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第44話 肝試し・後編

「どうだ、状況は」正面玄関の守衛が話しかける。

「あぁ、特に騒ぎもなく静かだよ。まったく、流石は名門校の生徒達といった所かな。おかげで俺達もリラックスして働けるな」警備担当が気楽そうに答える。

「気を付けろよ、先生方の話じゃ合宿の日程中にテロが起きるかもしれないらしいからな」

「大丈夫だろ、どうせ口だけだって」

 そんな会話を遠くで聞きながら、俺達はロビーの柱の裏に隠れていた。

「……何を言ってるのか聞こえないなぁ」

「無理もないだろう。ワシらではこの距離の会話は聞き取れぬわ」

「な、なぁ。そろそろ帰らねぇか?やっぱり無理じゃ……」

 三人の会話から察するに、守衛の発言はよく分かってはいないらしい。俺としては実に好都合である。

「……よし、そろそろ行くぞ。怪しまれねぇよう気を付けろよ」

 と言っても、この段階では作戦と呼べるものもない。寝間着でも制服でもなく私服姿で突破するだけだ。よく顔も知らん学生の顔を守衛がいちいちチェックするはずはないだろうし、幸いな事にこのホテルは一時チェックアウトをフロントに申し付ける必要もない。ただ、堂々と通り過ぎればいい。

「あ、外出ですか?お気をつけて」

「どうも……」

 かくして、俺達は見事に第一関門を突破した。外に出てすぐさまロータリーを左手に進むと、何の変哲もない階段があった。

「ここから地下室へ行けるんだな?」小声で孝に話しかける。

「そうだ、足元に注意しろよ」確かに、一つ一つのステップが少々狭く感じる。今は殆ど使われていないらしく、ひび割れた部分から雑草が生えている箇所がちらほらと見受けられた。オイルランプはマルドゥクに渡し、俺自身は『無限機関インフィニティドライブ』の火を手から出して階段を降りる。万が一誰かに見つかった場合、二手に分かれて撒く事を想定しているためだ。

 全員が階段を降りた所で、更に左に回り込む。地図の通り、この先はホテルのほぼ真下のようだ。ボロボロの舗装路の先には車2台分の横幅をもつ洞窟の入口が異様な雰囲気と共に存在していた。

「……思ってたよりあっさり着いたな」

「いや、このボウズの聞いた話だとここからが長いらしいぞ」

 入口に近付き、調べてみる。鉄筋を組んで作ってあるようだが、ところどころ経年劣化と思しき部分があるな。洞窟の入口にしては極めて人工的だが、恐らくこれは洞窟というより……。

「おーい、早く入ろうぜ」アルバートの首根っこを引き摺っている孝。

「すまん、俺も行くよ」詮索は後回しだな。俺も彼らの後を追い、この空間へと入った。



 内部は比較的高い天井とそれに似合わぬほどの狭路で構成されているが、その壁は一部を除いて雑多なもので形作られているようだ。

「噂に聞いていたが、こんなに狭かったのか……」

「しかし、一体何で出来てるのかのぉ」

 割と乗り気な孝とマルドゥクはずんずんと先行するが、一方で俺は入る前の推測を実証しようと考えた。床の辺りに火を近付け、足元に何かあるかと探る。

「……見っけ」お目当てのものは、さほど労せず見つかった。

「な、何を見つけたんだよ」震え声が止まらないアルバートに訊かれ、解説する。

「白線だ。道路とかに引いてあるだろ?」

「って言うと、ここは道路だったのか?」

「いや、正確には駐車場だな」

 それにしても、こんなものが何でこの世界にあるんだろうか。一般的な交通インフラは未だに近世中期相当だというのに、この駐車場は本格的なモータリゼーションがなされた後のものだと思う。先程壁面に埋もれていた機械を見つけたが、それは駐車場の精算機に酷似した形状だったように思う。上層のホテルと合わせてみると、これもまたロスト・テクノロジーの遺跡か。

「……おい、アイン!早くしないとタカシ達が行っちまうぜ!」

「……っ!わ、悪い。考え事しちまった」

「頼むぜ、俺としてはさっさとこの場所からおさらばしたいんだからよ」やはり不安そうな顔は変わらないようだ。アルバートの言い分ももっともだが。

「行くぞ、どうせしばらくは一本道みたいだしすぐに追いつく」そう言って、俺は小走りをし始めた。



 数分後、先行する二人に追いついた。

「どうだ、何か見つかったか」

「いや、目ぼしいものはないな。ただ、この壁はどう見ても人為的に作られてそうだ」

 それはそうだろうな。ダンボール箱や木の板、レンガ、泥、その他色々で固められた壁面は、物々しく俺達の行く手を狭めていた。

「こ、こっちは大発見だ。なんと、ここは駐車場っていう場所だったみたいだぜ」さっきから怯えっぱなしのアルバートだが、この時は少々誇らしげに語っている。さも自分が発見者であるかのように。

「駐車場……確かに、あの不自然に広い入口もそれなら説明がつくかもな。でも、それとこの壁、そして幽霊との関係性はどうなんだ?」

「幽霊が本当に出るかどうかは知らねぇが、壁を作ったのには何となく思い当たるフシがある」俺は現時点までの推論を説明してみる事にした。「こんな風に壁を用意するって事は、不特定多数に見られることを恐れたからだと考えられるだろうな。じゃあ、『誰が』『何を』という話になるが、その内『誰が』の部分はある程度絞れている……聞きたいか?」

 一度、三人の意思を確認する。答えは、三人ともイエスだった。

「そうか、じゃあ続けるぞ。ここで重要になるのが、この場所がホテルだって事だ。つまり、この壁はホテル側が作ったんだよ。それは客に見せたくないものを隠すためにな」

「待て、客に見せたくないものとはなんじゃ?」

「それは今のところよく知らねぇ。もう少し進んで手がかりが欲しい所だが……」再び俺以外の三人に訊いてみた。

「よし、だったら先に行こうぜ。どうせここまで来たんだしな」

「こんな所で話を切られてはまともに眠れぬしな、ワシも微力ながら力を貸そう」

「………………」

 積極的な孝とマルドゥクはここでも即答したが、アルバートは非常に悩んでいた。仕方ないので、俺は一つ譲歩する事にした。

「アルバート、お前は別に帰ってもいいぞ。無理強いはするつもりないからな」

「そ、そうか?だったら……」

「ただ、その場合は一人で帰ってもらう。俺も孝もマルドゥクも同行しない。何故か分かるか?」

「……こ、この先が気になるからか?」

 俺は苦笑した。確かに俺もこの謎には少しばかり興味がなくはないが……。

「違うな、俺達の安全な帰還ルートの確保のためだ。玄関はともかく、正攻法で階段と廊下を突破して帰る自信はないからな」

 だから、非常用の307号室への札はこいつのためだけには使えない。

「……クソ、分かったよ。俺も男だ、腹を括るぜ」

「よく言ったな」

 正直、こいつが残ってくれた方が助かるのは事実だ。孝もマルドゥクも単純な戦闘能力は低そうだし、俺一人でどうにかできない場合も想定しなければならないだろうからな。

「それじゃあ、全員で進むぞ」俺達はこの狭路を道なりに進んでいった。



 終点は、突然として訪れた。

「な、なんだあの扉は……」

 長々と進んだ道の突き当たりに、赤い扉がある。せっかくだから……という訳ではないが、とにかく赤い扉である。選べる余地もないが、赤い扉である。

「どうする?開くかどうか確かめるか?」

「確かめるだけなら問題ないだろ」

 孝の返答を聞き、先頭に立つ俺がドアノブを握る。

「マルドゥク、確認しておくが……予備の札はあるのか?」

「さっき入口に一枚貼っておいたからの、残りは三枚じゃ」

「じゃあ、一応ここにも貼っといてくれ」

 俺の指示を受け、マルドゥクが札を床に貼った。この扉の奥を進むことになっても、緊急時にはここに戻れるようにしておく。

「よし、皆準備はいいな。さぁ行くぞ」

 意を決してドアノブを引き、扉を開ける。その先には……。

「……梯子だ」

 普通の梯子が、下へと伸びていた。大して高さはないが、降りた先がどうなっているのかは分からない。

「まずは俺が降りるから、三人共ついてきてくれ」俺は梯子を恐る恐る降り、階下へと辿り着いた。次いで孝、アルバート、マルドゥクの順に梯子を下りてきた。

「さてと、また扉だ……」

 しかも今度は電子ロックがかかっているものだ。横に小さなコンソールパネルが取り付けられており、どうやらこいつを開けるには何らかの電子的操作が必要らしい。試しにドアノブをガチャガチャ回してみたが一切反応は無かった。

「な、なんだ。良くは知らないけど流石にこれを開ける事は出来ないから、ここで終わりだな」と、拍子抜けしたような口ぶりのアルバート。

「……こんな扉は初めて見たのう。全く開け方が分からん」

「手詰まりか……どうする、アイン。引き返すか?」

「いや、案外どうにでもなるだろ。皆、少しだけ離れろ」

「?何をする気だ」

「ちょっとした荒技だ、『増強』」

 孝達を後方に下がらせた後、俺は深く息を吸い込んだ。腰を落として重心を低く、引き絞って……。

「お、おい、まさか……」

「ふんっ!!」

 扉に向けて正拳突きを放った。拳が伝えた衝撃が門扉をえぐり取るように吹き飛ばす。

「ほ、本当にやりやがった……」唖然とする孝。

「だから言っただろ、荒技って」首だけで振り返り、返事を投げる。「さぁ、進もうか」



 文字通り粉砕された扉の奥は、むき出しのコンクリートとガラスで構成された廊下に繋がっていた。

「あ、あれは何だ?」アルバートが天井にぶらさがる何かに気付く。それは黒いボディにレンズのようなものを取り付けた、現実でいえば……。

「監視カメラか」

「監視カメラ?なんだそりゃ」

「原理を説明するのは難しいが、とにかくあれに近づきすぎない方が良い。ここから放り出されるならまだしも下手すりゃ四人仲良くあの世行きかもしれねぇからな」

「マジかよ……」

 事実、先の扉も含めてこの建物は何かがおかしい。今まで近世的世界観におよそそぐわない時代錯誤なブツを見てきたが、これはその中でも最大級に意味不明なものだ。高級リゾートホテルの地下にこんな施設があるなんて話は、最早ファンタジーじゃなくてSFだろう。

 監視カメラを避けながら廊下を進む。それにしても人っ子一人いないというのも不思議な話だ。これは一体どういう施設なんだろうか。

「おい、若いの。あの先に見えるのは何じゃ?新種の魔法か?」

「若いのって……お前も同い年だろうが。まぁいいや、あれは……まさか、赤外線センサーか?」

 狭い通路に奔る、無数の赤い光線。恐らくこれもまた、セキュリティがしっかり生きてる故か。

「こいつはさっきよりも段違いに危険だな……孝、そこの壁をブロックに変換できるか?」

「分かった。『創造空間クリエイトルーム』!」

 孝の魔法によって、センサーが配置された通路と光線がブロック状になる。

「よし、それを組み替えてセンサー……黒いパーツを壁の内側に持っていってくれ。外部の導線と繋がるようにした上で光線の発光部を覆うようにしてな」

「了解、これで……どうだ!」

 通路を構成するブロックが視認不可なスピードで組み替えられ、僅か数秒で俺の指示通りに組み上げられた。これでセンサーは切り取った、が……。

「皆、こっから先は急ぐぜ。カメラも気にするな」

「な、何でだよ」

「センサーを壊した以上、誰かに侵入がバレた可能性がある。何なら引き返してもいいが……ここまで来たら戻れねぇだろ?」

 孝、アルバート、マルドゥクの顔を見る。やはり、不安と期待が3:7で混ざったような表情をしているな。もしここに鏡があれば、それを覗き込んだ俺の表情もまた同様だと思う。

「……マルドゥク、危なくなったら札を使って全員を転送するぞ」

「分かっておる、任せておけ」

「よっしゃ、絶対生き残るぞ!」

『おう!』

 そう言って、俺達はこの施設の探索を続行する事にした。

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