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第42話 高原に風は抜けて

後数話ほどで一旦話を区切ろうと思います。

「被検体……?お前、何を言っていやがる」

 こっちだって聞きたい事は色々あるが、まずはこの女の発言を問い質す方が先だ。

「それを簡単に話すとお思いですか?」

「……都合よくはいかねぇか」

 奴さんが口を滑らせたのか、それともわざと喰いつかせるように漏らしたのかは不明だ。しかしここに来てアクションを起こしてきたのには、単なる牽制以上の意味があると考えていいだろうな。

「そう訝しまないで下さい、何も私たちはあなたを今すぐどうこうしようとは思ってない」俺の険しい表情に気が付いたのか、姉貴にそっくりのその女は表情を変えることなくこう言いだした。

「こんな真似をしでかすような人間の話を誰が信用すると?」下手に急かせば情報を得るチャンスを失う。まずは時間稼ぎだな。

「それは私からのささやかな心意気というものです。大人しく受け取ってください」

「断る、と言ったら?」

「……その返答に意味はないでしょう」

「………………ちっ、仕方ない。受け取ってやろうじゃねぇか」

「ありがとうございます」

 相も変わらず表情を動かさない奴だ……いや、さっきの変装時は一瞬演技を崩していたな。まぁ、揺さぶりは最終手段にとっておくか。

「受け取ったついでに、一つ話しておきます」

「何だ?」

「私たちの目的についてです」

「急に話す気になったか。まぁいい、言ってみろ」

「それは………………被検体000号、あなたを接収することです」

 ………………。

「何故自分がそう呼ばれているのか、それを知りたいという疑問は分かります。ですが、それを今話す必要はないというのが現時点での私たちの総意です」

「……じゃあ、ここに来た意味は何なんだよ」話を勿体ぶるのは一体誰に似たんだ。少なくとも記憶の中の姉貴はこんな口ぶりじゃなかった……と思う。

「有体に言えば、予告です」恐ろしいほどの無表情。「この合宿中、ある日時において私たちが襲撃します。その目的こそ、あなたの接収です」

「……今、それを行わない理由は?」

「話す必要はありません。ですが、一つ忠告を」

 女は、鉄仮面を被ったように眉一つ動かさず告げた。



「無駄に抵抗するのならば、あなたの友人の無事は保証できませんよ」



 脅しのつもりか?だが、こいつからはさほど危険性は感じない。

「……そうか。ご忠告感謝するぜ」

「………………では、いずれ」

 女は一瞬にして視界から消えた。転移か?

「………………ん?何か落ちてるな」

 拾ってみる。金属製の……小さい球体か。サイズで言えば、パチンコ玉を二回りほど大きくしたと言えば伝わるだろうか。傷一つなく、やや鈍い光沢を放つそれが、女の居た辺りに一つだけ転がっていた。

「素手で触るのは危険だな」ポケットに突っ込んでいたハンカチ越しに球体を掴み、そのまま包む。再びポケットに収め、改めて周囲を見渡した。先程も言ったように、ここはギリギリ館内廊下から見える位置。辺りにこれと言った障害はない。

「……相談すべきだな、こいつは」

 まだ就寝まで時間はある。俺はホテルに戻ることにした。



 本館の6階から8階は、騎士科女子の宿泊する客室である。当然本来なら男子生徒は入る事は出来ない(正確には各フロア両端に教師が一人ずつ見張として立っている。一方、男子生徒のフロアは各フロア一人と比較的薄い。これも仕方ない話ではある)が、腐っても生徒会役員たる俺は就寝時間までは例外的に当該フロアを移動できる。ただし、見張の許可が必要となるため、用件を説明しなくてはならない。

「……という訳で、至急会議を開く必要があると思い立ちました」

「なるほど、襲撃予告か。確かにそれが本当なら一大事だが……」

 Fクラスの担任であるリー・ハオシュン女史と会話する。彼女はかつて帝国お抱えの精鋭部隊に所属していたエリートらしく、その戦闘能力は同世代でもNo.1だったとか。とりわけ魔法を用いない白兵戦では並び立つものなきと称され、学園でも専らそちらの教授をしている。故に、俺個人としては参考にすべき人物であるのだが……。

「しかし、他の役員ならともかくお前が接触したとはな」

「誰でも良かったんじゃないですかね。当該生徒の引渡しが目的ならば今すぐにでも要求していたでしょうし」

「であれば、単なるイタズラか?」

「そうであればいいんですけどね……」

 リー女史には大まかな話を伝えてある。特に連中の目的が俺だという事は、『誰かは分からないが特定の生徒に大層ご執着だそうだ』とぼかしておいた。その辺まで喋るとどうしても俺の素性に触れざるを得ないためだ。ただでさえ真偽不明の謎が増えているのにこれ以上事態をややこしくする必要はない。

「……いいだろう、ただし私とお前を含めた役員での会議とする」

 確かに見張の教員を一箇所に集めればその分隙が出来る。不純異性交遊を防ぐ点でも、不審者共から生徒を守る点でもそれは避けたい所だな。

 許可を貰い、彼女と共に802号室へ移動する。ここが俺を除いた生徒会役員――楓、マリア、クローネの三人である――の宿泊する一室だ。

 ノックを三回行う。楓が扉越しに質問してきた。

「三大初級火炎魔法を全て挙げなさい」

「『火撃』『熱膜』『焔斬』」

「正解。入って」

 内開きのドアをくぐる。幸運な事に、ちょうど三人居たようだ。

「一体どうしたのよ、こんな遅くに」

「それを今から話そうと思っていた所だ」

 俺達は居間に移動し、会議を始めた。



「……要件は分かったわ。でも、どう対処すればいいのよ」

 俺の説明は、護衛対象が不明という最大の問題を提示していた。オマケに敵の正体も不明と来ている。

「誰を狙っているのか、それが分からないのは厳しいよねぇ。もっとヒント的なものはないの?」

「考え得るとすれば、その生徒を狙って何らかの利益を得ようとしている……などですわね」

「ならば、尚更予告の意味が無くなるだろう。成功させるためには相手に知られない事もまた重要だ」

「あーもう、情報が少なすぎるわ!どうすればいいの!?」

 ……誰が狙われているのかも(俺自身)、その目的も(よくは知らねぇが俺を何らかの方法で攫おうとしているらしい)知ってしまっている立場からすると別の意味でもどかしく感じる。しかし、俺が狙われている事を下手にバラせば他人に詮索される危険性が高い。ティトの進言が正しければ『無限機関』あるいは俺を狙う勢力が居る事、そしてそいつらが学園内に潜んでいる事になる。その理由が一番気になるが、今は生徒達に被害が及ばないようにすべきだ。

(そのためにも、しばらくは隠さなければならねぇ)

「……ちょっと!聞いてるの!?」

「わっ!?」

 耳元で破裂音が鳴ったと感じ、すぐさま思考を中断する。楓がご立腹であった。

「あんた、まだ隠してるものあるでしょ。見せなさい」

「……隠してるつもりはねぇけどな」ったく、耳の近くで柏手を打つなよ。

 ポケットからハンカチに包んだブツを取り出し、公開する。

「鉄球かなぁ」一目見て、クローネが呟いた。

「素材が分からないから、俺は金属球と呼ぶことにしてるが。こいつが丁度、さっき言ってた女の居た場所に落ちてた」

「何か関係があるものかしら?例えば魔道具の一つとか……先生、何かご存じありませんか?」

「ううむ、私の記憶にはそれらしきものが思いつかんようだ。専門家でも居ればいいんだがな……」

「じゃあ、アイン君なら分かるかも知れないんじゃない?」

「俺?言っておくが、バイトの分際じゃこんな代物見た事も触った事も……あれ?」

 目を凝らして観察すると、うっすらとだが文字のようなものが見える。最初に拾った時はそんなもの見当たらなかったが、どういう理屈だ?

「文字みたいのを見つけた。皆読めるか?」

 その部分を見せてみる。しかし、

「何それ。全然見えないわよ」

「気のせい、じゃないかしら」

「うぅん、分かんないなぁ」

と、どうやら俺にしか見えないものらしい。

「アイノ……お前は疲れてるんだ、早く休め」

「急にどうしたんスか、先生?第一俺には見回りの仕事が残ってますし」

「後は私達でやっておく。もうすぐ消灯時間だ、早く帰れ」しっしっと振り払うように俺を退室させようとするリー先生。しかし、その理由もまた俺の既知するものなのである。

「……先生?俺を追い出してそいつらとガールズトークしようと思ったって無駄ですよ?」

「………………何を言うやら」

 いやいや、がっつり目が泳いでるでしょ。

「学園の一大事なんですから、自分の性癖より職務を優先すべきじゃないですかね?」

 俺の指摘に楓達も小さく首を縦に振っていたが、この女教師は悪びれるフリもしなかった。

「そういう批判もあるだろう。だが、こればかりは譲れんな」この言い種である。

 リー女史の唯一の問題点。それは極度の百合趣味なのである。授業中でも男子相手と女子相手で明らかに態度が違うことがあり、男子からはさほど評判が良くない。せっかく結構な美人なのに、勿体ない話だと個人的には思わないでもない。

 で、俺に対してちょっと冷たいのも同じ理由だ。やめた庶務の子を含め、俺が入る前は女子のみで構成された生徒会は彼女の心のオアシス的サムシングだったらしく、ちょくちょく顔を出していたらしい(ちゃんと仕事は終わらせてきているのが寧ろダメだと思う)。そこに突如としてやって来た馬の骨に対して、あまり良い感情を抱いていないのは彼女の論理的に言えば当然なのだろう。オマケにその新入りが、

◯チャラそうな見た目

◯素性不明

◯決闘事件や女生徒監禁事件の関係者

◯校内器物損壊容疑あり

とくれば不信感は最高潮に達し高止まりしていても無理はない……のかなぁ。『生徒を信頼するのが教師の仕事だ』と誰かが言ってくれるのならそれに越したことは無いが、少なくとも今の俺を全面的に信頼してくれるような教師が学園内に果たして何人いるのだろうか。

「……仕方ないな、俺は見えた文字を書き写しますんで後は頼みます」結局、こういう場合は俺が折れるに限る。別のポケットからボールペンとメモ帳を出し、金属球とにらめっこしながら書き写す。文字数は少ないながら少々形が複雑で、思った以上に時間がかかった。

「それじゃ、おやすみ」メモを切り離し、部屋に置く。そのまま退室して自室に降りた。具体的な対策は出せなかったが、どちらにせよ消灯が近づいてるのは確かだ。

「っても、今すぐ寝れないんだけどな」

 そう、ここから先は見回り当番である。所謂、不寝番だ。

8月も3分の1を切りました。天候が不安定な日も多いですが、気を付けましょう。

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