大な物が多く人間を時に壊滅出来るような物までいる。だがそれでも人間は存命を続けている、生存競争が激しいこの世界で安定した社会と暮らしを維持し続けている我らが人間、その理由はギルドという組織にある。


ギルドとは未だ完全に開拓しきれていないこの広い世界を開拓し冒険する者共の巣窟で世界的に見ても凄まじい影響力を持つ。普通の国家以上の権力を持っており、どの国家もこのギルドのスポンサーになって安全を確保している。冒険者は人々を守るもの、宝を探す物、冒険する者に大まかに分けられる。


今回の怪物掃討戦は大規模な街へと続く輸出ルートの安全を確保して欲しいという依頼の元行われた。広い目で見れば依頼は達成、輸出ルート上の怪物は掃討した上で怪物避けの魔除けも設置し誰もが心穏やかに通れる街道として機能するだろうが隊長は何所か不機嫌そうな表情を浮かべている。相手となった怪物はオークオーガ、巨体且つ獰猛で危険度も高い怪物の一種。それの大群相手に負傷者4名は異常な少なさで賞賛されるべき事なのだが。


「クリモフ補佐官。今第3班は何所にいる」

「怪我人は治療を受け現在は全員が第3班待機室にて待機しております」

「宜しい、付いて来たまえ」


隊長は此処では珍しい部類に入る東洋的な黒髪の上に制帽を被ると何処か失望しているよう中表情を浮かべつつも部屋を出ようとするので扉をあけ、廊下へと出る隊長に続いた。丁寧に扉を閉め後ろに付く近衛兵のように私はここの外では隊長の腰巾着、飼い犬と比喩される事があるらしいが誠に遺憾である。私はそのようなものでは無い、私は隊長を嫌っているし純粋に尊敬し崇拝しているだけの補佐官だ。


「「隊長殿、補佐官殿ご苦労様であります!!」」

「うむ」


廊下を進みすれ違うたびに敬礼と声を浴びる隊長、ここでは最も上の存在であるだけでは無く尊敬すべき御人である。そうされるに相応しい人である事は間違い無い。何度か下士官の敬礼を浴びつつも目的地である第3班の待機室へと辿り着く。待機室と言っても部屋と言うには広く小ホールに近い部屋で、そこに割り当てられた班員はそこで生活する。隊長の目配せを受け扉を開け大声を張り上げる。


「待機中の第3班、総員集合、駆け足!!」


任務を終え休息を取っている第3班、だが流石A級の中に入る班だけはある。任務後の身体を休め次に備えるリラックスタイムだった一同は直ぐに立ち上がり即座に整列した。A、B、Cとある階級の内最高のA級部隊の第3班、隊長の懐刀とも言われる部隊なだけある。勿論これを隊長が口にした事など無いが、それは私が流した士気向上の為の噂である。因みにこれは隊長に報告済みだが、その後に私は48時間みっちりと一対一での地獄の訓練を隊長に付けて貰った。東洋で言うところの三途の川(サンズ・リバー)という物も見た。死んだ祖父が手を振っていた。


「任務ご苦労であった。これより隊長よりお言葉を頂戴する。総員傾聴!!」

「ご苦労、クリモフ補佐官」


私の背後にいる隊長の姿がしっかりと第3班に見えるように身を退かせる。全く、女であると言うのにこのような長身であるのが恨めしい。そこいらの男共より私は大きい、もっと女らしい身長が良かった。おっとこんな事を考えるのはやめておこう。隊長のお言葉をしっかりと聞かなければ……!!


「諸君。此度の任務ご苦労であった、二個小隊相当数のオークオーガの掃討戦の報告書を先程拝見した。私は驚きを隠しきれん、貴君らがまさか此処まで出来ん奴らとは思いもしなかった。貴君らはA級の称号を与えられている、それは我らの中でも屈指の(つわもの)という意味である。だが……負傷者4名……私は悲しい、貴君らをA級とした自分に情けなさすら覚える」


凛々しくも恐ろしくも美しい隊長の言葉に最初は聞き入っていた。相変わらず何とも素晴らしくも良い声だと、だが途中でそれらは驚きへと変換された。オークオーガの二個小隊相当数を相手にしてたったそれだけ(負傷者4名)という被害で任務を完遂したのはギルドの中でも早々ある話では無い。賞賛され尊敬されるべき戦果。だが隊長は目頭を押さえつつ辛そうに言葉を言い続ける。


「第3班班長!!」

「ハッ!」

「何故負傷者は出た、理由を述べたまえ」

「ハッ。オークオーガ掃討中、オークオーガは我々が殺した同胞を盾のようにし攻撃を防ぎ接近。即座に爆破攻撃を敢行しこれを撃破しましたが死角より突撃して来たオークオーガによって3名が攻撃を受けました。最後の1名は3人が態勢を立て直す間囮を勤めた結果負傷を」

「宜しい、聞いたか第3班。君達が与えられた第3班の名とはなんだ?目的とはなんだ?言ってみろ」

「「「「「変化する戦闘に即時対応を行う部隊であります!!」」」」」


私は納得した。第3班の役割とは刻々と変化し続ける戦闘の空気を敏感に感じ取ってそれに対処出来る能力が一番高い部隊、謂わばアドリブが最も重視される部隊。常に最悪の事態を想定し、予想外を警戒して起きた時には即座に対応する。


「死角の攻撃によって負傷したか、結構な事だな。諸君らは我らにとって重要な役目を担っている事を忘れるな第3班。待機時間は解除、訓練に入りたまえ。二度と、このような失態をするな。もし同じような事があった場合……私は容赦なく第3班を捨てる。良いか!!」

「「「「「はっ了解であります!!!」」」」」

「クリモフ補佐官、後は任せる」

「ハッ!」


そう言って後を私に任せ去って行く隊長を見送る一同、失望し怒るかと思ったがそうではなかった。問題を指摘し更に鼓舞させ更なる班の実力向上を促した。矢張り優しい人だ。


「お、俺殺されるかと思った……」

「おいおいあの程度でビビってたんじゃやってけねぇぞ新入り」

「早々此処では隊長にあんな事言われるなんて当たり前なんだから」

「私語は慎め、隊長のお言葉どおり15分後には訓練を開始する。総員準備にかかれ!!」

「「「「「はっ!!!」」」」」


我らが隊長は尊敬し崇拝するに相応しいお方だ。何処かミステリアスな黒髪に鋭く研磨されたような金色の瞳は美しくずっと見ていたい程……そして一番見るべき所は僅か12歳という幼い少女であるのにも拘らずギルド内でも屈指の実力が集うと言われる最後の憲兵団(ラスト・ナイツ)、それを束ねる隊長なのだ!



「ふぅ……何故だ何故こうなった?何故オークオーガの大群を相手にして負傷者がたったの4名なのだ?少なすぎる……。もっと負傷者が出ると思い込んでいたのに……本来他の班と組ませる事で真価を発揮する第3班が痛めつけられる事を期待していたのに……」


部屋に戻って隊長ことブリュンレーナ・キーアラツァーは頭の上に乗っていた帽子を机に放り投げつつ椅子にふんずり返り机の引き出しに入れてあったチョコを口へと放り込んだ。


「死人は出ないにしろ重傷者は多く出ると予想していた。それが軽傷者4名?化け物かうちの班は……。これで辞任する腹だったのに……全く優秀な部下を持った私は幸福者だよ」


皮肉交じりに言葉を漏らす。望んで此処に居るわけでは無い、居るわけが無い。誰が異世界に幼女の身で行きたがる者か、これもあのクソ幼女のせいだ。何故私がこんな目に会わなければならないのだろうか、死後に会った幼女は悪魔だった。あれは死んだ人間に気に入った身体を持った奴が居るとそれと今の自分の身体を交換する事を条件に転生を持ちかけるというふざけた趣味を持っていた。そして今回のターゲットは私と言うことだ。


今頃私の身体で好き勝手にやっているのだろう、全く持って不愉快だ。聞けばこの身体とて元々は別の少女のものだったらしいではないか、わらしべ長者か何かあのクソ幼女は。否あれは既に幼女ではなく幼女なのは私だ、これからはあれと呼ぶとしよう。あれは幼女となった私にこう言った。


『これから貴方はその身体で生きていくのです!そして、せいぜい私を楽しませるように苦しんで生きるが良いのです!!』


あれは自分の娯楽の為に他者の身体を利用し続ける悪趣味を持っている、せめてそのまま身体が良かった、切実に。この身体は酷く不便だ。身長が低い為今までの身体なら取れていた様々な物が取れないし食堂で食事を受け取るには態々台を使わなければいけない、扉のドアノブの位置も高い物が多く背伸びをしないと届かない。まあ服にも不満などあるが……それは制服を着ていれば良い話だ。


「はぁ……これからどうなって行くのやら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ