第6話 家族と新生活と魔法との邂逅
「本当にいいのか?世話になって」
「大丈夫です。私が説得してみせます」
偶然助けた少女に道案内されて、無事町の入口までたどり着いた。
「この場所はレイファという町です。私の家もここにあるんです。この辺では一番大きい町で、露店も沢山あるんですよ」
「そうか。……ところで、君の名は?」ガッツリ興味を持っていると思われるのもアレだが、出会ったのも何かの縁だろう。名前ぐらい聞いても問題ないはずだ。
「ユア・リヴィエラ・エルシアです。ユアとお呼びください!」
だいぶ落ち着いてきたのか、ユアは柔和な表情を見せる。
「分かったよ、ユア。それなら俺も名乗らなきゃな。俺は阿陰……藍野阿陰だ。宜しくな」
「はい!了解しました、アイン様!」
「おいおい、様はつけなくていいよ。そんなに俺は偉くない」
「いえ、これは私なりの敬意の表れです!」
「そ、そうなのか。まあ好きに呼んでもらっても文句は言わないけど……」
人助けなんて、見返りが目的でやるつもりはさらさらない。先ほど逃がしてやった二人組も、大した腕もない三流ヤクザで不完全燃焼気味だったが、こうやって美少女から好意的に接してもらえるのはまあまあ嬉しいさ。
「それじゃあ、そろそろ家へ案内しますね」
ユアの後ろについて、俺は町の門を潜った。なるほど、結構賑わっている。まるで絵本の世界から飛び出してきたような建物群と、いかにもファンタジー調な服装の町民が決して広くはない道を行き交うさまは、中世ヨーロッパのそれに酷似していた。
「……と。着きましたよ。ここが私の家であり、一緒に働く予定のお店です」
町に入ってから数分もかからなかっただろうか、メインストリートから少し外れたところにその建物はあった。他よりもかなり大きく、屋敷といった方が違和感がないほどだった。店舗スペースの横にある扉の前に立つ。コンコン。ユアが扉をノックすると、程なくして玄関の扉が開いた。
「ユア。あなた、杖を忘れたでしょう?モンスターが出るかもしれないから、森に行く時はちゃんと持っていきなさいって……あら?」
扉から出てきたのは、ユアと同じ緑髪の女性だった。彼女は俺に気づくと、「えっと、どちら様ですか?」と聞いてきた。
「お母さん。この人が私を助けてくれたの。ねっ?」
俺が答えるより先に、ユアが口を開いた。そして俺の右腕をつかみ、あろうことか恋人のようにそれを抱きしめたのだ。薄い布を通じてユアの柔らかな部分が腕に当たり、驚く。
「あ、あの、胸が当たっとるんですが……」耳打ちでユアに話しかけるも、「当ててるんです」と笑顔で返された。うーん、どうしてこうなった。
「あ……もしかして、あなた、うちの娘とそういう関係に……」
「いえ、さっき会ったばかりです。とりあえず事情を話しますから、少しお邪魔させてもらってもいいでしょうか」
極力イントネーションに気を使って喋る。長くこの状態が続けば、主に下半身がヤバいことになるだろうし、誤解は解かなければな。
「わ、分かりました。それでは居間へ案内いたしますので、お上がりください。ユアも、ちゃんと説明してもらうわよ。いい?」
「はぁい。じゃ、ちょっと名残惜しいですけど離しますね、アイン様」
そうやってユアに解放された右腕には、まだ背徳的な感触が残っているような気がしてむずむずする。ともあれ、俺とユアは居間に向かうことにした。
「……という訳で、俺は彼女に連れられてここに来たんです」
出された紅茶とケーキの味に感服しつつ、俺はこれまでのいきさつを話した。といってもそのまま全部話した訳ではなく、俺が別の世界の人間であることやどうやってユアを救ったのかというあたりはちょっと端折ったりぼかしたりしてある。余計な混乱は起こさないほうがいい、ましてや相手がこれから懇意になるかもしれない方ならばなおさらだ。
女性の名前も分かった。マイ・エルシアという方で、ユアの母親ということだ。33歳と紹介されたが、どう見ても20代前半ぐらいにしか見えない。どうもマイさんの家系は代々この一帯を統治しており、あの森も先祖から受け継がれた敷地の一部だという。
「なるほど。モンスターじゃなくて、困った方々が出て来て、貴方はうちの娘を守るため飛び出したと」
「そうなの。凄く格好良かったんだから」母娘の会話を聞きつつ、ちょうどいい甘さのアールグレイを啜る。どうやら信じてくれたようだ。
「で、お母さん」ユアは話を切り替えた。「この人、お金もなくて大変なの。うちには何個か部屋が空いてるし、ここで住まわせて欲しいかなって……」
「身勝手な話で申し訳ありません。もし反対されるのであれば、また別の場所をあたります」俺も頭を下げた。
「……いいわ。アイン君、ここに住んで頂戴。その代わり、ガンガン働いてもらうわよ~?」マイさんは結構ノリのいい性格みたいだ。
「はは、頑張ります」と返事するも、脳内でガッツポーズはしてしまう。なんとまあ、幸運は続くものなのだろうな。衣食住がどうにかなりそうで、正直肩の荷が下りた。
「それでよければ、ユアのことも宜しく頼みたいのだけれど……」
「はぁ。護衛ですか?」
「それもあるけど……」
「では、他に何を」
「そうね……。単刀直入に言うと、ユアと結婚してほしいの」
紅茶を飲みほして良かったと思う。間違いなくむせかえっていたからな。
「お、お母さん!」ユアも顔が赤い。当然だろう。
「やっぱり逞しい男性は理想よね!ユア、良かったじゃない!」
「あ、あの……お母様……流石に出会って一日も経ってないのにそんな……」
「いやだ、お義母様だなんて!やっぱりアイン君、乗り気なのね!」マイさんはすっかり俺がその気であると思い込んでいるようだ。助け舟が欲しいと思い隣のユアを見ると、
「あ、ああ……アイン様と私が……はぅ」可愛い。いや、そうじゃなくて!
どうにか丸く収める方法がないのか。誰か、助けて下さぁぁぁぁい!
「ただいまー。学校から帰ってきたぞー」
太く、低い声が聞こえた。玄関の方からだ。
「お、お父さんだっ!」ユアが完全に裏返った声で言うには、この声の持ち主はエルシア家の大黒柱であるようだ。さぁて、どう説明したもんか……。緊張して登場を待つ。
やがて現れた彼は、意外にも細身だった。その顔には苦労の証たる皺こそ比較的少ないものの、よれよれになった服装は企業戦士の姿を彷彿とさせる。しかし学校から帰ってきたという事は、教師か何かなのだろうか?
「お帰りなさい、あなた」マイさんが彼の近くに寄る。
「ああ、帰ってきたとも。今日は少しハードだったかな」
おしどり夫婦のような2人を見つめていると、男性はこう聞いてきた。
「ん?君、見慣れない顔だね。最近ここに越してきたのかな」
「ええ、まぁそんなところです。ただ……」少々言いよどむ。
「ただ?」
「彼、ここに住むことになったの。紹介するわ、アイノ・アイン君よ」突然話に入ってきたマイさんがここでもマイペースっぷりを披露する。しかし言葉が足りなかったため、
「な、何ぃっ!?どういうことなんだ!?」と余計に事態がややこしくなった。
「すみません。全ては僕の口から話します……」
俺は腹を括った。さて、どうなることやら……。
「ははは、そういうことならオッケーだよ。しっかり働いてくれたまえ!」
あっさりOKサイン貰っちゃったよ。大丈夫かな、ホント。
十分ほど事情を話すと、彼はすんなり納得してくれたようだ。
「そうだ、僕の名前も覚えてくれ。シフィルス・エルシアだ。みんなからはシフと呼ばれているよ」
シフさんも相当にノリが良い人だった。先ほどからユアは両親に振り回されっぱなしで目が回っているようだ。
「ところで君、魔法に興味はあるかい?もしよければ、僕が勤める魔法学校に推薦状を送るよ」
「もう、あなたったら。家族の一員となる方をいきなりスカウトしないの」
「良いじゃないか、うちの娘を下郎から守ってくれた恩人なんだ!まだまだ恩返ししたいのさ」
「いえいえ、結構です。家と仕事があるだけで問題ありません」これは本心だ。居候の分際で、不要な負担を強いる事は好ましくない。
「そうはいかないさ。君ほどの腕利きなら、さぞ魔法の才能もあるに違いない。そうだ、今から店の売れ残りを使って少々手ほどきしようか!おーい、ユア。手伝ってくれ」しかしシフさんはやる気満々だ。
「ユア、お前も魔法ってのが使えるのか?」
「はい。といっても私は回復魔法が得意なだけですし……」ユアは少し困った顔をして、答えてくれた。
「何を言ってるんだ、ユア。お前の魔法の腕前は学内どころか帝国でも話題になってると聞いたぞ」シフさんは既に店舗スペースに行き、隅っこの木箱から何かを取り出した。
「何です?それは」と言い出したが、よく見りゃそれは青い装丁の本だった。
「ふふふ、これこそが魔道書だよ。これはごく初歩的な魔術を収録した魔法使い入門編さ。まずはこの中から、君に合う魔法を探してみよう」
そんな事を言われれば、興味がないなんて嘘になるな。
「分かりました。覚えてみたいのは事実ですし、何もしないのもアレですから。ユアも可能な限り俺に教えてくれ、頼む」
「……はいっ!頑張りましょう、アイン様!」ユアはどこか嬉しそうだ。
「あらあら」マイさんは楽しそうに眺めている。
さぁ、新たな世界で新たな生活の幕開けだ。