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雪解け道

作者: ジョセフ武園

「ねぇ、雪解け道の話って知ってる?」

下校の時に、突然幼馴染の彼女がそんな事を言いだした。


「なんだ?それ、知らねーよ。」

俺の言葉に、彼女は満足そうに、笑う。


「あのね?帰り道に、お地蔵さんがいーーーーっぱい並んでる川沿いのあぜ道が在るでしょ?」

「あるな。」

蝶々が、周囲をうっとうしく飛び、菜の花の匂いが日光に反射する様にむせ返る。


「雪がね。あそこに積もった日、それが溶け始める時にさ。繋がるんだって。」

両手で、飛んで来る虫を払いながら、俺は訊く。

「何が?」


「あの世と。」彼女は、真剣な表情で、顔を近づけてきた。


「ぷ。」

「アハハハハハハハハ。」思わず、俺は大笑いした。

「あー、おかしい。そもそもここは、山陽の村だし、雪なんかそうそう、降らんだろ。積もる事なんかないって。あーーー、でも、あの世かぁ、そりゃ、予想外。ふふふふ。」


俺の反応に、彼女は頬を膨らませる。

「もう‼そんなに、笑わなくたっていいじゃない‼」

不味いな。これは、思ったより怒っている。


「なんで、そんなにあり得ない話を信じてるんだ?」


「別に、信じてないから‼」


「だったら、そんなに怒らないだろ。」


彼女は、少しの間、寂しそうに俯いた。

「今、國がこんなでしょ?いつ、誰が居なくなっても不思議じゃないじゃない。」

「でも、もし、もし、死んじゃっても、こっちの世界の人と、数分でも。」

「会えると思ったら………少しは寂しくないでしょ?」


「そりゃあ、俺の事か?」

俺は、口元だけ微笑みながら、そう返した。

「心配すんなよ。直ぐに、戻って来るさ。この國には、神風が付いてる。絶対負けない。俺も死なない。お前を一人にするものか。」

彼女が、小さな体を俺の胸に預けてきた。小さく小さく。震えていた。

両手で、しっかり抱き締めてやる。


「それ」が終った夏。

俺は、ボロボロの身体で、故郷に戻ってきた。

でも


でも


故郷も、昔とは変わり果てた姿になっていた。


俺は

もう彼女とは、二度と会えない運命を知った。


何も

何も俺には残されていなかった。

それでも、俺に最後の希望を失わせなかったのは、俺を繋ぎ止めたのは

あの日の、あいつが言った。たわごとの様な夢物語だった。


それから、幾度の季節が廻っただろう?

春が来て

夏が来て

秋が来て

冬が来て


そして、時代が変わって

また、春が来て

夏が来て

それを

何度も

何度も

繰り返した。


しかし、雪は積もらなかった。


いつしか、菜の花だらけで蝶々や、虫が飛び交っていた道は

舗装され、車が通る道になり。

あぜ道の近くの田んぼは

分譲住宅が入り組んだ。


雨が降った。

雷が鳴った。

地震が起きた。

國が国になった。


数えきれない時間が、更に過ぎた。


そして

奇跡が起きた。


人々が生活を豊かにした事によって

この星の環境が大きく乱れたのだ。

その年の冬

遂に、俺の村に

大きな

大きな雪が降った。

やがて、それは一面を白く彩り。この村…………町に雪を積もらせたのだった。


俺は、あのあぜ道へ向かう。

バカな男だと心底思う。そもそも、あいつがあの話を信じて来る保証も何もない。

あの世と、この世が繋がるだなんて浮世話もいいところだ。


でも


あいたかった。


あいたい。ただただ、無性に。


朝陽が白い町を照らし始めた。溶けた氷が水となり、辺りを白い光で眩く包む。


眩しさの向こうに、小さな小さな人影が見えた。

「あ…………」

「ああああああ…………」

俺の頬に、涙が伝う。


そこに居たのは

しわくちゃだらけの顔に

雪の様な真っ白な髪と

折れ曲がった腰を重そうに引く


彼女の姿だった。


「達者でしたか?お前さん。」

彼女がそう言った。


「よかった。よかっ…………た。」


「君が、そんなに年老いてくれるまで生きていてくれて。」


「本当によかった。」

涙が止めどなく溢れ落ちる。


「とても、優しい主人と、沢山子どもを授かりました。孫も独り立ちして、もうすぐ、ひ孫が産まれます。私も辛く辛く、悲しかったですが、お前さんの分まで生きようと、今日まで頑張って来たのです。でも私も、きっともうすぐそちらに行きます。また、いっぱいお話しましょうね。」


そう言う彼女に俺は首を振る。


「息災でいてくれ。これからも。

ずっと……………ずっと…………‼」


やがて、雪と共に、俺の心残りも溶け出していく。


小さな小さな粒になり。


空の向こうへ


溶けていく。



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