第46話 巨塔からの大脱走
もう少しで第一部完結予定です。
「なるべく追手を封じ込めるように組み替えてくれ!」
「わかってる!しかし、キリがないな……!」
この施設は下層階ほど面積が広くなるようで、アルバートとマルドゥクを探しながら逃げ回る俺達の体力と判断力を奪いにかかっていた。後方から迫り来る人形の群れを、孝の『創造空間』で密室に閉じ込める。しかし、今度は別方向から接近してきた。
「ちぃっ、ゴキブリみたいに出てきやがって!アイン、そいつは任せたぞ!」
「よし、これだけ狭ければ……」右の掌を突き出し、敵へ向ける。「『収束型電流砲』!!」
掌から電撃を放ち、前方の人形を焼き尽くす。ヒトの顔が焼け落ち、メカニカルなパーツがむき出しになって、しかしそれらは溶け落ちた。
「相手が生きてないならこれほど気楽な戦いはねえな」
「いやいや、かなり容赦ないと思うけど……」
「そうか?まぁいいや、次探すぞ」
まだ見ていないのはこの十字路を右に曲がった先の区画か。今なら誰も来ていないし、急ごう。
「ここが最後のポイントか?」
「みたいだな。そこの案内図にも載ってるけど、他は既に俺達が見て回った箇所しかない」
「つまりはここに二人が閉じ込められてる可能性が高いって事か。でも、別の階に移動させられてる可能性もあるんじゃねぇのか?」
「それは多分ないと思う。連中はあくまで俺達が自分の意思で協力してくれるように仕向けようとしているはずだから、こんな風に脱走して暴れ回られた場合の想定はないはず」
「どちらにせよ、俺はこんな真似を何回も繰り返すのは御免だ。ぜひともこの部屋で見つかってほしいね」
孝の台詞もごもっともだ。俺はドアを蹴破って、内部に侵入した。そこは……。
「……真っ暗だな」
ランプはここに来る途中で置いてきてしまったから、明かりは俺が出すしかないか。左手から炎を出し、探索する。
「これは……瓶か。中身は分からんが、どうやら実験室のようだな……」壁の棚を観察する。何処かで聞いたようなそうでもないような薬品か何かが詰められていた。更に奥には謎のシャッターがあるが、やはりここにも謎のタッチパネル。
「こんな所までセキュリティかよ」
「相当重要な設備らしいな。だが、この程度のシャッターなら……」右手の『増強』でシャッターをぶち抜き、向こう側の下部から鍵を回す。一度手を引き抜き、取っ手から持ち上げて開けた。
「さて、ここは……」
異様な場所だ。この研究施設でも特に危険な香りがする。互い違いに配置されたベッド、先の部屋とは打って変わって不気味なほど青白い光を放つ照明、散らばった何らかの書類、そして独特の臭気。
「……趣味の悪い事で」心底うんざりした表情の孝が毒づく。同感だ、これほど精神衛生上よろしくない空間は初体験だ。おまけに、ここにも二人はいなかった。
「仕方ない、一度出てから考え直すか」踵を返した瞬間、何者かの声がした。
「ほう……小僧が二人も紛れ込んだと思いきや、更に別の小僧もか……」
「……!あんたは、誰だ!?」俺は眼前の人物を睨み付ける。何時の間にか、先程の部屋に明かりがともっていた。
「それを知ろうが知るまいが貴様には関係あるまい。何故なら、ここが貴様らの墓場だからな」
「ちっ、どいつもこいつもマナーがなっちゃいねぇな」
身長は2mを超す大男、筋骨隆々たるその出で立ちには医務衣が似合わない。鋭角な線で構成された顔と相まって、まるで岩から削り出された石像だ。
「しかし、この建物を破壊しつくすような奴が二人か……面白いッ!」
「何だよ、こいつは……訳がわかんねぇよ」孝が不安にも似た表情を浮かべる。確かに、この場所に一番似つかわしくないような人物だが……。
「……なぁ、あんた。どいてくれない?俺は探し物があるんだ」
「ふん、探し物とはこれの事か?」大男は背中から何かを降ろした。その正体に孝が声を上げる。
「ア、アルバート!それにマルドゥクさんも……。な、何でお前が……!」
「………………餓鬼の如く問いかけてばかりでは、何ら得るものは無い。だが、貴様の心配は杞憂というものだ。この男共は我が組織にとっては大した価値がないとの判断が出ている。故に、貴様が想像した様な真似は行っていないと答えておこう」
自分はさも専門外と言わんばかりの態度で話す大男。その目はアルバート達でも、孝でもなく俺を捉えているようだ。
「さぁ、下らん問答は終いだ。我は強者との闘い以外に興味はないのでな」
「……孝。アルバート達を避難させてくれ」そう言いつつも、俺は大男から視線を逸らさない。
「待てよ、何をする気だ!?脱出が最優先じゃないのか!?」
「何となくだが、こいつをどうにかしなきゃ安全には逃げきれそうにない……!!」
覚悟を察してくれたのか、孝は頭を掻きながら「……しょうがねぇ」と二人ごと『創造空間』で作られた防壁の内へ一時避難した。
「ほう、一人で挑むか。少しは評価してやろう」
「あいつには倒れたアルバートとマルドゥクを守ってもらわなきゃならねぇからな。それに、こういう場面での戦闘なら孝は不利だ」
俺の返答に対して、大男は大笑した。
「はっはっはっはっはっ、結構な判断だ。だが、容赦はせぬ!!」
「無論、こっちもだ!」
そして、互いに一歩も動かぬにらみ合い。
『………………………………………………………………』
かすかな空気の冷たさを感じてきた時、先に動いたのは。
「踏み込まぬのならば、こちらから行くぞ!」大男の方だ。
(かかった!)俺は体を捩じって右腕を引き絞り、迎え撃つ体勢に入る。最初から500倍の『増強』を一撃分だけ使い、カウンターの一撃で倒すのが狙いだった。
「受けるがいい!!ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!はぁっ!!」大男のパンチをかわし、そのまま右の拳で奴のどてっ腹を……打ち抜く。
「りゃああああああああ!!『強振迎撃』!!」
激突の一瞬、右腕に凄まじい激痛が走った。
「っっっ……!?うぐぅああああああああああっ!!!い、痛ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
何故だ……!?『増強』の制限時間内だというのに、肉体の細胞一つ一つが破壊されていくような感覚がする。見ると、浮き出た血管から血液が噴き出していた。
「……どうした?それが貴様の全力か?」しかも、大男は何らダメージを受けていないようだ。という事は、あの一撃は全く通用しなかったのか……!?
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!っ、な、何が起こったんだ……!?」
「……ふん、貴様も所詮は道理を知らぬか。無理もないがな」大男は余裕の表情で、滔々と語り出す。「簡単な話だ。貴様の攻撃が、我に効かなかった。それ以外に理由などあるまい」
「そんな、馬鹿な……」
「お、おい、アイン!その腕大丈夫なのか!?」防壁から首を出して、孝が血相を変えながら訊いてきた。
「……大丈夫に見えるか?」辛うじて繋がっていると言っても過言ではない程、右腕の損傷は深刻だった。最大の問題はこの腕を治す方法が現状ないという点だ。化学エネルギーの応用で自然治癒力を活性化させても、まだまだ時間がかかるのは決闘の際に身に染みている。回復魔法はこの場に居る誰も使えないし、例え半端に使えてもこれほどの大怪我では厳しい。せめてユアがこの場に居てくれればな……。
「急に弱気になったな。余裕のなさがその姿から透けて見えるぞ」大男が嘲笑うも、全く言い返せない。クソ、どうすればいい、どうすれば……?
ふと、辺りを見渡す。この二つの実験室にあるものは……紙、照明器具、ベッド、薬品……薬品?
「……孝。一度、二人を連れて出てくれ。俺に考えがある」
「アイン!?お前、死ぬ気かよ!」
「アホ言え、まだ童貞だっつうのに死ねるかい。いいから、頼んだぞ」
「くっ、信じるしかないみたいだな……!」
そう言って、孝は二人を肩車し出口へ向かった。
「……邪魔しないんだな」
「我は強者との闘い以外に興味は無いと言ったはずだ。そして、奴らは強者ではない」
「だから見逃してくれるわけか。ありがたいね、でも……」棚を強く蹴り、薬品の入った瓶を落とす。床に落ちたそれらの中身が反応すれば……!
「孝、俺も行くぜ!」
「何っ!?貴様、逃げる気か!?」
「戦略的撤退とでも言ってほしいもんだな!あれ、違ったか?」
蹴った脚の反動を利用し、そのまま俺は出口へ駆け出した。大男の横をすり抜け、廊下へ出る。
「孝、今すぐ出口を塞げ!」
「ったく、人遣いが荒い!」
コンクリートが穴を埋めるように重なる。よしよし、これで準備は万端だ。
「上手く行ってくれよ……『死炎焼』!!」
左手に『増強』と炎、これで思いきり壁をぶん殴る。砕けた部分が炎熱の通り道になり、部屋の空気にそれが届いた時。
『ぬうううううううう!!これは、炎か!?ま、まずい!!』
灼炎が上がった。
「スゲェ……あの野郎がダメージを受けてる」
「……寧ろ上手く行き過ぎたくらいだぜ……」
「アイン、もしかして部屋に何か仕掛けたのか?」
「やっぱりお前は鋭いな、その通りだ。俺が狙ったのは薬品の瓶の中にあったナトリウムの標本だ」
ナトリウムに代表されるアルカリ金属は反応性が高く、単体で空気と結びついて酸化してしまう。だから保存する際は茶色の瓶に灯油と共に入れ、直射日光を避けるようにする必要がある。偶然にしてナトリウムの標本があったから助かったが、あのままサシでやるのは危なかったな……。
「瓶が割れて中身の灯油が気化した所に高温の炎が入り込んできたから燃えたのか」
「そういう事だ。しかし、右腕をどうするかだな……」孝一人ではアルバートとマルドゥクを運んで逃げ続けるのは無理があるだろうが、俺も片腕だけで支えるのは自信がない。
「うーん……そうだ、アイン。お前、光みたくなれるって言ってたよな」
「あぁ、それがどうした?」
「自分が光になれるなら、逆に光を取り込んで傷を治せるかもしれねえと思って……」
「ナイスアイデアだ、早速やってみるか」
傷だらけの右腕を蛍光灯の真下に伸ばし、光を吸収するイメージ。「はぁーっ………………」深呼吸、腕に活力が集まっていくような気がした。
「………………」握る、開く、グー、パー。違和感はないということは、最低でも簡単な動作であれば実行できる程度に回復できたという事かな。まさか本当に成功するとは、この力は実に不思議だな……。
「平気か?ならアルバートを背負ってくれ」
「……大怪我を負った奴に対して、その対応は冷たくね?」と言いながら、指示の通りにしょい込もうとしたが……。
「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
衝撃音と同時に怒号が耳をつんざいた。振り返れば、大男が炎に焼かれながら壁を壊して廊下に出てきた。
「面白い……しかし、少々失望したぞぉ、小僧ゥ!!戦術と言えど、敵に背を向けるとは兵の恥!貴様はそれを犯したのだ……!」
「別に戦士でも何でもない!それに誇りも威厳も命と比べりゃ軽いってのが俺のスタンスだ、あんたの天秤だけが絶対な訳でもねぇだろうが!」
「黙れぇい!!崇高なる戦いに小癪な真似を持ち込むとは言語道断!!今ここで血祭りに上げてくれるわああああああああ!!」
「あぁもう、面倒臭ぇなてめぇはぁ!!」
あまりのしつこさに血が上るが、ここで挑発に乗っては元の木阿弥、全てが水泡に帰す。まずはこいつをどうにか足止めしてから脱出を……。
「お、おい!アイン、反対側からあの女が来たぞ!」
孝の声を聞いて振り向けば、エリーだ。くっ、ここで挟み撃ちか……。
「オーベルン、酷い様ですね。慢心ですか」
「エリー……貴様も、我を笑いに来たのか?」
「いいえ、どちらかと言えばもう一人のゲストに会いに来ました」
こいつらは何を言ってる……?もう一人……?
「という訳で、そろそろ姿を見せたらどうですか?」
エリーの視線の先に居たのは……。
「ヴァン・フォーリア君」
第二部はもっとペース上げます。




