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第45話 地下都市

「……という訳で、現況はこんな感じだな。気になる事があれば言ってみてくれ」

 持ってきていたメモと筆記用具で、簡単な地図を書いてみた。ちなみに今いるのは最初のフロアから2階ほど下った場所にあった男子トイレで、監視カメラもなく一度休憩するには丁度良い場所だった。

「ここまで誰とも会わなかったのじゃが、それは何故なのかのう」マルドゥクが呟く。それは俺も気にしていた問題だ。

「これほどまでに警戒が強ければ、衛兵の一人や二人が出てきてもおかしくはないものじゃが……」

「皆して寝っ転がってんじゃねぇの?時間が時間だし」お化け案件じゃないと考えているのか、アルバートはすっかりいつもの調子に戻ってしまった。つまらん……。

「それが真相なら非常に楽だが、単に今は来ていないだけだと思うぞ。その証拠に……」孝がトイレの入り口から見える階段横の数字を指差す。「あれ、多分階数だよな。上層のホテルと同じように。ここは地下5階だから、すぐに俺達のいる場所へは来れなかったんじゃねぇかな」

 俺もその数字を見る。少し遠いが、『B5F』と書かれているようだ。つまり、最初のフロアは地下3階だったという訳か……待てよ?俺はションベン座りをやめて立ち上がり、階数を再確認しようと近づいた。

「アイン、いきなりどうしたんだよ」アルバートに声を掛けられるも、俺はそれを確認したかった。さっき下ってきた階段。その壁に取り付けられた数字のパネル。一つ一つが近すぎて良く見えなかったが、

ここならはっきり分かった。そして、その正しい表示が大問題だった。

「……孝。あれは『B5F』じゃない、『135F』だ」

「………………え?」

「『1』と『3』がくっついて『B』に見えただけで、実際は135F……つまり、俺達が今いるのは地下5階じゃねぇ、地上135階だって事になる」

『………………』三人揃って沈黙。それを破ったのは、アルバートだった。

「い、いやいやいや!それはいくら何でもおかしいだろ!っていうか135階ってどれだけ高いんだよ!」

「そうだな……俺の身長と比較した上での推測値だが、この階の床から天井が350cm、それにフロア間の高さを仮に100cmと仮定して……地表から135階までは606.5mだな。お前の身長が167.5だったはずだから、その約362倍だ」

「………………ますます訳が分かんねぇ」ついには頭痛を起こしたアルバート。

「っても、これはあくまで俺の予想でしかないが……手っ取り早く確認するためにエレベーターでも探すか」

 三人を連れて廊下に出る。階段からほど近い場所に小さな窓を備え付けた両開きの扉があった。その横には縦長のパネルに正三角形が二つ、上下向かい合うように取り付けられている。試しに上のボタンを押すと、しばらくしてカゴが降りてきた。

「やっぱり、ここにもエレベーターがあったか」

「それより、内部を見ろよ。ホテルのとかなり違うぞ」

 空いたドアからカゴに移る。ホテルのエレベーターはボタンが縦に並んでいたが、こいつはその代わりにテンキーが備え付けられている。恐らく行きたい階数を直接入力することで昇降するんだろう。

 俺は冷や汗をかきながら、皆に告げた。

「……よし、帰ろう!」

『えっ!?』

「こ、これは流石に予想外だった。いくらなんでも得体が知れなさすぎる」

「な、何だよ急に怖気づいて」

「とにかく、急いで元に戻るぞ!いいな!」

「ま、まぁそう焦るなよ。いざという時はその爺さんみたいな奴の魔法で帰れるんだろ?」アルバートが半笑いでなだめようとする。しかし、言われた当人のマルドゥクもまた俺と同種の困惑を抱えているようだった。

「そうだと言いきりたいのはやまやまじゃが……どうもここじゃワシの魔法が正しく作用するとは限らんようでな」

「な、何でだよ!?さっきアインやタカシの魔法は問題なく使えたのにか!?」

 アルバートの混乱も分からんでもない。ここまで来て唐突に魔法が作用しなくなるとは理解しろってのが難しい話だからな。

 ここで、孝が俺達を一喝する。

「何が真偽かはともかく、一旦エレベーターから出るぞ。良いか?」

「異論なし。これ以上深追いするのはリスクが伴うだろうからな」

「最低でも、ワシやそこの槍小僧が魔法を使用できるか確認したからでなければなぁ」

「……仕方ねぇな」

 こういう場面程多数決が有効にはたらく事は無いだろう。ともあれ、俺達は一度カゴを出ようと--


『ドアが閉まります』


 --したが、閉まる扉に弾かれ、そのまま閉じ込められた。そのまま、カゴが下降を始めた。

「だ、誰かボタンを押したか!?」

「オレじゃねぇぞ、この位置からじゃ無理だからな!?」

「ワシでもない。ということは、さらに別の人間が押した……?」

 突然の事態に三人が混乱している。俺は孝を押し退けテンキーに数値を入力した。

「アイン、何を入れた!?」

「入力が間に合いそうで、かつ最も高い階だ!99階!」

 ドア上の液晶を見る。105、104、103、102……凄まじいスピードで下るエレベーター。そして……。

「お、おい!99階も通過したぞ!」

「まだだ、77、74、41……!」

 テンキーを必死に叩くが、エレベーターは減速することなくそれらを一気に通り過ぎる。

「ぐ、ぐあああああああああっ!!」

「じ、爺さん!いきなりどうした……がっ!?あ、頭が……痛ぇっ!?」

 突如として苦痛に喘ぐマルドゥクとアルバート。何だ、何が起きてやがる……!?

「二人とも大丈夫か!?」

「そういうお前は問題ないのか、孝!」

「あ、あぁ。アインも特段苦しくはなさそうだが……って、停まった……?」

 液晶が示す数字は「1」。

「ここが最下階って事か……?」マルドゥクに肩を貸す孝。俺もアルバートを背負い、扉の外を見る。

 白衣を着た人間が左右に列をなし、廊下まで続いている。少なくともまともな雰囲気じゃない事は確かだな。

『1階です。ドアが開きます』エレベーターの機械音声を聞くと同時に身構える。こいつらが襲ってきた場合、狭いこの場所じゃ不利だ。孝が逃げる空間を考えて……って何だ、ドアが開いても一切動かない。

「迎えてやると言ったのに殴りこむとは、気の早い人ですね」廊下の奥から、誰かが出てきた。

「……お前は……」今日なのか、昨日なのかはもう分からんが、最近出会った女だ。そう、ホテルに突然現れた……。

「その呼び方は気に入りませんね」

「お前が自己紹介をしたがらんからだろうが。それより、ここはどこだ?」

「……それを話すには、少々邪魔が多すぎるかと。連れていきなさい」

 女の後ろから現れた白衣の男達が、孝達を取り囲む。

「な、何をしやがる!この野郎!」

「抵抗は無駄です。大人しく受け入れて……」

「『創造空間』!」

 男達が文字通り一瞬でバラバラにされ、吹き飛ばされた。おいおい、生身の人間にそれは……。

「生身じゃねぇよ、そいつら」

 『創造空間』の範囲外に出た男の破片を見る。確かに、血肉のようなものは見られない。それどころかこいつは……機械だ。

「なるほど、貴方も被検体でしたか。これは僥倖ですね。といっても貴方の担当は別でしょうけど」女は僅かに驚いたような口ぶりを見せた。

「孝が、被検体だと?」

「それも含めて、お話いたしましょう」

「アイン、こいつら一体何なんだよ!?」

 寧ろ俺が教えてもらいたいぐらいだ。しかし、俺の手はこの女に引っ張られている。振りほどくことも出来なくはないだろうが、無暗に暴れて孝達を危険にさらすのは避けたい所だ。

「孝、今はこいつらの言う通りにしておけ!下手に抵抗しても泥船だ」

 返事が聞こえないまま、俺は廊下の奥へと消えた。



「そこに座りなさい」

 連行されて着いたのは小さい部屋だ。真ん中の事務机を挟んで手前と奥にパイプ椅子、昔の刑事ドラマの取調室を連想させる。

「………………」

 指示に従い、奥のパイプ椅子に腰かける。別段変わった点のないパイプ椅子だ。

「………………さて、こちらも聞きたい点は山ほどあるのですが」

「………………それはこっちも同様だ。だが、先にお前の疑問に答えてやる」

「では、ご好意に甘えましょう」この女を改めて観察する。俺の記憶に有った姉貴の姿に似ているが、細かい点では異なっている。腰元まで長く伸びた亜麻色の髪、人形のような端正な顔、そして日本人離れした白銀の輝きをたたえた瞳。姉貴はここまで血の通っていないような姿形ではなかった、と思う。

「………………何かお気に召しませんか」

「いや、どうせならカツ丼でも用意してくれれば雰囲気は出ただろうなと思ってただけだ」

「はぁ……呑気ですね」

「どっちにせよ、逃れられる勝算が全く見えない以上はお前の要件を汲むしかないんでな」今頃は孝達も別室に連れられているだろうか、もっともあいつなら下手な受け答えはしないだろうと信じてはいるが……こいつらの目的が不明な以上、楽観視は出来そうにもないか。

「それより、質問してみろ。例えば、何故俺達がここに来たかとか……」

「肝試しでしょう」

「………………正解。どこで分かった?」

「単純な帰結です。このために準備していたのですから」

「準備?一体何のだ」

「全ては被検体の捕捉並びに確保のため……とでも言いましょうか」

 また被検体か、結局それはどういう意味なんだ。

「………………今は私が質問する時間だと、貴方がおっしゃいましたが?」

「………………ちっ、俺が逃げ口を与えていたか」

「それについては私の知り得る限りの情報をお伝えしたく思っております……貴方の態度次第で」

「つまりは、情報提供を俺に持ち掛けてるのか」

「現時点では。さて、次の質問です。この施設の『地上』からの侵入経路上には電子ロックのかかった扉がありました。それをどうやって突破しましたか?」

「それくらい見て分かんなかったのか。監視カメラがあったろうに」

「生憎、故障中でして」淡々と述べる女に対し、俺は内心「嘘つけ」と毒づいた。わざわざこんな空間まで用意できる奴がカメラの故障を放っておく理由もないだろうが。

「………………後で見てくりゃ分かるだろうが、力技だよ。殴ってぶっ飛ばしただけだ」

「………………………………」

「何だその目は」

「いえ、やはりまだ『無限機関』を使いこなせてはいないのですね、と」

「……知ってたか」というより、こいつらなら知っていて当然だろう。なんせ物知り顔でべらべらとまくし立てるような人間だ、ターゲットの素性を知らんはずがなかろう。

「無論です。では、最後の質問。何故彼らを連れてきたのですか?」山ほどと言ったのにたった三つで終わりか、まぁいい。

「肝試しを提案したのはあいつらだ。俺はそれに巻き込まれただけの一般人だよ」

「……了解しました。では、貴方に手番をお渡しします」

 こいつ、何が知りたいんだ?こんなどうでもいい事をわざわざ聞いておいて、しかもあっさり質問をやめやがった。丁度いい、俺の質問でどうにか糸口を掴んでやる。

「じゃあこっちから質問だ。まず一つ、ここは何処だ?」

「ビルです」

「何のビルなんだよ。これほど高く、かつ上層階もそれなりの広さがあって、セキュリティも稼働している。内装含めて少なくとも『地上』には見かけなかった類の建物だ」

「研究施設……といえば納得しますか?」

「出来るか、何を研究してるのかもわからんだろうが、それともお前らのいう被検体ってのと関わりがあるのか?それぐらいは教えてくれてもいいだろ」

「………………そうですね、肯定します。このビルは我々の所有する研究施設の一つです。そして、貴方達被検体もまた、この地に深く関わる存在です」

「………………ようやく核心に近付いてきやがったか。被検体が深く関わるってのはどういう意味だ?」



「簡単な話です。貴方達はここで生まれたのですから」



「………………それは意外だな。確かに俺は赤ん坊の頃の記憶が曖昧になっちゃあいるけど、少なくとも現実世界……お前らが知っているのかどうかはともかく、こことは別世界で生まれたと考えてる」

「その考え自体が幼少期から刷り込まれた過ちです。最初に視界に入った世界が、必ずしもその生命の生まれた世界ではないという可能性はどのような状況であっても否定しきれないでしょう」

「はっ、常識を疑えと言うか。それは無茶な話だ」

「そう荒唐無稽な理論でもありません。例えば、赤子はどうやって生を授かるのかご存知ですか?」

「………………生物学的には、ヒトを始めとする哺乳類は男女間の交尾によってその子孫を生むとされるな」

「確かに、それは有力な説です。しかし、こんな話も聞きませんでしたか?コウノトリが運んでくる、またはキャベツ畑から生まれてくるなど……。また、『桃太郎』や『竹取物語』のように寓話・童謡の中には、生物学的理論とは異なる経緯で生を為すものも存在しています」

「馬鹿馬鹿しい限りだな。それは所詮迷信や虚構、創作だろうが。生々しい真実を隠すための方便か、若しくは特異性を現すための理由付けに過ぎねぇよ」

「あくまで例えです。私が言いたいのはヒトは本質的に自らにとって都合のいい理屈を信じ込む事です。貴方が自身の知識を常識として信じるのもそれと同様でしょう」

 禅問答をしに来た訳じゃないが、この手の奴は思わせぶりな言葉しか吐かなきゃならん法律でもあるのか。仕方ないので、話を切り替える。

「ここ最近のアレイア学園での事件は、お前らが噛んでるのか?」

「そう考えた理由は?」

「さっきの研究員達、生身の人間じゃねぇんだろ?同じような連中が事件の犯人だったりしたんでな」

「……流石に鋭いですね」

「ふん、こんなもんガキでもすぐ思いつくだろうが。ともあれ、お前が認めたって事はやっぱり関連性がある訳だな?」

「隠す意味はありませんから。その通り、彼らは私達が造りました」徹底して淡白な返答、やはりこいつも曲者だな。

「……そうだ、お前の名前を聞いてなかったな。死ぬほど嫌だが、お前とはどうもそれなりに長い付き合いになりそうな気がするしな、教えろ」

「それが人に頼みごとをする態度ですか?なめられたものですね」

「舐めるならもっとムードが欲しいもんだ、拘束される性癖は持ち合わせちゃいないし持ち合わせる予定もねぇ」

「……はぁ。まぁ、大した情報でもないしいいでしょう」

 女はポケットから小さなボールペンとメモを取り出し、そこに名前を書き記した。

「エリー・セルフィンか……お前個人にも話したい事はあるが、今回はここまでにしてやる。いい加減帰らなきゃならんからな」

「……自らの立場をお忘れですか?例え力づくで枷を解いても、こちらには人質が……」

「それはどうだか」

 俺の発言とほぼ同時に、部屋の壁に大穴が開いた。

「ここに居たか!アイン」

「ナイスタイミングだ、孝。もうこんな薄気味悪い場所に用はねぇ、残りも連れて帰るぞ!」

「あー、それがだな……」

 壁の奥で頭を掻く孝。一体何が起きたんだ?

「あの後、アルバートとマルドゥクさんは別室に放り込まれたんだ。仕方ないからまずはアインと合流しようと思ったんだが、どうもヤバい奴がついてきたみたいだな……」

「了解だ、そいつの相手は俺がしよう」拘束を振りほどき、壁を跳び越える。

「という訳で、さらば!」

「誰が逃がすと言いましたか?話は最後まで聞きなさい」

「習わなかったか?口うるさいとしわが増えるって!」

 エリーの捨て台詞を聞き流し、孝と共に内部の捜索を始める事になった。目標は、級友二人を連れ帰る事。決死の脱出劇が、始まろうとしていた。

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