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第43話 肝試し・前編

「よし、この部屋は皆寝ているな」

 ドアの隙間から室内を覗き見る。キッチリ8人ベッドに寝っ転がっているようだ。

「やっぱりいいとこの学校だな、お行儀が良くて助かる」手元のメモにチェックを入れた。今見たのが512号室、後四部屋見回ればこの階は終わりだ。その次は下の階に降りて同じように確認するだけである。いやぁ、なんだかんだ言って皆寝つきが早いもんだな。

「……碌な娯楽がないだけとも言えるが」

 外見も内装も現実(紛らわしい表現だ)のホテルに酷似するこの建物だが、流石にインテリアまで同質のものが揃っている訳ではなかった。当然、テレビもなければエアコンもない。本来天井に存在すべき照明灯もなく、代わりにオイルランプが各部屋に備えられていた。

「確かにこんな有様じゃ起きてもやることはねぇよな」ランプは電球よりも切れるのが早いので、読書にも向かない。人間は暗闇に居ると自然と眠くなってくるので、結果として羽目を外す必要性もなくまどろみに落ちるようだ。監視する側からすれば対象に大きな動きが無いのが一番楽だからな、そういう意味ではこの貧相さも有難く思えてしまわなくもない。

 そんな事を考えている内に5階が終わり、4階も終わった。残すは3階だが……。

「ちょっと心配だな」

 このフロアの307号室にはアルバートが居る。あいつもあいつで何か企んでる素振りがあったので、念のため注意しながら見て回る事にしようか。

 順調に進んでいくと、問題の307号室に辿り着いた。今までと同じように隙間から見ようとドアを開ける……あれ?一人足りないな。

「こっちだ」目下から声がした。下を見ると、アルバートが小声で俺を呼んでいた。

「お前、何してんだよ」

「いや、それがな。タカシの奴がデタラメ言ってやがってよ、それを確認しようとしてたんだ」

「デタラメ?っていうか、あいつもこの部屋なのか」よく見れば、布団から首だけ出して寝たふりをしている孝が居た。いや、待てよ?この二人、同じ部屋だったか?

「消灯前に遊びに来たんだけどな、話をしてる内に時間を忘れちまってよ。おかげで隣の部屋はスカスカだぜ」

「ったく、何をやってんだお前らは。ほら、孝もさっさと戻れ」目配せで合図を送ると、孝が掛け布団から這い出てこちらにやって来た。

「そうもいかないぜ。こっちとしては、今日こそ確かめたい事があるんだからな」

「確かめたい事?」俺が聞き返すと、アルバートが心底うんざりしたような顔で教えてくれた。

「タカシが言うにはな……『出る』らしいんだよ、このホテル」

「出るって何が」

「幽霊だよ!」普段とは違い、ノリノリで答える孝。こいつ、そんなキャラだったか?

「長年伝わる噂の正体、今回がそれを突き止める最初で最後のチャンスだからな」

 どうでもいいが、最後とは限らんだろ。

「まぁ、趣旨は掴んだが。で、何で俺を呼んだんだ」

「それに関してはワシが説明しようか」

 客室の椅子に腰かけたそいつは、見覚えのある姿だった。

「お前は、確かFクラスの……」

「名乗りがまだだったな。ワシはマルドゥク・アンダーソン。以前は世話になったの」

 前回の合同体育でちょっとやり合った相手だが、何故こんな所に。

「そうだな……それを話す前に一つ詫びを入れたい。言わずもがな、うちの学級のバカ共が迷惑をかけてすまなかったの」と頭を下げるマルドゥク。

「気にすんなよ、連中も少しは懲りたんじゃないのか?」

「そうだとといいがなぁ。まぁそれは置いとくとして、本題に移ろうかの」マルドゥクは少しそばかすの目立つ頬を人差し指で一掻きした後、飄々とした態度に戻った。彼の精神年齢は何歳なのだろうか、気にならなくもない。

「簡単な話だが、そこの若造の探索に一枚噛んでもらいたい」

「はぁ?探索?」

「そこまで呆れなくてもいいじゃねぇか」しきりに口を尖らせた孝には悪いが、俺としては果てしないほど乗り気ではない。それはアルバートも同じで……。

「そ、そうか!やっぱりお前もそう思うよな、幽霊だなんて居るはずないよな!?」うわっ、必死過ぎてウケる。というより、この怯え様はもしや。

「アルバート……お前、このテの話題は苦手だな?」

 ギクッ。そんな擬態語を背後に貼り付けたように、引きつった顔の一番槍様が反論する。

「ば、ばばば馬鹿言え!このオレがそんな、幽霊の一匹や二匹に怯える訳が……」

「あっ!お前の肩に、青白い手が……」指差しながら驚いた振りをする。当然そこには何もないが……。

「ぎゃああああああっ!」声を可能な限り抑えながらも凄まじい勢いで飛び退くアルバート。これ、完全に黒ですね。

 そうか、こいつにも苦手なものがあるんだなぁ。いずれ、有効活用できるかもしれんな。

「するんじゃねぇっ!」半分泣きそうな奴を無視して、俺は孝とマルドゥクに向き直る。

「なるほど、少し興味が湧いてきた。俺も協力しようか」

「流石アインだ、話が早いな」

「そこでのたうち回っとる阿呆と違って、気骨があるのぉ」

「ただし、俺の見回り番が終わってからだ。後数分でやってくるから待ってろ」

 そう言って、俺は一度307号室を後にした。



 見回りを済ませて一旦5階まで戻る。見張りの教師に異常がない事を連絡し、部屋に帰ると見せかけて廊下の窪みに姿を隠す。教師の視線がこちらを向いていないうちにすかさず隣の窪みへ移動、こちらを見始める前に隠れる。そして再び隙を見計らって隣へ移動する。この繰り返しでフロア端の階段へ到着。二つ下のフロアまで忍び足で降り、3階の見張りも同様に突破する。静かに307号室のドアを開け、作戦会議に混じる。一応後ろ手で鍵を閉めておこう。

「待たせたな。とりあえず、目標を聞こうか。幽霊が出るというのはこのホテルのどこだ?」

「それが、複数箇所で目撃情報があるんだと。しかも場所によって姿形が違うらしい」ホテルの見取り図を取り出し、ランプの下で眺める孝とマルドゥク、そして俺。他のルームメイトはその異様な光景を布団に包まりながら見ているようだ。一方、アルバートは全てを諦めきった表情で窓の外に救いを求めているようだった。可哀想に。

「複数箇所ったって、全部見て回るのは発見されるリスクが高いだろ。最大でも三つくらいじゃね?」と言った所で思い出した。マルドゥクは転移魔法の使い手だ、つまり移動時に見つかるリスクは少なく出来るのではないか。

 しかし、その考えはマルドゥク本人から否定された。

「お前さん、ワシを買い被り過ぎだ。ワシの転移魔法『札替エクスチェンジ』はその名の通り、自分の周囲にあるものを予め貼っておいた札の下へ飛ばす魔法だ。逆に言えば、札を貼っていなければその場所には行けないという訳だ。これまでワシがホテル内に貼ったのは以下の場所」

 マルドゥクが書き加えた情報によれば、彼の魔法で移動できるのは本館1階のロビーと第一別館2階のA宴会場、そして緊急時の帰還用としてこの307号室の3地点のみ。

「対して、幽霊出現スポットは本館904号室、第二別館男子浴場、同じく第二別館屋上、そして地下広場……広場?」見取り図に記された赤い◯を確認しながら、孝に質問した。

「このホテルの裏側に、物凄く広い地下空間があるんだ。多分そこの事じゃないか」

「そうか……」しかし、全て転移地点から離れすぎている上に警戒も厳しいだろう。第二別館の浴場は生徒ではなく教師陣が使用することになっているし、どの棟も屋上へは鍵がかかっていると思われる。本館904号室は物理的には問題なく行けるが、丁度そのフロアは女子が泊まっている。見張りが二人になっている上に、下手をすれば女子全員が敵に回る可能性が残っている。となれば……。

「一番危険性が低い地下広場が第一候補か」

 1階の正面玄関から出て直ぐ左に向かい、ずっと階段を降りてホテルの真下へ向かう。ルートにすれば単純だが、距離はそれなりにあると予想する。しかし、1階の警備をスルー出来れば他に警戒すべき相手はいないだろう。

「俺もそう思った。おあつらえ向きに地下広場が一番発見者が多い場所でもあるようだし、まさしく好都合と言うしかないな」孝にも賛同された。とにかく、目的地は決まったな。「それじゃあ、誰が突撃する?船頭多くして船山に登るとも言うし、大人数を連れていく必要はないだろ」

「まず第一に俺、次にアイン。それからマルドゥクさんとアルバート、ここまでが確定だとして……」孝は部屋を見回し、ルームメイトの意思を確認する。どうやら、皆大して乗り気でもないようだ。

「四人でいいんじゃねえか?バランスが取れてる方だろ」先ほどの女が話すには、俺の引き渡しを目的とした攻撃行動をこの合宿中に行うとの事だった。巻き込まれる人数は少なければ少ないほどいいだろうし、加えて俺自身を含めたこの四人なら戦闘能力も問題ないだろう。万が一途中で戦闘が始まってもどうにか生き延びられる可能性は低くない。勿論、こんな話をこいつらにする訳にはいかないけど。

「……それもそうだな。よし、早速行くぞ!ほら、アルバートも腹を括れ」

「……勝手に話を進められて勝手にメンバーに加えられているって、酷くね?」

「知るか」

 首根っこを掴まれたアルバート込みで、深夜の脱出作戦が始まった。

一応大学の卒業単位が足りましたので少しずつペースアップしていきます。

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