第4話 手紙と決意
「阿陰君へ
こんにちは。元気にしていますか?あたしはあの後、少しづつ立ち直ろうとして毎日を過ごしています。でも最近は勉強や家の手伝いであまり時間が取れなくなって、考え事をする時間が取れなかったりするけれど……。
さて、今回こうやって手紙を出したのは、阿陰君に言いたいことがあるからなんだ。あのね。
あたし、もうすぐ転校するんだ。
元々うちは所謂『転勤族』っていうやつで、あまり一つの場所に長くは居られなかったの。今回は沢山友達が出来たから、これまでお父さんに頼み込んでずっとここで住んでいたんだけど、あの事件があってから、ちょっとね。お父さんもお母さんも心配性だから、あまりこの場所に居続けたくなくなったって、言ってた。勿論、阿陰君が全て悪いなんてみんな思ってないよ。だけど、もしも。阿陰君自身の罪の意識が、阿陰君のこれからの人生の中で深い苦しみになっていくなら、それはあたしの一番嫌な事だから。
本当は、ここでずっと待っていたい。阿陰君の帰りを、みんなと一緒に。だけど、あたしが近くにいすぎると、阿陰君は自分の道を選ぶ事が出来ないような気がするの。
だから、ごめんね?
今まで、色んな人と出会ってきた。優しい人、怖い人、面白い人、物知りな人。その中で、阿陰君はどれとも違った。悲しげな表情も無理したような笑顔も、きっと阿陰君の本当の姿には程遠くて、それでもあたしはそんな阿陰君に自分らしく生きてほしかったんだ。
ねぇ、阿陰君。阿陰君は、あたしといて楽しかった?
もしどこかでまた会えたら、この答えを聞かせて?その時は互いに、自分を誇れるようになれたらいいな。
それじゃあ、またね。
星田 実希」
手紙を読み終えた俺は、目を閉じて実希とのこれまでの思い出を頭の内に映し出した。出会い、町のお祭り、運動会、修学旅行、卒業式、中学生活。気が付くと俺の頬を、一筋の涙が流れていった。刑務所でも一度も流さなかったのに。
「まだ、許してくれるのか?俺を……」
拭えども拭えども流れる涙。それが滴となって、便箋に落ちる。その時間は、俺に小さな決意をさせるには十分すぎるほどの長さだった。
「この先、俺はまた誰かを傷つけてしまうかもしれない。それでも、無力なまま大切な人が傷つくのを見ているだけなら、これまでと何も変わらないんだ……。」
もう、迷うことは無かった。
「強く、なる!!」
それは、非常に簡単で、それでいて難しい事。何物にも脅かされることなく、自分の世界を貫き通す。そのせいで他人がどんな目に遭おうが、知った事ではないのだ。
ただ一つ、自分の守るべきものが、無事であるならば。
帰り道、これまでの人生を思い出していた。自分は、果たして強くなったのだろうか?単純な筋力だけなら、日課の筋トレと喧嘩である程度は鍛えられている。勉強も、公立校の編入試験にそれなりの余裕をもって合格できるほどにはしてきた。でも、かつて決意したような強さは、今の俺にあるのか。
「分からねぇ」
今はそれでよかった。いずれ、どこかでそれが試される時が来るだろう。その時に昔のような過ちを犯すことがなければ、きっとそれが俺の強さになるのだ。
そんな考え方をしていたからだろう。俺は、直後に起きる人生最大級のアクシデントに巻き込まれることになってしまった。
それは、日常にこじ開けられた、非日常の始まりだった。