第7話 その身に秘められし力
―3時間後。
「ふーむ、一応攻撃魔法は全属性試したね」
「はぁ、はぁ、はぁ……」俺は店舗の隣にある大きな庭に突っ伏した。既に日が暮れだしている。
「ユア、アイン君を回復させてあげなさい。彼は魔力を大きく消耗している」
「わ、分かった!『我、汝の心に光を与う』!」
シフさんが言うところには、魔法の相性は実践において多大な影響を及ぼすらしい。攻撃魔法が得意な人間もいれば、補助魔法が得意な人間もいる。そしてユアのように、回復魔法が得意な者も。更にそれぞれの魔法には属性というものがあり、種類・属性の組み合わせによって個々人にとっての最適な魔法が導き出されるのだという。しかし、俺の場合は……
「攻撃魔法は間違いなく相性が悪いね。このままでは使っても威力を十分に発揮できない」
「そ、そうですか……」ユアの魔法によって魔力とやらが回復しているのだが、あまり実感がわかない。
「相性が良ければ、威力や効果を増大させたり、詠唱時間を大幅に短縮できたりするんだが……逆に相性が悪いと魔力を余分に食う割に本来の性能から大きく弱体化してしまうのさ」
「つまるところ、使うなってことですね」俺はため息を吐いて、結論を出す。
「まあそうがっかりしないでくれ。少し休んだら次は補助魔法だ」
シフさんはそう言うが、俺としては落胆を禁じ得ない。やはり攻撃魔法はファンタジーの花形で、ゲームや小説ではそのド派手なパワーに興奮する所があった。あの老人は俺の不満を見抜いてこの世界に呼んだというが、俺の異界において発揮される才能などは特に気にもかけなかったのか?
「ええ、休憩させてもらいますよ……」とはいえ、悩んでも仕方がない。暴力に無縁の生活は、かつて夢見ていたものだ。ここで店の手伝いをしつつのんびり暮らすのも悪くない。
(あれ?でも老人は誰かを護衛してほしいと言ってたな)
わざわざ別世界の人間に依頼するぐらいだからきっと重要な人物なのだろうが、未だにそれらしき人には出会っていない。はて、いったいどういう事か。
「ま、マイさん!!」
家の横にある庭でそんな事を考えていると、玄関の方から青年の声が聞こえた。どうやら走ってきたようだ。
「どうしたの、そんな声を荒げて」
「た、大変です!妙な男二人がモンスターを連れて町に侵入してきました!」
「何ですって!?その男二人って、どんな姿なの?」
「えーと、一人はひょろ長いやつで、もう一人はちんちくりんの男です」
なんかデジャビュを感じる青年の説明。まさか、あいつらか?
「マイ、僕は行くぞ。この町を守るのはこのエルシア家の使命だからな」シフさんが玄関側に駆け寄り、そしてそのまま庭の策を飛び越え町の方へと走り出した。
「アイン様、私たちはどうすれば……」ユアが不安そうな面持で問う。
「少なくともお前が気にする事じゃない。どっちかといえば俺の責任だからな」
「でも、お父さんが……」
「気になるなら行くか?」俺の返事に、「え?」とユアは驚いた顔。
「万が一ってこともあるし、あいつらだけならどうにでもなる。問題はモンスターの方だが……やってみなきゃ分からねぇさ」
そこまで言って、玄関のマイさんに話してみる。
「という訳で、ユアを連れて町の入口まで行きます。大丈夫です、俺が守りますので」
「……分かったわ。うちの事は任せなさい」
「ありがとうございます!さぁ、ユア!行くぜ」
「……はい!」
そう言いながら俺達は、すでに庭を飛び出していた。
「くっ、なんて大きさだ!弓矢が効いていないぞ!」
「諦めるな!まだ勝機はある!!」
町の中心部は、戦場だった。露店は潰され、僅かに血の匂いが漂う。町の住人が必死に応戦しているが、『そいつ』には効果が薄いようだった。
「ハハハハハ、効かねぇ効かねぇ!この『ジャイアント・オーク』の前では、お前たちなんぞゴミクズ同然よ!」
「流石に100万zもかかった分はありますね、アニキィ!」
「そうともさ!必死に追いはぎしてこつこつ貯めた甲斐があったぜぇ!さぁ行け、男どもに用はねぇ!踏みつぶしちまえぇ!!」
何とも聞き覚えのある声がしたと思ったら、予想通り昼間蹴散らしたあのコンビだった。しかし昼間とは違い、やたらとデカい化物の上に陣取って胡坐をかいていやがる。
「皆、どいてくれ!こいつは僕が倒す!」
「おお、シフ先生!あんたならイケるかもしれないな!」
と、人混みから一人、シフさんが飛び出した。俺とユアはそれを遠くから見ることしか出来なかった。
「さあ、喰らえ!『風の千刃』!!」
途端、空気の流れが強くなった。化物にも効果があるようで、暴れ狂うのをやめてもだえ苦しんでいる、ように見えた。
「おいおい、その程度は対策済みだ。てめえがここを攻める上で一番の脅威だと知っているからなあ!」
ひょろ長ノッポのチンピラがのたまう通り、直後に化物はパンチを繰り出した。魔法の発動後の硬直で動けないシフさんは、それをモロに喰らってしまった。そのまま吹っ飛んだシフさんは、地面に倒れ伏した
「お父さん!!」ユアが人混みをかき分けてシフさんの下へ向かう。
「おや?お前は昼間の……なんだ、この雑魚の娘だったのかぁ!」
「これはチャンスですぜアニキ、この女も連れて帰りましょう!」
「そいつぁ良~いアイデアだな!そんでもって今夜は……グフフ!最高じゃねえか!!」
好き放題に嗤うチンピラコンビに、ユアは激怒していた。
「……いい加減にしてください。お父さんを笑うものは、絶対に許しません!!」
しかし、自分らの圧倒的優位を確信するチンピラコンビは挑発を続ける。
「ほーお、どう許さないってんだ?お前さんの魔法は回復がメイン……それでどうやってジャイアント・オークを倒す?」
「まさかアニキ、裸踊りでもやってオークを悩殺するんじゃ?」
「馬鹿言え、オークにヤられるのが好きな女がどこにいるんだよ!!ハハハ!」
成程、この二人は幾度かの調査を経て勝てる手段をとりに来ているのか。ユアも自分の力ではどうにもならないのか、シフさんの治癒を優先するようだ。しかし、その間は無防備になる。
ならば。
ゆっくりと群衆をかいくぐり、シフさんたちの下にやってきた。当然チンピラコンビは俺に気づく素振りを見せるが、無視。大声を張り上げる。
「おいジジイ!テメェ、俺を選んだよな、だったら解決策の一つや二つ、用意しやがれってんだ馬鹿野郎!!」
周囲に俺の叫びがこだまする。その後しばらくの静寂を破ったのは、憎き二人組であった。
「おいおいおい、どうしちまったんだ!とうとうイカれたのか!?」
「元からコイツイカれちまってるようなもんじゃないですか!」
笑われるが、それで十分。これで気合が入った。
「ふん、笑ってられるのも今のうちだぜ」
「何だとぉ?この状況を見て、そんなことを言えるのか?」
「一分だ。一分もあれば、その豚を屠殺するのにゃ十分なんだよ!!」
久しぶりにキレた。純粋な殺意というものだろうか、あの事件以来封じていた感覚を思い出す。
(手段は選ばず、相手にとって最悪の結果を……)
一瞬の考えが脳を駆け巡り、全身に力が溢れてくる。
「あ、あれは……!」
「どうしたの、お父さん!」
「補助魔法、それも最高位の代物だ!」
背後の二人の声が聞こえた、しかし、『肉体』はもう眼前の敵を捉えたままだ。そして、
一閃。
化物の懐に素早く入り込んだ俺は、心臓めがけて貫手を放った。
「………………!!」
悲鳴すら上げることなく、化物は身を震わせた。
俺の右手から、化物の血が大量に零れ落ちる。
「な……」ひょろ長が戦慄する。「ジャイアント・オークを一発で……なんて奴だ!!」
(やって、しまったか)
再び、この手が汚れた。罪悪感も正義感も超越した、純粋なる闘争本能。飲み込まれる、俺の意識。
まだ、止まらない。
心臓部から腕を抜いて、今度は化物の腕を手刀で切り刻む。ぼとぼとと落ちる肉塊に、住人が戦いた。両腕を細切れ肉に変えてやったら、次は臓物を引きずり出し、引きちぎる。最早化物はうんともすんとも言わなくなったが、そんなものはお構いなしだ。
「や、やばい!逃げるぞっ!!」
「あ、あいつ恐ろしすぎますぜアニキィ!!」
逃げ出すチンピラコンビ。しかし、俺の本能は生きのいい獲物を見逃さなかった。
「……カニバリズムってのも、いいよなァァ!!」
一気に距離を詰めると、近くにいたひょろ長の顔面に渾身の正拳をぶちかます。有無を言わさずマウントポジションをとり、パンチの連打で叩き潰した。
「さぁ、今宵の晩餐となるがいい!」
(やめろ……!!)
ぎりぎりで意識を介入させる。これも刑務所での訓練で身につけた代物だ。自分が制御不能に陥っても、どうにかして止められるようにする。
腕は、ひょろ長男の心臓の数センチ手前で止まった。
「そいつを引き摺ってでも逃げろ!!」距離をとって、俺は小太りの男に警告する。男も、ただ頷いて言うとおりにするしかなかった。やがて二人の姿が消え、俺はようやく自身の全てを取り戻した。
戦闘は、終わった。
町の住民には、奇跡的に犠牲者が出なかった。怪我を受けた人々も、ユアや他の学生達を中心としたメンバーによる魔法で治療を受けた。残ったのは、バラバラ死体と化した化物と大量の血痕。
「これが、俺の才能だってのか?俺は結局、人殺しにしかなれないのかよ……」
日が完全に沈んでも俺は、町の入口で立ち竦んでいた。
その時。
「そうだ、しかし英雄は皆人殺しだ」
この世界に飛ばされる時に聞いたあの老人の声だ。視界のどこにも、後ろにもいない。脳内に語りかけているのだろうか。
「……英雄と呼ばれるものは、人を救う一方で多くの敵兵を殺してきた。それは、お前の世界でもそうだったのではないか?」
そうだ。戦国時代、百年戦争、そして世界大戦。人殺しは、いつしか英雄となった。
「しかし、彼らの大多数には唯の殺人鬼とは違う点がある。何か解るか?」
「……分かるかよ。人に限らず、正当な理由なく生命を奪うのは重大な罪だろ」俺にとっても、それは許されないことだ。
「違うな。奪いし命への、懺悔と感謝だ。それは人生を懸けた償いである」
「もしそうだったとして、何で奴らは英雄という地位を捨てないんだ?」
「簡単なことだ。英雄として君臨することが、償いだからだ」老人はさも自分もそうであったかのように言い出す。
「英雄として君臨することが、償い……」
「その通りだ。君臨することで、奪われた命も自身の存在が無駄ではなかったと悟るようになる。全てのものに価値があることを証明するのが、英雄の真の戦いなのだ」
「……詭弁であり、極論だな」
「だが、気晴らしにはなったろう?」
老人との問答で、ほんの少しだが気が紛れたのは事実だ。しかし、まだ聞きたいことがある。
「ところで、あんたが言っていた『俺が護るべき人物』ってのは、誰だ?」
「……それは明日以降お前が知るだろう。今はまだ、無知なままで良い」
そう言って老人は、『消えた』。言うだけ言ってすぐに帰るとは、どうしようもない人間だな。そう思っている矢先、後ろから何者かに抱き付かれた。振り返ると、頭一つ下にユアの顔があった。
「……アイン様、今日は2度も救っていただきありがとうございます」なんて事だ。あの惨状を見ても、まだユアは俺を信じてくれるのか。
「……ああ。後、やっぱり『様』付け禁止で。恥ずかしい」顔の緩みを見せないようにしつつ、明るく振舞う。
「えぇ!?じゃあ、どう呼べばいいんですか?」
「後で俺の故郷での名前を教える。音は一緒だが表記が違うんだぜ」
「そうなんですか?それじゃあ、私も同じ風に呼んでほしいです」
「分かったよ。でもその前に御相伴にあずかってもいいかい?」
「はい、勿論!」
きっと今の俺には、英雄なんてふさわしくないのだろう。それでも、今ここにある笑顔を守れたのなら、あの時から成長しているって事なのかね。そんな事を考えつつ、俺は食欲を満たすため、新たな家へと帰るのであった。