第47話 死闘からの帰還
やっとこさ本筋が進みました。遅筆&引き伸ばしは罪ですな。
「………………」
何時の間に現れたのか、ヴァンは廊下の壁にもたれかかっていた。
「……お前、何でここにいるんだ?」
「それは僕が聞きたいね。生徒会役員でありながら無関係の生徒を連れ出し、ホテルを離れてこんな場所まで出歩くなんて……」
「成り行きだ、責めたけりゃ後日不信任案でも何でも提出しとけ」
しかして、こいつと俺の疑問は主語が違うだけでほぼ同一のものだ。『何故こいつ(ら)がこの場所に居るのか』、それに尽きる。
「……僕は、そこの彼女に呼ばれただけだ。君達のように潜り込んだ訳じゃない」
「事情まで知ってるとは恐れ入るな。お前、何処かで監視していたのか?それとも尾行か?」
「好きな解釈で構わないよ、それ自体に意味は無い」
「そうか、じゃあそうしよう」
こいつに聞いたってはぐらかすだけだ。今回の場合ヴァンがこの場に居る事自体が問題なのであって、そこに関するオプションは後々誰かが考察してくれればいいさ。
「……さて、それぞれ疑問はあるだろうけど僕からの頼みは一つ。彼らを見逃してやってはくれないか、という点だ」
「面白くもない冗談ですね。貴方に言われた所で、私達がここで実験体000号と539号を逃すとお思いですか?」
「冗談と取られるのは心外だね。無論、君達にもメリットはあるさ。例えばそこの彼……オーベルン、だっけ?正直、万全のコンディションでもないんだろう?」
「………………ふん」オーベルンと呼ばれた大男が心底不服そうに鼻を鳴らす。
「それはアイン君も同様だ。彼もまた、三人をかばいながらの戦いで十全に力を発揮できていない」
「……それがどうしましたか?オーベルンが無理でも、私が戦えば……」
「そこでもう一つのメリット。君達が実験体000号と呼ぶアイノ・アイン君には、とてつもない力が宿っている……ここまでは既知の通りだ。しかし、その力の詳細は明らかになっていない」
「それは私達が確保してから調べればいいだけです」
「果たしてその予想通りに行くのだろうか?アイン君は君達に対して強い不信感を持っている、強硬策で彼を捕らえても素直に協力してくれるとは限らないさ……そうだろう?」
ヴァンに問いかけられたようだ。ここは同調しておこう。
「当たり前だ。俺をモノ扱いするのも気に喰わねぇが、無闇に他人を巻き込んで脅しをかける手法は輪をかけて気に入らねぇ」
「……との事だ。まさか、性質も何もかも分からないのに薬物や精神操作で無理やり力を引き出させようと考えるほど君達は愚かじゃないと思っているが……」
「確かに、万一暴走や力の消滅が発生すればそれは大きな損失ですね……いいでしょう、今回は見逃してあげます」
なるほどね、よく分かった。つまりエリーやオーベルンの所属する組織は、俺や孝のような『実験体』を確保するのが目的で、しかもその力を使ってなんやかんやするらしい。で、『実験体』の力が無くなれば一大事だからヴァンの脅しにあっさり引いた……と言う事か。孝も概ね同じ解答に辿り着いたようだ。
しかし、大事な部分が抜け落ちている。譲歩させる以上は、代わりの条件を提示しなければ相手は納得しない。
「賢明な判断に感謝するよ。ところでだ、アイン君。このように話はまとまったが、君からの追加条件はあるかい?」
「……当事者の意見もそこそこに纏めやがってと言うのはあるが、今回だけは許してやる。それよりも俺が言っておきたいのは一つ、何の関係もない人間を巻き込むんじゃねぇ」
「何の関係も……何を言うかと思いきや、その程度の事ですか」
「その程度?冗談じゃねぇよ、てめえらのやり口は反吐が出る。シフさんに重傷を負わせて、ユアを追い詰めて……挙句今回はそれ以上の無関係な奴らを引き合いにしやがって。言いたいことがあるならスパッと言いやがれ、それが出来ないから最近の若い奴はダメなんだよ」
「いや、若い奴って……アインも俺らと同年代だろ」孝に突っ込まれたが、気にしない。
「とにかく、てめえらが何度襲って来ようと幾らでも返り討ちにしてやる。だがな、もし他の連中を巻き込んででも俺をどうにかしようってんならこっちにも考えがある。それを忘れるなよ」
先程窮地に追い込まれた男の発言とは我ながら思えない。しかし、こういう場面ではハッタリを効かせなければ舐められるだけだ。
「よし、それじゃあ戻ろうか。これ以上ここに居ては二人が危険だ」
「俺としては、その意見に異論はないな。孝は」
「相違ねぇ」
「という訳で、ここは引かせてもらうよ」
ヴァンが指輪を取り出し、左手の人差し指に填めた。その直後、景色が歪んだように見え……。
「………………ここは?」
見覚えのあるレイアウト、確かこの部屋は……。
「307号室。タカシ君達の部屋みたいだね」
「お、おぉ……って、何で俺達の部屋だと知ってるんだ?それと、どうしてここに……」孝が質問するも、ヴァンは答えない。
「今は寝るんだ、僕はアイン君と話がある。二人はこの部屋で寝かせてやってほしい」
突然俺達が現れたからか、他のルームメイトがびっくりしている。彼らに事情を伝える訳にも行かないので、ヴァンの意見には賛成だ。孝も渋々ながら引き下がってくれた。
307号室を出て、俺とヴァンは廊下を歩く。奇跡的に見回りが誰も居なかったので自室、505号室へ招待する。ここなら他に誰もいないので内緒話にはもってこいだ。
「流石に一人部屋だとかなり広く感じるね」
「……で、何だよ。話があるんだろ」
「あぁ。少し、真面目な話だ」
またユアとの思い出話か何か……ってのは無いか。それより、先の一件にまつわる話の方が可能性は高いか……。
俺が色々考えている内に、ヴァンは口を開いた。
「忠告しておくよ。今、君はかなり危険な真似をしている」
「危険?この程度の事態なら、予想の範囲内……」
「そう軽々しく物を考えない方がいい。君の悪い癖だよ」
こいつ、今まで以上に真剣な眼をしていやがる。それでいて、どこか俺に対して攻撃的な……。
「悪い癖、か。それは申し訳ないな。でも、今回はどうにか想像以上に大事にならずに済んだじゃねぇか」
「楽観的だね、本当は自分でしでかした行為の愚かしさを理解している癖に」
「……物知り顔で意見を押し付けるのはウザいだけだと思うがな。分かってるよ、軽率だった」孝達を危険に晒した挙句、知らなくてもいい事実に触れさせちまった責任は認めるしかないのは確かだ。だが、ヴァンの怒りは治まりそうになかった。
「それだけじゃない。君の持つ力、『無限機関』はその性質上世界すらも滅ぼしうるものだ。それに対し、君は些か油断が多すぎるんじゃないのか?」
「……だったら、どうすりゃいい?俺だってこんな力持ちたくはなかったよ、周りを傷つけてまで得た力に何の意味があるってんだよ……!?」完全に癒えてはいない右腕を見る。
「それは君自身が答えを出すべきだ。僕が怒っているのはそんな事じゃない」
「じゃあ、何なんだよ……!」
「エルシアさんに何があった?君が言っただろう、『追い詰めて』と」
よく聞いていたな。俺は隠す必要もないと思い、話してやる。
「あいつは襲われたんだ。さっきの連中が差し向けたロボットみたいな奴に、な」
「それだけで僕が納得できると?」
「それなら襲ってきた奴の人相風体でも教えてやろうか?それともどんな攻撃を仕掛けてきたかが知りたいのか?」ヴァン、お前は本当に何を知りたいんだ?
「そうやって煙に巻こうとするのか。いつまでもその態度をとるつもりか」
「……黙れよ。俺がどんだけ悩んでるかも知らない癖に」ついに俺も堪忍袋の緒が切れた。「大体何だ、お前は以前話していたよな、『見守る』ってよ。それはお前がユアに対して負い目があるからじゃなくて、単なるストーカー精神の現れじゃねぇのか?気持ち悪い。お前があいつをどう思っていようが、あいつとお前に昔どんな事があったのか知らねぇがな、碌なアプローチもしない割に赤の他人が割り込んできた途端出しゃばってはネチネチ愚痴を垂れやがって、陰湿なんだよお前は」
「……!それが、君の答えか?」ヴァンの目つきが変わった。先程までの僅かな迷いを含んだそれじゃなくて、ただただ眼前の少年を憎むような冷たい視線だ。
「いいや、言い足りないね。さっきもそうだ、俺がピンチに陥った途端に出てきたのも腑に落ちねぇ。どうせ愛しのユアを奪いそうだから罠に嵌めて始末しようと思ったんだろうが。それでのこのこ現れて俺の最期を嘲笑おうとして失敗したから適当に話を合わせて誤魔化そうとしたのも分かってんだよ」
「何を言ってる……?まさか、僕を疑って……」
「とぼけんじゃねぇ、他にも知り合いが居るんだよ。そいつから聞いた、学園内にスパイが居るって事を!」
俺はテーブルを強く叩き、凄んだ。
「それはお前だろ、ヴァン!お前こそが一連の事件の黒幕なんだろうが!」
「……失望した。まさか君が、これほどまでに馬鹿だとは……」
憐憫の表情を見せるヴァンに対し、俺の怒りは止められなかった。
「何が馬鹿なんだよ。だったらあの連中と顔見知り風だったのはどう説明をつける気だ?」
「彼らは僕達と敵対する組織だ。僕はその内部に潜り込んでいたに過ぎない」
「ふん、もっとマシな言い訳をすべきだったな。その程度で俺を騙せるとでも思ったのか!?」
「……これが最後通牒だ。先程の発言、撤回する気は?」
「ない」
「じゃあ、決裂だ」ヴァンはそれまでとはうって変わって無表情を張り付けて、立ち上がる。そのまま扉を開けようとし……一度立ち止まった。
「君とは良い関係を築けると思ったのに、残念だ」
「言ってろ、詐欺師が」
俺の発言に反応する事もなく、ヴァンは去っていった。
(何なんだよ……クソッ)
あーあー、せっかくの合宿初日が気分最悪なものになっちまった。まぁいいや、さっさと寝よう。
「ね、寝れなかった……」
結局あのやり取りとか地下での出来事とか諸々が脳内をぐるぐる巡り、一睡もできず朝を迎えた。当然腕も治っちゃいない。まぁ、それは後でユアに治してもらおう……。
「隙あり!」
「がふっ」
と思っていたら、A組の男子生徒に『気弾』を喰らった。イテテテ。
「だ、大丈夫?」リーゼロッテが駆け寄る。
「問題ねぇよ、ちょっと考え事していただけだ」直ぐに立ち上がり、対戦相手の生徒と握手をする。
「いや、どう考えてもおかしいよ……こんな暑いのに長袖トレーナーだし」
「問題ないと言ったら問題ない、だ。ちょうど今から小休憩だし、ちょっと休めばすぐ復活するさ」
別館の体育館から抜け出そうと、ふらふら歩き出したが……。
「あれ……?」
脳味噌がぐわんぐわんして吐きそうになった。何故か全身から力が抜けていくように、視界が横倒しへ……。
少しの痛さと共に、左の頬が冷たく感じた。目前に広がるのは長く続く木目。
『大丈夫か、しっかりしろ!』
何人かの声が聞こえる。って事は俺は、倒れ込んだのか。全くと言ってもいいほど実感がないどころか、何故か瞼がゆっくりと閉じていく。
体育館で最後に目にしたのは、駆け寄ろうとする級友や教師の姿だった。
来週以内に第一部完結させる予定です。




