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第8話 小さな疑念と暖かな幸せ

「先の件はありがとう!いやあ、情けない姿を晒してしまったがこうやって命があるのは嬉しい限りだよ」

 帰ってきた俺に、シフさんは笑顔を見せていた。

 あの戦闘の後、町の人々の間では俺の話題で持ちきりだったらしい。そりゃ一見普通の少年が身の丈何倍もの怪物をバラバラに引き裂いた挙句、怪物を操っていた奴を半殺しにしたんだから話のネタにならない方がおかしいわな。

「しかし、君の活躍は素晴らしいものだった!何といってもあの強化魔術を使った戦闘は、うちの生徒でもまだ出来ないだろうね。さあさあ、入って入って」

「……という訳です。あまり気にしないでくださいね、アイン様……じゃなかった、アイン」

 ユアにもフォローされつつ、俺はふと自分のやった事が結果として多くの命を救ったという事実を考えてみた。『最大多数の最大幸福』とかいうやつだ。この場合は俺があの化物を倒したことで、住民が死ぬことが無くなったのである。しかし、これでは殺されたあの化物の生を俺が奪ったことへの罰は問われないのか?

(それとも、人々はそんな事を英雄に求めないのか……?)

 そんなことを思っていると、おいしそうな香りが漂うダイニングにたどり着いた。席に着くと、マイさんが話しかけてきた。

「お帰りなさい、アイン君。ふふ、今日は御馳走よ~」

「お母さん、それいつも言ってるよ」

「とはいえ、いつもより豪華なのは確かだからね。……それでは、我がエルシア家の新たな家族と、今日の勝利を祝って、乾杯!!」

 シフさんの音頭と同時に、ジュースが注がれたカップを三人のカップに軽くぶつける。小気味よい音がした。

「あ、この魚美味しい。ありがとうございます、マイさん」

「ふふふ、どんどん食べてね」

 食卓には色んな魚介料理とサラダ、それにスープとバゲットが並んでいる。俺が食べたのは白身魚の香草焼きで、魚の旨味とハーブの爽やかな後味が癖になりそうだ。と、

「あ、アイン。これも美味しいですよ」隣に座っていたユアが別の料理を進めてきた。

「そうなのか、それじゃ後で……」

「駄目です。今私の手で食べさせてあげます。ほら、あーん……」なんと、ユアは俺に対してこんなことをしようとしてきた。

「ま、待て!それは恥ずかしい……」

「恥ずかしがりやですね、アインは。まあ、そういうところも嫌いじゃないですけどね♪」

 初めて会った時から考えられないほど、ユアは俺に好意的だった。いつの間にフラグを立てたのでしょうか。そんな俺達を見て、マイさんもシフさんも笑い出す。

 気が付けば、俺も不思議と笑顔になっていた。


 楽しい夕食が終わり、入浴の順番待ちをしている最中にシフさんに呼ばれた。一体何事だろうか。

「で、だ。君があの時に見せた魔法は、どういう名前なんだ?」

「……俺にもよく分からないですね。あの時はただ、集中してただけですから」

 今までにもこんなことは何度かあった。喧嘩中に自分の意識が飲まれ、目が覚めたら相手をボコボコに叩きのめしていたというものだ。何とか自制してやりすぎないようにはしているのだが、今日のそれはいつもよりも止まるまでの時間が長かった。

「しかし、あの魔法は身体能力強化の魔法……補助魔法の中でも極めるのが難しいとされる部類だ。その最上位の魔法は肉体の限界をやすやすと超えて、術者に強大な力を与えるとされる」

 そんなものを俺は使ったのか。だが、俺は今日初めて魔法を習った。シフさんが言うところの最上位魔法なんて覚えているはずもない。

「だが、君との相性は非常にいいようだ。これからは自分でコントロールできるように特訓すべきだね」

「分かりました。……ところで、お願いがあります」

「やっぱり魔法学校に入れてほしい、だろ?」

「……そうです」

 興味本位で足を踏み入れる訳じゃない。この世界で生き抜くためには、いや他者を守り通すためにはまだまだ精進が必要なのだ。なんら努力をせず才能だけでやっていけるような気がしないし、それが理想とは到底思わない。一昔前の熱血スポ根漫画じゃないが、血のにじむような努力はそれを生かそうと思えばしっかり結果が表れてくるはずだ。

「本気みたいだね。だったら、理事長にでもかけあってみるよ」

「どうもすみません。ここでの仕事も頑張りますので、よろしくお願いします」

 そういって、俺は頭を下げた。


 シフさんとの話を終え、そろそろシャワーが空いた頃だろうと思い自分の部屋として割り当てられた場所に戻る。先ほどまで着ていた学校の制服は化物の血で盛大に汚れたので、マイさんに頼んで綺麗にしてもらうことにした。この世界にクリーニング屋があるとは思えないが、まあどうにかなるだろう。

「よっこらせっ、と」衣類を抱えて階段を上がり、部屋の床にひっくり返す。全てシフさんのお下がりらしいが、俺にはほんの少々窮屈な感じもしないでもない。彼の身長は170cm丁度という事で、177cmの俺にはサイズが合わないのは仕方あるまい。

 洗濯物からパンツとズボン、パジャマ代わりの薄着を取り出し、一階のシャワー室へ向かう。なぜ中世の世界にシャワーがあるのか、それは『ロスト・テクノロジー』の発掘・研究の成果らしい。シフさんによると、この世界は一度壊滅寸前まで文明が破壊されたという。破壊される前の文明を『ロスト・ミレニアム』と呼び、この当時の技術を『ロスト・テクノロジー』として各国が研究を進めている、らしい。

「シャワーにまさか、こんな大仰な話が付いてくるはな」この世界のシャワーも、つい50年程前に復元・生産が可能になったばかりらしい。今ではかなりの家がシャワーまたは浴槽を備え付けており、人の目を気にせず体を洗えるようになったとのことである。

 シャワー室の前に立つ。札には誰もいないことを示す○マークが書かれている。そのまま何も考えずドアを開けた。

 そこには、湯上りと思しきユアのバスタオル姿があった。

 すぐにドアを閉じた。いかんいかん。ちょっとシリアスが長過ぎたせいで、気が緩んでいたようだ。何故かどんどんどんと扉を叩く音がしますが、仕方がないので開けましょうか。

「アイン……酷いです。私じゃ魅力が足りないんですか?」ユアはふくれっ面で上目遣い。

 ユアのこの艶姿で間違いを起こさない人間はまずいないし、魅力がないなどといったやつはちょっとアブノーマルな思考のお方だろうと思いつつ、何とか理性を保とうとする。が、ふと下の方向に目をやった瞬間、彼女の胸が水に濡れてより扇情的な光景を見せつけられる。

「………………凄い、いいです」丁寧口調と化して、ユアの谷間に目が泳ぐ。我ながら情けない。くそ、もうちょっと下、下!

「そうでしょう、そうでしょう?でも、エッチなことは駄目ですよ。今から着替えますので」嬉しそうな顔でそう言いつつ、ユアはまたドアを閉めた。

「……一旦上がろう」

 風呂に入る前からのぼせてしまった。


 あの後、今度はちゃんとドアノックをして誰もいないことを確認しつつシャワーを浴びた。まあヤローのシャワーシーンなんて誰も望んじゃいないだろうからさっさと終わらせて、着替えて二階の部屋に引っ込む。

「カバンの中身は……電子機器は生きてるな」

 中身は筆箱、電子辞書、スマートフォンと充電コード、各種教科書とノート、携帯ゲーム機などといったごくありふれたモノしかない。流石にコンセントはなさそうなので、スマホの充電は無理だろう。それ以前に電源を入れても圏外のようだ。当たり前か。

「ただ、面白そうなものはいくつかあるな」

 俺の部屋は少し前まで住み込みの家政婦|(この言い方も若干古いか)の部屋だったらしく、その方が持っていくのを忘れたのか、分厚い本がいくつも並んでいた。その中の一冊を手に取るが、中身はアルファベットのようなよく分からない文字で書かれていた。

「ま、これも勉強と思っておくか」

 と、ドアをノックする音が。

「アイン。私にあなたの国の文字を教えて下さい!」

 ユアだった。律儀にあの約束を憶えていたのか。

「分かった。じゃあ、こっちに来てくれ」

 シャーペンでノートの切れ端に自分の漢字名と、ローマ字読みでルビを振ってやる。

 |藍野阿陰(Aino Ain)

「これが、俺の名前だ」

「阿陰……なんか、カッコいいですね!」

「しかし、なんで日本語が通じるのに漢字に驚いてるんだ?」

「漢字っていうのは、一応読めますけど書くのは難しいんです。名前に漢字を使っている人なんて、私の知る限りじゃ殆どいません」

 そういや、日本語は外国人にとって習得が非常に難しい言語だとよく耳にする。それと似たようなものか。

「漢字が読めるってのも、『ロスト・テクノロジー』に関連するのか?」

「そうらしいです。詳しくは分かりませんが……」

 そこまで言って、ユアは「そうだ!」と話を変えてきた。

「私も阿陰みたく漢字で表してください!そして、二人きりの時は漢字で呼び合いましょう!」

「なんだそりゃ?まあ、考えてはみるけど……」電子辞書を開き、良さそうな音を拾ってみる。

 数分後。

「そうだな……優愛ユアってのはどうだ?」あまり自信はないが、書き出しつつ答える。

「……ありがとう、ございます。こんな、綺麗な名前……」ユアは嬉しそうだった。

「な?音は同じでも、漢字で表せば結構違って見えるだろ?」

「はい。この字って、『優しい』と『愛』ですよね。私には合わないと思いますが、それでもいいんですか?」

「何言ってるんだ。優愛は十分優しいはずだろう?それに愛だって……」

「はぅぅ……」悶えるユア。可愛すぎる……気が付けば俺は、彼女を抱きしめようとしていた。まずいまずい、美少女なら見境がないキャラになりそうだ。

「え……?そ、そんな、まだ、今日知り合って、えーと、その、ああっ……」俺が何をしようとしたのか分かったらしく、ユアは赤面して部屋から出ようとした。

 だが、扉の前で振り返り、頬を赤らめつつも笑顔。

「それじゃ、明日からも宜しくお願いしますね、阿陰!おやすみなさい」

 そう言ってユアは廊下をパタパタと駆けて行った。

「……寝よう」

 かつて男友達に天然タラシの才能があるかもしれないと言われたのを思い出した。とんでもない、俺は異性として当たり障りのない受け答えをしているはずなのだが。

 電気を消して、今日一日を振り返る。大小色々とあったが、既に昔のことのように思えてしまうのは何故だろうか。あまりに非常識な体験の連続で体も心も疲れていたのか、俺は至極あっさりと眠りに落ちた。

 しかし、翌日にさらなる事件が俺の身に降りかかるとは、思いもよらなかった。

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