第2話 第1村人?発見
注意︰この物語はフィクション(創作)です。実在の地名を使用している(日本など)等々ありますが、実在の地名、人物などとは無関係です。あくまで作者たかゆきの創作でございますのでご了承ください。なお実在の人物や場所を誹謗中傷する目的もありません。読者の方々も誹謗中傷などはご遠慮ください。
坂本文助、侍。穴へ落ちる。
端的に説明するとこうである。彼は岡っ引きから逃げる途中、道にぽっかり開いていた謎の穴に落ちてしまった。その穴は底なしで、彼は叫びながらその穴の奥へ奥へと落ちて行ったのである。
文助の目がゆっくりと開く。まるで暗闇にずっといた人間が、久方ぶりに光というものに出会ったかのように、その目は細い。
「穴、、ここはどこだ?」
彼がとっさに思い出したのは「穴」ということだけ。それ以上思い出そうとしても無理だった。
「な、なんだここは、、」
彼の目にした世界がそうさせなかったのである。
そこには江戸の面影はまるでなかった。日本ですらないだろう。鬱蒼と生い茂る木々、おそらく森らしきところに彼は寝ていた。
彼は全く見に覚えのないところにいたのだ。
しかも、その木が異様なのだ。
その木は、泣いていた。正確には、ただ葉や茎や幹から、とめどなく水滴が溢れ出ている。一見それが泣いているように見えるほどに。
文助は見たこともない植物に目を丸くして、起き上がろうとした。だが、背中や後頭部に走る激痛にうめき声をあげながらまた寝転ぶしかなかった。
「穴に落ちて、、ここは穴の底?地面の中ということか?だが、江戸の地下にこんなものが、、将軍様が地下に庭園でも作られたのか、、?」
彼の分析は冷静だった。すぐに穴から落ちたという状況と今を結びつけた。
そう、彼は穴に落ちた。奈落へと続くかというほど、底が見えない深い穴だった。
そんな穴に落ちて無事でいることも、そしてこの謎の植物もまた、彼にとって驚きであった。
「相当落ちたと思ったが、たまたま打ちどころが良かったか。ん?」
冷静が常に正しいと限らない。彼は冷静な分析が壊されるような、不可思議なことを発見した。それは彼がぼんやりと見ていた空に目の焦点を合わせたときだった。
穴がない。
至極単純なことに、落ちてきた穴がないのだ。上に広がるのはいつも見るような空。穴など見当たらない。空がいつも通りであることが今、逆に奇妙なのだ。
「誰かに連れられたか、死んだものと見られて打ち捨てられたか、自分で無意識にここへ来たか、、」
彼は必死に状況を理解しようと頭をフル回転させた。
そして、その分析を裏付ける情報を探すために再度起き上がろうとした。今度は痛みにも耐え、立ち上がることに成功した。
「木々は見たこともなく不可解だが、とりあえず一面森だ。家も人も見当たらない。自分でここまで来たとは考えにくいな、、」
彼は見渡してそう独り言を言った。
そうだ、と彼は自分の銭入れを探した。盗みを働く人間でも、やはり金は持ち歩くものだ。
銭入れはある。中には少額の銭がある。彼の足元に刀もあった。物盗りではないようだ、と彼は結論づけた。
「とにかく、地底人でも探してみるか。」
彼は冗談混じりにそう言って刀を腰にさし、おぼつかない足取りで歩き始めた。
ー数分後、文助は歩き続け、喉の乾きを感じていた。もちろんそこらじゅうの木からはとめどなく液体が流れている。しかし文助には、そんな得体の知れないものを口にするほどの勇気はなかった。文助はさらに歩き続けた。
―数十分森をさまようと、木が開けているところが見えてきた。喉も乾き、疲れきっていた文助は、目を輝かせ、そこへ走っていった。ようやく森を抜けられる、と彼は胸を踊らせた。
開けたところに出ると、ドンッと文助は横からやってきたなにかにぶつかった。ガシャガシャ、という音とともに、文助がぶつかったものは倒れた。人のようである。
「あいや失礼、大丈夫か?」
文助がすぐに立ち上がり、その相手を見てそう言った。
「いったー、、一体何、、」
そこには女性がうつ伏せで倒れていた。彼女は西洋の騎士がつけるような鎧を着ていて、背中からは小さな羽が生えているのが確認出来る。文助の知らない装備である上、明らかにただの人間ではない。
「あ、あぁ申し訳ない、俺の不注意だ。ところで、ここはどこだ?」
文助は見たこともない銀色の甲冑に戸惑いながら聞いた。
すると女はきょとんとした顔をした。
「あなた、迷子かしら?まぁ涙の森は入り組んでるから大人でも迷子になりやすいわね。これからは入らないことをおすすめするわ。」
この見知らぬ女は先ほど文助が抜けてきた森を涙の森と言った。そして女は、文助の和服に奇異なものを見る目を向けた。もちろん文助もまた見たこともない甲冑に同じ目を向けた。
「涙の森?江戸にそんな森があったか?」
文助はその森の名を聞き、うーんと考え込んで言った。
もちろん江戸にそんな奇妙な森はない。とめどなく液体が流れる木など江戸にはなかった。
すると女は一層不思議な顔をした。
「え、ど、、?何それ、あなた頭大丈夫?」
この女は江戸を知らないようである。それどころか文助自身にさらに奇異の目を向け始めた。
途方に暮れ、疲れ切っていた文助はそれを聞いて苛立ちを覚えた。
「失礼な、俺は困っているだけなのに気が違っているというのか!」
女の言葉に文助が怒っていると、その女の腰に剣がささっているのを見つけた。しかし彼からしたら女性が剣を携えているのが奇妙に見えた。
「お前、その腰の剣、、女がなんで剣なんかさしてる。しかも甲冑なぞ着て。今の時代、大きな戦でも始まるというのか。」
文助の言葉に、女は最上級に不思議な顔をした。
「まさかあなた、騎士を見たのは初めて?よっぽど田舎の庶民なのね、、ん?」
そこで女も文助のさしている刀を見つけた。もちろん文助のさしている日本刀と女の西洋式の剣は形状が違ったが、女は武器だと悟り文助に聞いた。
「あなたも剣、、をさしているのね。何この形、見たことないわ。あなた何者?」
女の言葉に今度は文助が不思議な顔をした。さっきまで江戸にいてその穴から真っ逆さまに落ちたはずである。文助からしたらそこは将軍の作った地下庭園という自説まであるくらいだ。刀も周知のものではないのかと文助は不思議に思った。
対し女は明らかに怪しむ顔をし始めた。
「何を言っている、これはただの刀だ。俺は武士の端くれだ、刀を持ち歩くのは普通だろう。まさか武士を知らないということはないだろうしな。」
「ぶ、し?なるほど、分かったわ、、」
女は文助の言葉を聞き、落ち着きを取り戻した。
(ようやく理解したか。全く変な女だ)
「よし、理解できたならここがどこなのかそろそろ教えてくれ。江戸から大して遠くないはずだが?」
「偽っても無駄よ!あなたが物資調達要員なわけないわ!クシャム国の人間め!」
そう言うと女は急に剣を抜いた。武士という聞きなれない言葉に女は変な勘違いをしたようである。文助は刀に手をかけ、焦った様子で言った。
「お、おい待て!何を勘違いしているんだ!俺はただの武士だ!剣をおさめろ!気が違っているのはお前の方じゃないか!」
「やっぱりクシャム国の人間、、この日本国テンペラ騎士団第5団長、鈴月咲が首をとる!」
完全に勘違いした鈴月と名乗る女は、剣を文助の首に突き立てた。
「悪いけど怪しいからにはその首、取らせてもらうわ。あなたが最近噂に聞くクシャム国のスパイだったら街に入らせる訳にはいかないもの。」
「す、ぱい、、?よくわからんが俺は日本人だ!その何とかっていう国は知らない、俺は道を尋ねたいだけだ!」
「悪いけど、問答無用よ。今日本国が厳戒態勢なのはあなたも知ってるはず。そんな矢先にこんな所で1人でさまようなんて、本当に道に迷ったならずいぶんずぼらなスパイさんね。とにかく、死んでもらうわ。」
文助は剣を首に突き立てられ、少し考える素振りを見せため息をついて刀に手をかけた。
(こいつ、面倒な女だな、、)
「まったく、、仕方がない。少し落ち着いてもらうぞ。」
文助はそう言って瞬く間に刀を抜いた。
黒い刀身が女の目の前に現れる。
「秘家 蝶揚」
次の瞬間女の甲冑は腹のところで砕け、瞳孔まで開いた女の顔は引きつっていた。あまりの早業に女は剣を文助の首に刺す間もなかった。
「なっ、何よこれ、、!?」
「案ずるな、峰打ちだ。」
文助は驚く女をよそに刀をおさめた。一瞬すぎて女は何が起こったのかわからなかった。しかし敗北したことは察したようである。
(こ、この男強い、、クシャム国にこんな実力者が、、!?)
「鈴月、といったか。ここは江戸のはずなんだが、俺の見知った景色では無い。ここは江戸ではないのか?」
文助は少し声のトーンを落とし、早く答えを聞くために真剣な表情で聞いた。
「・・・」
鈴月は敗北のショックで固まったままだった。
(実力だけなら団長クラスを優に、、こんなやつが本当にスパイなの、、?いえ、まぐれの可能性もあるわ、、)
鈴月の目の奥に戦意、殺気が蘇っていく。
「質問に答えないか女。」
(さっきのがまぐれなら次で斬れるはず、、!)
「まだよ!」
鈴月の目に完全に殺気が戻る。
鈴月は手にしている剣を振り、また文助を討とうとした。
それに文助は素早く反応する。
今度は刀を使わず、鈴月の剣を避け、腕を掴んで動きを止めた。また一瞬のことである。
「俺に殺されたくなければ言え、ここは、どこだ」
「あ、あなた一体何者」
「いいから言え!」
「ジュ、ジューヴ、、ジューヴよ。ジューヴの山の中。あなたの後ろに広がってるのが涙の森よ。」
「じゅーぶ、、知らない名だ。」
どうやらジューヴの山の中に涙の森というのがあるようだ。ようやく地名を知れた文助は新たな質問へ踏み出た。
「江戸は、どこだ。」
鈴月はまた怯えながらもあの不思議な顔をして言った。
「そんなとこ知らないわ。日本国にも、クシャム国にも、どの国にもそんな地名なかったはず、、」
文助はその返答に思わず少し笑って再び問いた。
「おいおい、冗談はいらない。幕府のお膝元だぞ。日本の中心だろう。どれほど無知な田舎者でも知っているはずだ。」
「だからそんなとこ知らないわ!あなた何なのよ!」
鈴月は声を荒げて言った。本当に江戸に心当たりがない様子である。
その様子を見た文助はまた考え込んだ。
(江戸が存在しない、、だがこの女は確かにさっき日本だと言っていた)
文助は鈴月の目を見た。
もはや戦意は喪失し、半分怯えた様子で文助を見ている。
(この女が嘘をついてるようにも見えないし、、どういうことだ、、)
「あ、あなたのその剣の腕、ただ者じゃないでしょ?スパイにしては強すぎる。一国の騎士団長レベルだわ。」
鈴月は落ち着きを徐々に取り戻し、自分の剣を納めた。
「ひとまずあなたがスパイじゃないってのは信じてあげる。嘘をついているようにも見えないから。
で、一体どこの国の騎士なの?」
鈴月の問いに文助はさらに混乱した。
「騎士じゃない、俺は武士、日本人だ。お前もその口ぶりからして日本人だろ?どこの出身だ?」
「え、えぇ、私も日本人よ。でも武士はよくわからないわ、、出身は中心街よ。」
もはやお互いが説明すればするほど、お互いに混乱している状況であった。明らかに会話や情報が噛み合ってない。
そして鈴月は少し考える素振りを見せた。
(本当変な人ね、、聞いたことない単語ばっかり出てくるわ、、
まさかこの人、、)
「よっぽど田舎から出てきたか、魔法か何かで記憶を消されたのかわからないけど、私を殺さなかったし悪人ではないことはわかったわ。」
鈴月の目からは殺気や怯えがほとんど消えている。
(ようやく理解し始めたかこの女)
「知らない土地に来て困ってるんでしょ?それなら大臣に相談すべきよ。あの人なら物知りだしなんでも知ってるわ。敵じゃなくて本当に迷子なら助けてくれる。」
文助は大臣というのが誰なのかも知らなかったが、それにうなずいて承諾した。
この謎の日本を解明する糸口になる、と考えてのことだ。
「そうと決まれば行きましょう。あなたみたいな凄腕が本当に敵じゃないなら、ぜひ私の第5騎士団に来て欲しいの。敵国の人間でも欲しいくらいよ。」
早速鈴月に連れられ、文助は大臣という人間の元へ行くこととなった。すると歩き始めて1歩目、文助の腹の虫が鳴った。鈴月は気づいてないようだ。
(うなぎ、もう無くなってしまったか)
文助は喉の乾きも疲れもその時は忘れていた。